ミキモト中西社長 伝統を柱に新たなチャレンジを

2020/05/06 06:29 更新


【パーソン】ミキモト社長 中西伸一さん 伝統を柱に新たなチャレンジを

 日本の宝飾文化をけん引すると共に、世界各地にビジネスを広げ、グローバルブランドとして成長を続けるミキモト。クラシカルなスタイルを重んじるイメージを持つ一方で、20年春夏に「コムデギャルソン」と協業し、男性が真珠のネックレスを着用するという斬新な提案でも話題を集めた。昨年11月に中西伸一社長が就任。創業時からの伝統や技術の継承、そして真珠を育む自然環境への配慮にも重点を置きながら、新たな課題にトライしていく。

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次世代へのアプローチ

 ──ミキモトの強みとは。

 まず、ブランドがグローバルに認知されており、富裕層の方々や、とりわけ年配の方たちには非常に良く知られています。また、生産から販売まで一貫した完全な体制をとり、オリジナリティーのある商品を作ってきました。加えて、世界で一番ではないかと思うほどのクオリティーコントロールを歴史的に続け、非常に高い品質という点で消費者を裏切ったことが無いという自負があります。これは最大の強みですね。 

 現在の日本の消費の中心層は60~80歳くらいの裕福な方たちです。そこには既に圧倒的な強みがあります。一方で、より若い、ミレニアル世代やその次に連なる、いわゆるデジタル世代へのアピールが、今のミキモトは弱いのではないかという懸念があります。この世代の生活や消費文化には変化が起きています。新しい感覚で物を見て、買っている。従来と同じ手法では通じなくなり、これが5年後、10年後、課題になってくるはずです。そこを良い方向に持っていくことが、このタイミングで社長に就任した私の最大の任務ではないかと思っています。

 ──具体的には。

 基本的な品質や伝統的なデザインのスタイルは、今後も継承し続けなければならない、一つの柱です。ただ、ミレニアル世代は品質を訴えても、興味が無ければ振り向きません。彼らのハートを動かすようなアピールができることが重要です。SNSをはじめ、新しいデジタルツールを使い、コンタクトできる頻度をどう増やすかが重要です。

 商品制作においても、新しい表現力が必要となります。ミキモトという日本を代表するジュエラーとしての伝統をベースに、非常に新しい感性やヨーロッパのセンスというものを入れていければと。その一環として、数年前から〝ミキモトMコレクション〟〝レペタルプラスヴァンドーム〟といったグローバルに展開するコレクション群の幅をどんどん広げています。ハイジュエリーだけでなく、比較的手の届く価格帯の商品も揃え、こうしたコレクションラインを中心とした商品構成に切り替えていっている最中です。これは非常にうまくいっています。特に、中国からのお客様は情報のキャッチと反応のスピードがとても速い。会社としてもそのスピード感に応えながら、物作りとアピールをグローバルに切り替えていきます。

ミキモトMコレクション

 ──コムデギャルソンとの協業も新しい。

 手応えを感じています。ゆっくりと投入を始めているアイテムでありながら、とても反応が良く、既に売れてしまって追加しなければならないものも出てきました。

 本店でも、エッジのきいたファッションを好まれる若い男性の医師が協業アイテムを買って下さっていました。これまで当社に全然アクセスしていなかったような方たちからの反応も多いですね。 

 ジェンダーレスというのは今、消費のキーワードとなっています。女性だけの商品だったものを、男性にも広げることになり、業界的にも市場の拡大につながるのではないでしょうか。今回の協業と直接リンクするものではありませんが、ブランド初となる香水のリリースにおける販促ビジュアルにも、男性がパールのネックレスを身に着けているシーンを混ぜ、新たな方向性に向けたイメージを発信しました。新しい感性に対して、誰も気づいていないことを先駆けて形作る。そうしたところにこそ、新しいマーケットが生じます。当社としても、いろいろなところにアンテナを張り、今までならばやらなかったことにもチャレンジしていこうという考えです。

サステイナブルへの意識高く

 ──現在の店舗体制は。

 国内は直営が6店、百貨店店舗は61カ所(1月20日現在)あります。この30年間、地方都市含め、地域一番の百貨店への出店を続けてきましたが、今、百貨店自体が厳しい時代に入り、館自体撤退されるケースも出てきています。これからの出店は、どうすべきか、少し検討が必要となるでしょう。ECは、売り上げにおけるシェアは低いですが、今後、どれだけお客様がこういうものもネットで買うということになるか見極めたいですね。

 海外には36店があります。中でも、まだ進出してからの年月が浅い中国本土への出店は、ここ数年の一番大きなテーマとしてきました。現在9店。人口1000万人以上の大型都市で、物件と条件が合えば出ていく方針ですが、今いったん、コストの配分、進捗(しんちょく)状況を見て小休止しています。米中貿易摩擦のようなものが解決し、中国の成長性が高くなれば、また再開していいと考えています。

 世界的に見ればアメリカやシンガポール、タイなどは、物件が古くなったり、よりいい条件のところがあれば変わるという戦略で見ています。特に、4拠点あるアメリカは生き物のように躍動感のある市場です。エリア自体が形骸化することもありますから、今一番ビビッドなところはどこか、情報のネットを張り、動くチャンスを見ています。宝飾のビジネスは、常にお金が動くところを見ていないといけません。同じところにずっと立脚して、お客さん来なくなったねと言っていたって、それはそこにお金が動いていないということを示しているわけですから。

 ただ、現に今もそうですが、海外はやはり不安定なところがあり、ビジネスとして、リスクはあります。既に我々はある種グローバル企業になっているとは思いますが、どこまでアクセルを踏み込むかは、出店している国の勢いや経済性、人口動態、成長性を見ながら決定する考えです。

 ──人材育成について。

 品質一番と標榜(ひょうぼう)している以上、そこに対する検査や技術の継承は、個人的にもここまでやるかと感じるほど、非常に厳しい基準で取り組んでいます。そしてミキモトでしかできない技術、作品というものがあります。そういったオーダーが入った場合は、通常の生産ラインとは違うスペシャルなチームを組み、スペシャルな部屋を与えて、特別な生産体制に入ります。宝飾品の製造を担う関連会社、ミキモト装身具の中でも、トップランクの技能を持つ職人を中心としたチームとなります。そこには必ず若い伸び盛りの人も入れて、ベテランの技を見せながら作業を進める。それが一番の技術の伝承かなと思っています。

 本社所属のデザイナーは、美大、芸大系が多く、基本的な作図能力はトップクラスではないかと思います。ただ、当社のクリエイションは個々勝手にやっているわけではなく、会社としてのマーケティングに基づいて、次はこれでと方向性を決めてオーダーを出し、最終的に選考会で選ばれデザインが決まっていきます。入ってからが、デザイナーたちもなかなか大変だと思います。

 ──真珠を取り巻く自然への配慮は。

 サステイナブル(持続可能な)デベロップメントに関しては、かなり深く立ち入っています。三重県と、九州の博多の沖合にある相島に自社の真珠養殖場を持ち、伝統的に受け継ぐ自社の育成貝を大事に守りながら育てています。この養殖場では、「資源」「漁場」「貝の健康」の三つを守る事を柱に真珠研究も行ってきました。

 その中で特に注力しているのが、100%資源を使いきる事です。真珠養殖の過程で排出される貝殻や貝肉などを全て有効利用するゼロ・エミッション型の真珠養殖を行っています。真珠を取った貝肉からは、化粧品に使用されるエッセンスが取れます。貝殻はカルシウム剤といった健康食品やたい肥などに。捨てるところがありません。養殖ではありますが、真珠は大切な資源です。こうした取り組みを徹底して続けることは、ミキモトの誇りでもあると言えるでしょう。

なかにし・しんいち 1955年兵庫県生まれ。78年同志社大学文学部卒業。渡米し、宝石鑑定士の資格(GIAGG)を取得。1982年ミキモト入社。01年大阪支店長、05年本店営業第一部長、07年取締役本店長に就任。15年取締役営業本部長兼本店長、17年取締役商品本部長、19年11月代表取締役社長に就任。

■ミキモト

 創業者の御木本幸吉氏が養殖真珠事業に着手し、1893年世界初の養殖真珠の発明に成功。99年銀座に日本初の真珠専門店「御木本真珠店」を開設する。1913年のロンドン支店開設を皮切りに、ニューヨーク、パリなど国際事業を展開。製造面では、07年に御木本金細工工場(現ミキモト装身具)を開設し、生産から販売までの一貫体制を築く。現在、売上高263億円(19年8月)、国内店舗数67、海外店舗数36を持つ。17年には銀座4丁目の本店をグランドオープンした。また、観光事業を主とする株式会社御木本真珠島、化粧品の製造、販売を行う御木本製薬株式会社などと共にグループとしての幅広い活動も行っている。

【記者メモ】

 当時、日本ではまだ取得者の少なかったGIAGGの資格を米国で得て入社。「てっきりバイヤーになれると楽しみにしていたら、向いているから営業をやれと」。営業畑で着実に実績を残してきた。数年前に夢がかない、商品本部での仕入れ業務に携わる事に。社長就任後も商品本部長を兼務し、今年の米国ツーソンでのジェムショーのバイイングにも同行。「トップが同行する事で、金額の大きな品も即決できる」と笑う。川下から川上までの現場を知り、グローバルな感覚を持つ点は、製販一貫し、世界に拠点を広げる総合ジュエラーのトップにふさわしい。

 ブランドアイデンティティーである真珠においては、御木本幸吉氏が若き日に抱いた「天然真珠採取のための乱獲で減少した地元のアコヤガイを守りたい」という思いのもと、創業時から資源や環境を守る研究、取り組みを続けてきた。自然を相手に事業を行う難しさは常にある。しかし、連綿と続けるその活動が今、物質的な美しさへだけではない高い評価につながっている。

(中村維)

(繊研新聞本紙20年3月27日付け)

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