日本の高度な繊維素材がIoT(モノのインターネット)化社会を見据えて進化している。IoT技術で高齢者や労働者の健康や安全を見守るソリューションの開発が盛んだ。そのソリューションの中核となるセンサー技術を繊維が支える。繊維素材の主用途は衣料・ファッション分野だが、消費不振の中で需要に活気が戻っていない。素材メーカーにとって高度な繊維素材の開発・事業化は重要な課題の一つだ。
(小堀真嗣=本社編集部合繊・副資材担当)
最もウェアラブル
このほど幕張メッセで開かれたIT(情報技術)・エレクトロニクスの展示会「シーテックジャパン2017」。会場内で「超スマート社会に貢献する先端繊維素材」をテーマにセミナーが催され、化学繊維メーカーがスマートテキスタイルなどの先端素材を紹介した。冒頭、杉山真経済産業省製造産業局生活製品課長は「スマートテキスタイルなどの先端繊維素材は、我が国にとって非常に重要な分野」と強調、「経産省としてもしっかり取り組みたい」とバックアップする意思を示した。
現状、スマートテキスタイルはセンサーとしての用途に最も関心が集まっている。理由は、最も“ウェアラブル”だからだ。導電性を備えながらも薄く、柔軟性があり、肌へのなじみもよい繊維素材ならではの特性が注目された。心電などの生体情報を日常生活で長時間計測できるところにセンサーとしての利点がある。
このセンサー技術を用いて、様々な社会課題の解決に役立てようとしている。例えば、一人暮らしをしている高齢者や、介護施設に入居している被介護者の夜間見守り。日常生活をモニタリングし、体調悪化や転倒など対象者の状態を検知することでリスクに素早く対応する。
また、作業現場で働く労働者の熱中症対策や、運送業者や高速バスを運行する長距離運転手の居眠り対策。熱中症や居眠りの予兆をセンサーで検知し、異常時には管理者へ通知を送る仕組みの開発が進んでいる。今後、アルゴリズムの開発が進めば、異常が起こる前に対策を打つことも可能だ。その結果、医療費の抑制につながると言われている。
独自の技術を生かす
東レがNTTと開発した「ヒトエ」は、導電性高分子を含浸させたポリエステルナノファイバーニットがセンサーの役割を果たし、心電など体が発している微弱な電気信号をアプリケーションソフトと連動してモニタリングできる。開発当初にゴールドウインとの協業商品を発売して以降、建設現場で働く作業者などを対象にした健康・安全状態を見守るために活用した。今後は在宅見守りや、リハビリテーション用途での事業化に取り組む。
帝人は導電繊維とPLA(ポリ乳酸)の圧電繊維を紐(ひも)状にしたセンサー「圧電組紐」の用途開発を進めている。紐の伸縮、曲げ伸ばし、ねじりといった動きに反応し、対象者の状態をモニタリングできる。紐という特性上、生地にしたり、テープやレースにして付けたり、目的に応じた形状に加工しやすい。
フィルム状の導電素材「ココミ」を開発した東洋紡は、心拍センサーを作るユニオンツールとともに心拍計測技術の実用化に取り組んでいる。伸縮性を持つココミを貼付した生地と心拍センサーを組み合わせた技術で、見守りシステムとして提案している。この技術を応用し、眠気を検出するアルゴリズムも開発し、運転手向けに実証実験を進めている。
経産省の杉山氏は、「日本のスマートテキスタイルやウェアラブル技術で世界標準を目指すチャンス」とも指摘している。日本の繊維メーカーが磨いてきた独自技術の高い競争力に期待を込めたのだろう。「ウェアラブルIoT製品の世界標準を目指す」というのは、西陣織工場が祖業のミツフジ。銀メッキを施した導電性繊維メーカーだ。優れた導電性を備える同社の「エージーポス」は世界でも高く評価され、ウェアラブル製品に関心を持つ企業からの引き合いが後を絶たない。
高まる需要に対し、国内での開発・量産体制の構築を決断し、18年4月にはエージーポスの自社工場が完成する。同社は自らウェアラブルソリューションの開発も手がけている。エージーポスを使ったスマートウェア、専用デバイス、クラウドまでトータルで製品・見守りサービスなどを提供できる。その一貫生産工場が同7月に完成する。
衣料品の消費不振を受け、衣料用途の繊維素材は依然として伸び悩んでいる。とはいえ、自動車用など産業資材向けの繊維素材は高い性能と品質が評価され、内需も輸出も堅調だ。スマートテキスタイルも新たな成長領域として確立できるか、ここからが正念場。海外メーカーも開発を強化する中、国の援助も受けつつ、素早い事業化が求められる。