【賽振り続けた30年 ダイスアンドダイス㊦】愛を真芯に関わる人と一歩ずつ

2020/09/21 06:27 更新


 「吉田さん、今のままだと(吉田さん以外の)スタッフの待遇は変わらないし、彼らはハッピーになれないよ」。アングローバルの取締役、中田浩史はある時、同社の一員となった「ダイスアンドダイス」(福岡市)のディレクター、吉田にこう告げたと言う。これまで昼夜問わず、休みも返上して働き続けてきた吉田だが、それに対するダメ出しに少なからずショックを受けた。「暇な時間をつくるな」。自営業者である父親の言葉を守り、店に尽くしてきたが、それだけではダメだというのだ。

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 地方の雄として20年以上やってきたが、確かに経営が洗練されていたかといえばどうか。多くの専門店のように、売り上げ至上主義なところもあって利益については無頓着だったし、働き方も前時代的なところがあった。チーム力というより個が立った集団だった。上場企業であるTSIグループの一員になったのだから、そのままでは許されない。最初は当然戸惑ったという吉田だが、「今は楽しい方が強い」と言う。

 ダイスの時代には「モノの見方」を身につけた。アングローバルになってからは「組織の作り方」を学んでいる。ダイスのやり方に不満をもつスタッフがいても、昔だったら、「嫌ならやめたら」で済ませたが、今はそうは言わない。お互い理解し合い、どうすればいいチームができるかを考え、実践している。

 自分たちがいいと思うものをお客に知ってもらいたい--「やっていることそのものは変わらないし、変えたくない」が、働き方やチーム作りなどは今風に更新している。

 店には吉田が「四天王」と呼んでいるスタッフがいる。5年から10年選手までいて、アングローバル傘下になる前から働いている人間もいるし、新しい会社になってから入った者もいる。いずれにせよ、今の店を作り上げたメンバーであり、彼らと一緒に店をもっと成長させたいと思っている。今の20代が40代になっても楽しく働ける場所にするのが自分の仕事であり、その責任も感じている。自身が10年、20年かかって身につけた技術や考え方の伝承はまだまだこれからだが、「少しずつ身につけてくれたらいい」と吉田。

 「目指すはコンプリート・ファイター」。自分のコピーを作る気はさらさらないが、営業や販売やサイト運営など、いろいろなことに手をつけてきた結果、視野が広がったという自身の体験から、スタッフには、なるべくいろいろな業務を経験をさせたいと考えている。なんでも自分でやりたいタイプの吉田が裏方にまわり、スタッフにやってもらったら「結果は何倍にもなった」と実感している。

やっぱり、愛ですよ

 「やっぱり、愛ですよ」。吉田は真面目な顔で愛という言葉をよく口にする。それは取引先との関係であり、従業員とのそれであり、お客さんや会社との関係でもある。律儀で正直な吉田が口にするのだから、本当にそう思っているのだろう。

 洋服文化が日本に上陸して何十年も経ち、モノの差はあまりない時代。良いものだけだったらそれこそたくさんある。だったら、「どんな作り手と仕事がしたいか。どんなお客さんと付き合っていきたいか」。吉田はこんな風に考えるようになった。

 そこには愛の存在は必然で、愛があれば双方がハッピーになれるし、ハッピーは周りに伝播(でんぱ)し、「あの人たち楽しそう」と人をさらに招き寄せる。こんなことが起きているのが今のダイスだ。

 例えば、サステイナブル(持続可能性)の考え方を強く持っているブランド「イノウエブラザーズ」との仕事。何年前だか、初めて井上兄弟のニットを扱った時の話だ。最初だからか様子を見に来た兄の聡は、営業終了後も吉田や残りたいスタッフと居酒屋で杯を重ね、エシカルやアルパカの話を熱く語りあった。

 吉田らとすっかり意気投合した井上は、「よっちゃん、オレ、半年に1回来るから」と伝え、毎回シーズンの立ち上がりには海外から店に足を運び、夜は夜で一献を傾ける。もちろん自由参加だが、若いスタッフやお客が参加することも。彼らにとってはデザイナーから直接話が聞ける、またとない機会だ。

 沖縄の音楽グループ、モンゴル800のキヨサクのシャツブランド「アロハ・ブロッサム」。ある時キヨサクに来てもらい店内でライブイベントをした。「キヨサクさんのアロハを着て、染みるような唄声を直接聴いて。こんな感動、ほかにありますか」。アロハ・ブロッサムの知名度はどんどん上がり、今では年間2000万円ほど売れている。

 「福岡で一番デザイナーに会える店」と自負するように、デザイナーが参加するイベントは多い。東京のようについでには寄れない立地だが、海外から呼ぶこともある。極端な月は3、4回あり、吉田をさらに忙しくさせているが、本人の顔をみていると楽しそうだ。実際は経費の工面もあるし大変なはずだが、満足度の方が勝っている。こんな取り組みが好業績につながっているのだから、ビジネス的にも実は合理性があるのだ。

視線は50年後

 対面で売るのを良しとしていたからか、ECを始めたのは早くはないが、今やオンラインでの売り上げは全体の40%を占める。商品説明やオンラインでの接客などもっと改善しなければならない点はあるというが、オンラインでの購入は増えており、最近ではオウンドメディアっぽい運営をしたり、ユーチューブを活用した情報発信にも力を入れている。

 店に来る理由であるイベントを頻度高く開催したり、ウェブでの購入をスムーズにしたり。はやりのOMO(オンラインとオフラインの融合)やオムニチャネルを知ってか知らずか自然に実践しているのは実はすごいことだ。

 31年目を迎えたダイスだが、吉田の視線の先は50年後だ。と言うのは、尊敬するアングローバルのスリートップ、ボードメンバーである押木源弥、留岡和則、中田浩史らが、今年50周年を迎える主力ブランド「マーガレット・ハウエル」の100年後の話をしているのを知ったからだ。「自分の人生以上の長さを構想しているのはすごい。未来のことを考えるようになったのはスリートップの影響です」。パリでもニューヨークでもロンドンでも、どこに出しても胸を張れる店づくりが究極のゴールだ。それがどんなものか、いつなれるのかは吉田にもまだ分からない。それでも、千里の道も一歩から。1人ではなく、愛でつながるチーム・仕入れ先ブランド・会社・お客と一歩一歩足を踏み出す。

 「心のどこかで、先代の社長に『かっこいい店だな』と言ってもらいたいと思っているんです」。元オーナーの目には吉田が率いるダイスはどんな風に映っているのだろうか。「なかなか、いい店になったやん」。そんな声が聞ける日のために、吉田は今日も店を磨く。

20年2月、閉店後の店の前で(左から4人目奥が吉田さん)。この後、「ヤエカ」の担当者を招いて勉強会兼ワイン会を行った

(敬称略:繊研新聞本紙20年3月9日)



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