6月2日のニューヨークのミッドタウンとソーホーには、あちこちで店のウインドーやガラスドアに板を打ち付けたり板を裁断したりする音が響き渡った。
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5月31日の時点では板を打ち付けていなかったソーホーのマウジー、トゥモローランド、パドカレも、その後板が打ち付けられていた。
ミネアポリスの人種差別事件への抗議行動が続いている。昼間行われる集会とデモ行進は、至って穏やかだ。
しかし、夜になると一部が暴徒化し、店を襲って略奪する事件が日を追って激化している。どさくさに紛れて、略奪目的で集団を扇動するプロ集団が市外からやってきているようだ。2日に市内で行われた集会で、あるアフリカ系女性は、「これに便乗する人たちは出ていってほしい。これは、私たちの映画だ。私たちはこの映画のエキストラになりたくない」と訴え、拍手喝さいを浴びていた。
1日夜には、夜11時から翌朝5時まで初めて外出禁止令が出されたが、まったく功を奏さず、1日夜の暴動で約700人が逮捕された。そのため、2日は外出禁止令が夜8時から翌朝5時まで延長され、期間も6月7日までと設定された。ニューヨーク市はコロナによる経済活動停止が続いたままで、6月8日に経済活動再開第1段階を予定している。ニューヨーク市のデブラシオ市長は、8日開始への望みを捨てていないようで、そのため7日まで外出禁止令を設定した。しかし、今までの状況をみると、それで本当に襲撃を抑え込むことができるのか、住民たちは不安を募らせている。
1日夜は、ミッドタウンでの襲撃が酷く、メーシーズ本店でも略奪が発生し、店の前でゴミ箱が放火された。5番街では、ザノースフェイスと家電大手のベストバイの被害が特に大きかったようだ。
ソーホーは、土曜日の夜から毎晩被害が出ている。ブルーミングデールズとアーバンアウトフィッターズは2回ずつ襲撃された。日曜日の夜中12時半頃、近所のブティックから商品が略奪される模様を動画に収めて提供してくださった知人がいる。
深夜3時くらいも、大勢が奇声を上げながら走り回り、実に無法状態だったことがわかる。
この知人は近くのMM6の人と話をしたところ、ウエストビレッジにあるメゾンマルジェラ店とクロスビーストリートのMM6/マルジェラ店は両方ともウインドーを壊され、クロスビーストリート店は中身も全部もっていかれ、無事だったのはソーホーのグランドストリートにある店だけだったという。知人は、「50年以上ニューヨークに住んでいますが、こんなひどいニューヨークは初めて」と嘆いている。
クロスビーストリートに関しては、別の証言もある。ノリータにレストラン「ラブリーデイ」を構えるオーナーの地引かづささんが地元の商業団体の会議に出席して聞いたところによると、1日夜、クロスビーストリートに黒のSUVが40台ほど停まり、若い子たちが指示されて手分けして店を襲ったそうだ。まさに組織的な犯罪なのである。この時に、近くのシュプリーム、クロスビーストリート沿いのサタデーズニューヨークシティも襲われた。シュプリームは板を打ち付けてあったにもかかわらず、壊されて略奪されていったという。サタデーズニューヨークシティは、近所の人から受け取った略奪時の動画をインスタグラムにのせている。
そこにつけられたメッセージが秀逸だ。「商品は差し替え可能だが、黒人の命はそうはいかない」で始まるメッセージは、「今、似たような状況にあり、打ちのめされている人たち」へ思いを馳せ、「これは必要な対話なんだ。我々は皆、構造的人種差別が存在すること、黒人の兄弟、姉妹、友人たちがもううんざりしていることをわかっている」と自省し、「昨晩起きたことを怒っていない」と寛大な態度を示した。そして、世の中をよりよくできるように前に進んでいきたいと綴っている。さらに、2つの人権擁護団体への寄付を呼びかけ、「寄付したらインスタグラムで自分たちをタグづけして寄付したことを表明してほしい、そうしたら同じ額を最高2万ドルまで出すから、みんなで4万ドル寄付しよう」と締めくくっている。
今この状況において、企業として、個人として、どういうメッセージを発するかは非常に重要だ。2日午前中は、オンラインファッションメディアの「ビジネス・オブ・ファッション」主催のパネルディスカッションがZOOMであった。テーマはサプライチェーンだったが、主催者はまず一連の抗議活動問題にふれ、「私たちに取材してほしいことがあれば、メールで知らせてほしい」と呼びかけた。
タペストリーのジデ・ザイトリンCEOはケイトスペードのインスタグラムで、同社代表としてメッセージを発信したが、「実際、従業員をどう扱っているのか、どこに寄付しているのか、なんでそのメッセージを発信するのにこんなに時間がかかったのか」などと問い詰められている。オフホワイトのデザイナー、ヴァージル・アブローは、逮捕された人たちへの保釈金として50ドル寄付したと自身のインスタグラムに投稿し、「ケチ!」と大顰蹙(ひんしゅく)をかった。ヴァージルはその翌日、改めて黒人として生きてきた中で感じた恐怖や不安、怒り、悲しみを率直に綴り、50ドル以外にも寄付していることを示唆しつつ謝罪した。その投稿は今、21万近い「いいね」を獲得している。
テレビのニュースを見たり、街を歩いたりしていると、やりきれない悲しみと怒りがわいてくる。その中に、ちょっとほっとするメッセージを見つけると、本当に気持ちが和らぐ。メーシーズ本店のウインドーに打ち付けられた板には、「お互いに支え合おう」というメッセージが張り付けられていた。
板で覆われたバーグドルフグッドマンを撮ろうとして、ふと右端にバス停があることに気づいた。「愛する人に電話をしよう」と書かれていた。そもそも、コロナがらみで呼びかけられるようになったメッセージなのだが、今はコロナと略奪で二重の悲しみにくれるニューヨーカーを励ますメッセージになっているのではないだろうか。板がすべて取り払われ、活気と安全を取り戻す日がそう遠くないことを願う。
89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ)