パリ左岸、セーヴル N°40 で(松井孝予)

2020/11/06 06:00 更新


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ボンジュール、パリ通信員の松井孝予です。

まずは鐘の音が聴こえるこのビデオからどうぞ_

≫≫松井孝予のレポートはこちらから


10月下旬のある晴れた朝。「10時です」と鐘が空に響く。コロナの時代の複雑な日常が気持ちよく消えてゆく。

この礼拝堂があるのは、パリ左岸の40 rue de Sèvres /セーヴル通り40番地。パリとは思えない長閑な風景。どこかしら空気に溶け込んでいくような親近感。

それは400年の歴史を持つ、「この場所」の力なのかもしれません。そしてここがケリンググループ、その傘下バレンシアガの本社なのです。

夏のヴァカンスの終わりに予想されていた再ロックダウン。

その時が来るまで、時間を惜しむようにカルチャーを求めたパリジャンたちとって、まさに宝石箱のようだったセーヴル N°40へ、みなさんをお誘いしたいと思います。

ヨーロッパ文化遺産の日?

「ヨーロッパ文化遺産の日」は毎年9月の第3ウィークエンドに、普段は一般公開されていな歴史的建造物を見学できる文化プログラムです。

ケリングとバレンシアガの本社はセーヴルに移転した2016年から毎年、この「ヨーロッパ文化遺産の日」のプログラムに登録され、敷地内が一般公開されます。

まずは「ラエネック」史の予習から

現在ケリング本社となった建物の歴史はルイ13世下の1634年に始まります。不治の病のホスピスとして着工し、3年後から患者を受け入れました。

17200平方メートルの敷地の半分は、数々の薬草とバラが生茂るジャルダン(庭園)。

1878年には、ルネ・ラエネック医師(1789-1826、後ほど登場します)に因み、「ラエネック病院」と名付けられました。

1913年には敷地内に肺炎患者のための無料診療所を開設。

そしてラエネック病院は2000年、15区のジョルジュ・ポンピドゥー病院に移転し医療機関としての長い歴史に幕を閉じました。

今年のテーマは「文化遺産と教育 生涯学習」

 (歴史は何度学んでも面白い!)

コロナウイルス感染防止の衛生基準を満たすことができず、「ヨーロッパ文化遺産の日」を残念ながら見送った施設も多かったのですが、ケリングは衛生プロトコルよりも厳格な感染防止策を講じました。

そして「文化遺産と教育 生涯学習」のテーマに沿い、いつもとは違う「エスプリ仕掛けの体験型」見学ツアーを企画! 劇団「ラ・カプセル」の女優タリ・コーエン脚本による喜劇的寸劇(サイネーテ)でラエネックの文化遺産へと誘います。

サイネーテ5幕

ケリング本社の門をくぐると、礼拝堂を正面に中庭がパッと現れます。

その左手がケリングの本社、そして右手がバレンシアガの本社です。

さて、この中庭で見学客を待っていたのは、(女優が演じる)看護師さん。

案内役の看護師さん

看護師さんとクイズをしながら、ライネックの歴史のレクチャーがはじまると…

おやっ、マスクをしたドクターライネック(もちろん俳優の)が登場!ドクターライネック、手に何か持ってますねー。聴診器ですかね?

そうなんです!

このブルターニュ出身(ケリングを創業したピノー家も同郷)の同医師は肝硬変や悪性黒色腫の名付け親だったり多くの功績を残しているのですが、中でも特に名声を高めたのが「聴診器」の発明でした。

ドクターライネックはここで、「ある日、ルーヴルを散歩していたらね」とお話をはじめます。

「子供たちが梁で遊ぶ光景に出会したんですよ。ひとりの子供が梁の片方を針金で突いて、梁のもう片方にいる子供たちが何回突いたか数えていたんですね。」

その後、ドクターライネックは心臓の音が聞こえづらい患者を診察中(当時は医師が患者の胸部に医師が直接耳をあてていた)、ルーブルの梁遊びを思い出す。

そして問診票を丸めて患者のカラダに押し当ててみたら、「よく聞こえた!」

(レビュー/ボンマルシェのプレスリリースを丸めてウチの犬で試してみたのですが、確かに心臓や呼吸の音がよく聞こえました。)


ドクターライネックと別れ、礼拝堂へ。

1640年に建てられ、歴史的建造物に指定されたこの礼拝堂では、画家と保存修復家が作業をしながら歴史を語り、この後方にある中庭では改修を担当した建築家が、10年近い研究、そして6年間の歳月をついやした環境に基づいた工事について説明。

建築家が中庭に登場

別の中庭では、アプリキュルター(養蜂家)がガイド役。

背高のっぽのラベンダー、白いバラ、マルメロなど創設当時からの植物が香りを放つこの庭が、どのように治療に役立ってきたかを教えてくれます。

ここで呼吸をしていると、からだだけでなく心までもが浄化されていく気分です。

何世紀にも渡り、多くの病人を癒してきた植物たち。こんな環境で仕事がしたいと誰もが願うでしょう。

ラベンダーとバラの庭園

テイスト・オブ・ハニー 

中庭を案内してくれたのは女優さんが演じる養蜂家でしたが、2017年、5つの蜜蜂の巣箱が置かれ、ハチミツが採集されています。

3回目の採集にあたる今年の収穫量は49.5キロ。

明るい乳白色は目に優しく、ボダイジュとマロンが混じり合った香りと味わいに引き込まれました。

ピノーコレクション 

ケリンググループ創業者フランソワ・ピノー氏のピノーコレクション、現代アートのプライベートコレクションとしては世界最高と言えるでしょう。

「ヨーロッパ文化遺産の日」では、ピノーコレクションの中からその年のテーマに沿った作品が礼拝堂に展示されます。

今年は衛生プロトコルのために点数は絞られたものの、Paul Rebeyrolle(1926-2005)ポール・レベイロール作 “Vegas del condado”(1978年『スペインの風景』)が初公開されました。

とにかく視覚に入りきれないほど巨大な絵。455 X 515 のキャンバスに自然そのものが切り取られたように描かれています。

風の轟音が耳を圧巻し、滝に水しぶきが飛んできそう。

レアリズムを行くこの絵を観ていると、あの画家の名が浮かんできませんか。そうです、ク、ク、ク、クールベ、ギュスターヴ・クールベ(1819-1877)!

スペインの風景画のデカさは、クールベの『画家のアトリエ』(1855年 361x598 オルセー美術館蔵)級、自然のカラーパレット、しかも絵の表面には本物の土や植物の根が貼り付けられているのです。

ポンピドゥーが2018年にレベイロールの5作品を購入したのですが、ピノー氏は1988年から同作家のコレクションをはじめ、なんと14枚も所有しています。

来年1月パリにオープン予定、安藤忠雄によるピノーコレクション美術館が本当に、本当に待ち遠しい。

ピノーコレクション Paul Rebeyrolle  “Vegas del condado”

さて今年の「ヨーロッパ文化遺産の日」、初日は、コロナウイルスの前線に立つ医療従事者たちに感謝の意を込めナイトツアーが組まれました。

ここで一言、ひとつ、とっても残念だったこと_今年はバレンシアガのアーカイヴ展がなかった。

「ヨーロッパ文化遺産の日」はこちらのサイトでご覧いただけます。

https://www.kering.com/jp/group/culture-and-heritage/2020-european-heritage-days/

束の間の展覧会「ポール・ハイムの庭」

パリは10月からアートフェアのピークにはいります。

その代表が、FIAC(Foire internationale d’art contemporain /国際現代アートフェア)とパリフォト。

はい、今年はどちらも揃って中止となりました。

ガ〜ンガ〜ンと落ち込むパリのアートファンをパッと輝かせてくれたのが、LE JARDIN SECRET de Paul Haim / ポール・ハイムの「秘密の庭」展です。

ケリングとバレンシアガの本社で開催されました(完全予約制、入場無料)。

冒頭でご覧いただいたビデオは同展を撮影したものです。礼拝堂の前に展示されているのはザオ・ウーキーの作品。

ポール・ハイムの庭_

こんなすばらしい庭があったなんて、知らなかった。

仏バスク地方の La Petite Escalère / ラ・プティッテスカレールと呼ばれる場所に、ブールデル、カルダー、レジェ、マイヨール、ミロ、ノグチ、ニキ・ド・サンファル、ロダンなどの彫刻を集めた庭があったとは。

これら20世紀の重要な作品を収集したのは、美術商のポール・ハイム(2006年没)と、その妻で写真家で画家のジャネット・ルロワ・ハイム(2020年没)。

ポールは日本に印象派や現代美術を紹介、また箱根・彫刻の森美術館の創設に協力したことでも知られています。

ラ・プティッテスカレールはこれまで一般公開されたことがなく、まさしく「秘密の庭」。

それがなぜ今回、パリのケリング本社に再現されたのでしょうか。

その理由は_ ポールとジャネットの娘ドミニク・ハイムが同コレクションを売却すると決断したから。(ラ・プティッテスカレールは、洪水という自然災害で庭に彫刻が置けなくなり閉鎖されました。)

「ポール・ハイムの庭」の彫刻は、パリ・クリスティーズ(ピノー家のホールディング会社アルテミス傘下)でオークション当日まで、1週間だけ初めて一般公開されることになったのです。


彫刻は仕切られた空間より、空の下で見るのがいいですね。

蝶々になった気分で、あっちの彫刻、こっちの彫刻と見て回る。

ロダン美術館もルーヴル美術館の庭ではロダンとマイヨールの作品しか見れませんが(それはそれで贅沢)、「ポール・ハイムの庭」ではミロの “La Caresse d’un oiseau”(落札額390万ユーロ)、カルダーの“Gouvernails rouges”(175万ユーロ)、チリーダの“Mural G-336”(137万ユーロ)の間を、思いっきり浮気なバタフライのように鑑賞したパリジャンたち。

なんだかこの中からひとつくらい彫刻が買えそうな気分にもなったりして。

こうした経験がコロナ禍でのインスピレーションの枯渇、失いかけている思考、もしくはボケてきた思考を救ってくれるのです。

礼拝堂に展示された彫刻 ⒸEric Sander

中庭 ⒸEric Sander

ミロ作 “La Caresse d’un oiseau”

彫刻展「ポール・ハイムの庭」_ こちらでどうぞ

https://www.kering.com/jp/group/culture-and-heritage/40-rue-de-sevres/the-garden-of-paul-haim/

表参道に新本社

ケリンググループはこの秋、表参道に新本社ビルをオープンしました。

建築家のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞した伊東豊雄氏がデザインした本ビルには、9月に「アレキサンダー・マックイーン」、そして11月には世界最大級の「バレンシアガ」の新店舗、21年には「ボッテガ・ヴェネタ」の旗艦店がお目見えします。

ところで「Kering / ケリング 」という社名の言われをご存知でしょうか。

ブルターニュ地方の言語(ブルトン語)で Ker は「家」「家庭」「生活の場」を意味します。

この地方では、今も標識や看板などはフランス語とブルトン語のバイリンガル。「Ker」とかかれた表示をよく見かけます。

同グループを創業したピノー家はブルターニュ出身。Kerと、英語のCaring「思いやり」を重ね、2013年6月にPPRからケリングへと社名を新しくしました。


東京の新本社は社名が示すように、ステークホルダー、そして地球についての考えが反映されているという。

内装を手掛けたファラ・タライエ氏は4フロアのオフィススペースを「日本の家」のようにデザイン。

6階は、ケリングの映画、アート、文化における女性支援活動「ウーマン・イン・モーション」、サステナビリティ関連、傘下ブランドなどのイベントスペース。

パリ本社、旧ラエネックの庭園に香るラベンダーをはじめ、日仏で愛されている四季折々の植物が茂る、表参道を一望できる屋上テラス。

ここにはケリングのアイコン、フクロウに着想を得た鳥の巣をイメージした卵型のチェアが置かれています。

ケリングビル


このケリングビル、実はまだ見ていません…

旧ラエネックの鐘の音を聞きながら、コロナの前線にいる医療関係者への感謝と、帰国の難易度が低くなることを祈りつつ。

アビアント!それではまた。

前回までのレポートはこちらから


松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。

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