パリは写真のシーズンへ
Elles × Paris Photo
パリは9月にはじまるラ・ラントレ(新シーズン)から、さまざまな「ウィーク」がリレーのように駆け出す。デザインウィーク、ファッションウィーク、アートウィーク。そして11月の声が聞こえてくると、写真へとバトンタッチされる。でも写真は「ウィーク」を超え、さまざまなイベントが約1か月ほど続く。
中でも最も注目を集めるのは、ル・グラン・パレで開催される世界イチの国際写真フェア「Paris Photo」。今年は、映画監督のジム・ジャームッシュをゲストに迎える。ラ・カルト・ブランシュ(白紙委任状)を渡された彼は会場を監修し、編集と自身のバンドでオリジナルサウンドトラックを担当した、マン・レイの4つの短編を初公開する(今年はシュールレアリズム誕生100周年)。
同フェアでは、「ヒューマン」に繋がるテーマで何人かの写真家がフォーカスされるが、その一人に片山真理がいる(ギャラリーSuzanne Tarasieve)。パリフォトでこの日本人女性写真家の作品を出展する、現代アートギャラリーのSuzanne Tarasieve(パリ3区)は、「Elles × Paris Photo」にも選ばれている。
Elles(彼女たち)× Paris Photoとは、男性社会の写真分野において女性写真家の仕事を讃えることを目的とした、同フェアが注力しているプログラム。「フランス文化省とケリングがアートと文化の分野の女性に光を当てるウーマン・イン・モーションプログラムとのパートナーシップで実施されています。2018年の立ち上げから、フェアにおける女性アーティストの割合は20%から38%に引き上げる成果を挙げています」と、企画を担当するラファエル・ストパン氏はコメントする。「今年は初めて、ケリングのサポートにより、女性写真家の展示をする4つのギャラリーが支援金を受けることになり、本プログラムがさらに強化されます」と、よろこびを表す。
Women In Motion
ケリングは、2015年からオフィシャルパートナーを務めるカンヌ国際映画祭で、同映画祭と「ウーマン・イン・モーション」(WoMo)アワードを創設。WoMoはその翌年、さらに写真の分野へと広がり、同じ年にアルル国際写真フェスティバルで創設された「マダム・フィガロ・フォトアワード」に加わった。
そして2019年、このアルルで同フェスティバルとともに「ウーマン・イン・モーション」フォトグラフィーアワードが誕生し、米国人ドキュメンタリー写真家のスーザン・メイゼラス(Susan Meiselas)が第1回の受賞者に輝いた。
過去最高を記録したアルル国際写真フェスティバル2024
毎年夏、南仏アルルで開催されるこのフェスティバルは、以前は「アルル国際写真会議」と呼ばれていた。フランス語では「Les Rencontres d’Arles」(アルルでの出会い)と表記され、半世紀以上の歴史を持つ。約3か月弱の会期中、町中の至るところでさまざまな写真展が開催され、写真家にとっては「いつかはここで」と目標とされる場。
この夏の第55回同フェスティバルには16万人が来場し、総来場数(27会場)は175万回と過去最高を記録。好評につき、会期が1週間延長された。この成功の要因は、日本人女性写真家たちをフォーカスした企画展の力があったからだと、わたしは思う。
今年の第6回「ウーマン・イン・モーション」フォトグラフィーアワードは、石内都さんが受賞。ケリングの支援により、同フェスティバルでは石内さんの個展「Belongings」、日本人女性写真家たちの作品を初めて一堂に展示した「I’m So Happy You Are Here」、そしてKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭から日本人女性写真家6人を紹介する「Transcendance」の3展覧会が開かれた。
森山大道、荒木経惟、植田正治、杉本博司をはじめ、フランスでは日本人写真家への評価は高いが、「女性」がつくと、誰の名前も挙がらない。それは作品によるのではなく、単に日本人女性写真家の作品を見る機会がなかったから。
これら日本人女性写真家たちの企画展について、「これはひとつの事件です。この事件をしっかり見てください」と、石内都さんはアルルで発言した。事件といわれた写真展は、専門誌だけでなく、ル・モンド紙をはじめとするクオリティーペーパーでも高い評価を受けた。
アルルで_ 石内都さんと
石内都さんのフランスでの初の個展「Belonging」では、『マザーズ』『ひろしま』、そして『フリーダ』からの作品が展示されていた。初日には、黒河内真衣子さんの姿もあった。写真展はもちろんのこと、作家本人にお会いできる機会に恵まれ、それだけでも身に余る幸せを感じていたが、石内さんの声は、はっとする美しさだった。
写真は「染め物」
写真の巨匠の多くは「絵師」、とわたしはこれまで思ってきた。写真史でいう「芸術写真」のジャンルの基礎となった19世紀末のピクトリアリズム(絵画主義)とは別に、ウジェーヌ・アジェ、ジャック・アンリ・ラルティーグ、マン・レイ、カルティエ=ブレッソン、ウィリアム・エグルストン、ソール・ライター… 画家並みの腕前だった。
1947年生まれの石内都さんは、横須賀市で育ち、デザインを志して多摩美術大学デザイン科に入学し、染色を専攻する。
そしてある日、偶然が舞い込んできた。友人が置いていった現像とプリントの機材を置いていったそうだ。「写真をはじめたのは、暗室なんです。暗室作業って、染め物に近い水仕事なんです。しかも糸を染める薬品と同じものを使う。写真は染め物かと。だから暗室作業が大好きだった」と石内さんは話す。
「染色を学んでいなかったら、写真家にはなっていなかったかもしれませんか」と聞いてみた。
「偶然のことがいろいろ重なるから、自分で選んだというよりあたえられたものでしかない。それが偶然、写真がとてもうまくいったのです」と。
つまり、石内さんは暗室出身の写真家で、まったく独学の人で師匠もいない。
おもしろいエピソードを教えてくれた。石内さんはデビュー当時、「森山さんのお弟子さんですか」と聞かれたそうだ。でも、その「森山」大道を知らず、調べてみたら、かっこいい写真を撮っている人だと知った。そこで石内さんはデビュー作『絶唱、横須賀ストーリー』(1978年)の個展の時、「森山さんの弟子といわれている、石内都です」と本人に電話をしたら、みにきてくれたそうだ。「とても誠実な方です」と、石内さんは当時を振り返る。
Belongings
石内都さんの展覧会の題名は「Belongings(帰属)」。ここでは、『Mother's』(2000年~2005年)、『ひろしま』(2007年~)、『フリーダ 愛と痛み』(2016年)からの作品が展示されていた。
ふと、キース・ジャレットがちょうど50年前、1974年にリリースした不朽の名盤『Belonging』を思い出した。クラシックとジャズを超越した音楽の内面を深く表現する天才ピアニストの「ヨーロッパ・カルテット」による演奏は、メンバーたちの共鳴がアルバムタイトルに表現されているかのようだ。ガラスのような小石が4つ、水面に並ぶカラーのジャケットの美しさは、今でもはっとさせられ、偶然にも、石内さんのカラー作品を彷彿させる。
ここで展示された『Mother's』『ひろしま』『フリーダ 愛と痛み』がつなげるものは「遺品」だ。石内さんは今回の個展のタイトルについて、「ちょうど、母が亡くなったのが2000年。その5年後にヴェネチア・ビエンナーレで展覧会をした。フリーダ・カーロの美術館のキュレーターが『Mother’s』を見て、フリーダの遺品を撮ってくれませんか、と。そして広島の編集者が『Mother's』を見て、ひろしまを撮りませんか、と。『Mother's』がフリーダもひろしまも連れてきてくれた。ですから今回は『Mother's』と『ひろしま』、そして『フリーダ』、3つの共通点は、母。わたしの母が全部関係している」と語る。
Mother’s
「この展覧会の元ですね」と石内さんは言った。プロのドライバーとして生きてきた実母。生前はうまくコミュニケーションが取れず、亡くなってからどういうふうに関係を持つかという思いで、実母が身につけていたものを撮り始めた。それが『Mother’s』となる。
石内さんはヴェネツィア・ビエンナーレの会場で、『Mother’s』を見ながら泣いている人を見つけ、とても驚いたという。「展示をして、いろんな人が作品を見ることによって、これはもうわたしの母の遺品ではないんだと、みんなの遺品だと思った。私にとっての遺品が、自立してどこか世界に行ってしまった。そしたらフリーダを呼んで、広島も呼んで、母の力はすごい」と語った。
メキシコで
『Mother’s』がきっかけとなり、石内さんは「あまり興味がなかった」というフリーダ・カーロの遺品を撮りに、初めてメキシコに渡る。そしてフリーダ・カーロ美術館で、今から70年前に47歳でこの世を去った画家が残した作品を見る。
「本物を見たらびっくりした。すっごいタッチがいいし、本当に繊細なんですよ。やっぱりオリジナルを見なくちゃだめ、ということが自分でよくわかった。」
作品だけでない。石内さんは、3週間にわたる撮影の中で、これまで興味のなかったフリーダは「世間のフリーダに対するイメージは噂でしかない」こと、そして彼女は「すごく優しいひとだったんだろうな」と感じた。「彼女の遺品を目の前にして、親近感とフリーダ・カーロというひとりの女性アーティストから勇気をいただいた」と、フリーダとの思いを語った。
フリーダの遺品を撮ることは、彼女の伝記のように過去を表すことなのだろうか?「そうではありません。私が今生きている時間にフリーダに出会えたのです。過去のフリーダじゃなくて。彼女が身につけていたものが、わたしが生きている時間と同じ時間にいる。今のフリーダと出会ったのです」
ひらがなの『ひろしま』
「いろんな意味で残されたもの、本人たちはいないのだけど、残されたものたちが、きちっと存在している意味をしっかり考えてほしい。特に広島ね。」と石内さんは話す。
「ウーマン・イン・モーション」フォトグラフィーアワードの授賞式に、被爆者の遺品である着物を着ていた石内さんの姿が印象的だった。
石内さんは毎年、広島平和記念資料館に遺品を撮りに行くそうだ。そこで最初に驚いたことは、遺品に「色」があったことだった。それまで、広島に関する作品はモノクロでしか見たことがなかったからだ。石内さんは撮影のために、資料館に保管されている遺品からワンピースやスカートなどを選んだ。「色がきれいで、今、私が着てもおかしくない。すごくリアリティがあるの。わたしと同じ時間を君らも生きてるんだねって。」
わたしが初めて見た広島の写真は、土門拳の『ヒロシマ』(1958年刊)。カタカナの広島だった。それ以来、作家の名前と無関係に広島の写真を見るのが怖くなった。でも昨年、パリで初めて開かれた土門拳展で展示された『ヒロシマ』を何度も見た。
石内さんは高校時代に図書館で『ヒロシマ』を見て、「怖くてしめちゃった。逆に広島に対する興味を失ってしまった」という。「土門拳にしても、男性写真家が社会的な意味で広島をたくさん撮っていたから、私も撮ることができた。広島は、私の人生にいろいろなものを与えてくれ、とても感謝してしています」と語る。
『ひろしま』は、これまで海外でも展示されてきた。石内さんは、海外での『ひろしま』の展覧会から、大切なことを学んだという。それは「原爆はどこに落ちたのか」ということ。
海外の人たちは、「原爆は日本に落とされた」と捉えている。しかし日本人にとって、原爆が落とされたのは広島と長崎であり、地域性でしか見ていないことに気づかされたという。だから、誰もがこの事実を自分のこととは思っていない。「わたしもそうだった」と。
「遺品たちは、今、どのようにあるかということを示し、過去のものではない。写真は、過去を撮ることはできない。今しか撮れない。私が、今生きている同じ空間で、遺品を撮りました。だから広島は、まだ生きている」。
2024年のノーベル平和賞は、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が受賞した。受賞決定直後、フランスのメディアは日本被団協の68年にわたる活動を詳しく紹介し、大きく報道した。わたしは、この喜ばしい知らせを読み耽りながら、自分がその活動とは遠いところにいたこと、そしてアルルでの石内さんのいくつもの言葉が蘇ってきた。
アルルでの「ウーマン・イン・モーション」フォトグラフィーアワード授賞式での石内さんのスピーチは、忘れられない。
「今、世界でたくさん戦争をやってますね。その戦争のあり方と、核の恐怖みたいなものがどんどんリアルになってきていると思っています。ですからあたしとしては、この『ひろしま』という4文字をみなさん、覚えてください。日本語です。これは女文字といって女性が昔から使っていた『ひ・ろ・し・ま』の文字です。読めるようになってください。」
大川美術館 石内都 STEP THROUGH TIME
石内さんが2022年に広島平和記念資料館で遺品である小さなお財布を撮影した時のこと。そのお財布を開けたら、四角に畳まれた新札が出てきて、感動したという。この写真は、石内さんの生地・桐生にある大川美術館での「石内都 STEP THROUGH TIME」に展示されている。
同展は『Mother’s』『ひろしま』に加え、初期の『APARTMENT』から近作『From Kiryu』(初公開)までの代表的シリーズから石内さん自身が選んだ作品で構成。石内さんによるヴィンテージプリントも展示されている。2月15日まで。
Publications 出版物
Collection Women In Motion Ishiuchi Miyako
Fisheye hors - série
フォトマガジンFisheye の Special Issue コレクション「ウーマン・イン・モーション」石内都が、ケリングの支援で出版された。インタビュー(英仏語)とポートフォリオを中心に、石内の仕事が紹介されている。
FEMMES PHOTOGRAPHES JAPONAISES
50年代から現在まで、日本人女性写真家たちの作品を500点以上収録した画期的な写真集/写真史。Women In Motion LAB の支援で実現した。
出版社/textuel
Regard sur le Japon(日本へのまなざし)
フランスのNGO「国境なき記者団(Reporters Without Borders)」が、報道の自由やジャーナリスト保護のための活動資金を集めるために定期的に出版している「報道の自由のための100枚の写真」。初めて日本をテーマにしたコレクションが発売されている。20世紀の最高傑作の1枚(とわたしは思っている)、石内都の『Yokosuka Story #98』をはじめ6点、渡辺眸、森山大道、アンリ・カルティエ=ブレッソンら国内外の14人の著名写真家たちの作品がセレクションされている。
■Paris Photo(11月7~10日)
パリ・フォトが、リニューアルオープンしたル・グラン・パレに戻ってくる。Elles x Paris Photo では片山真理はじめ 41人の女性写真家の作品が展示される。
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。