2か月間の都市封鎖
とうとうこの日がやってきました。
許可証、身分証明書を携帯することなく外出できる。
しかも自宅から1キロメートル以上離れた場所にも。
100キロメートルまでは移動できる。
家族、とか、同居証明書のない相手と一緒に歩くこともできる。
外出は1時間まで、とのタイムリミットもない。
日中、外で運動もできるんだって!
そんなことをしても罰金取られないって本当?(本当です。)
いやいや、公共交通機関を利用する場合は要マスク。
そして朝夕のラッシュアワーに乗車する場合は、職場証明や決められた外出理由が記入された許可証が必要だ。
さもないと135ユーロの罰金が科せられますよ。
段階的な外出制限緩和が始まったこの日、5月11日。
それが意外にも、「待ちに待った11日」という雰囲気にならないまま、当日を迎えたパリジャンが少なくなかった。
体験したことのないことばかり。個々が、このまま元の生活に戻っていいのだろうか?と考え続けた2か月間。
パリジェンヌたちのブロンドヘアは天然色となり、近所の人たちの素顔(すっぴん)に驚く。
窓際での「ボンジュール」や世間話、とパリでは考えられなかった近所付き合いも生まれた。
医療関係者や食品・生活必需品の供給者たちに感謝しながら、生活を共にした。
物資不足から自分であれこれ工夫して対応したり、自作に挑んだり。
創造的なコトを楽しんでいるうちに自分自身を見直し、意外な能力を伸ばした人も多い。
年末年始の長期交通ストで経験済みのテレワークも、この2か月でフツウの働き方になった。
「都市封鎖」_英語ではロックダウン。
フランス語ではCONFINEMENT/コンフィヌモン、直訳すると「閉じ込めること、閉じこもること」
こんな言葉に拘束されず、パリジャンがパリジャンらしく過ごした2か月間の「コンフィヌモン」をお届けします!
ご自宅で、または春のパリ旅行をキャンセルせざるを得なかった方々に、ちょっとしたパリの時間になればうれしいです。
iPhoneに「あなた知りません」と言われた朝_
気を取り直すためにアートでグッドモーニング
朝顔
ある朝、iPhoneに顔を断られた。
つまりFace IDではiPhoneを開けなかったのです。
まずい。
そう言えば自分の顔を見ることが少なくなった。
わたし太った?それとも老けた?
顔が変わったからiPhoneに「あんた知らない」と無視されたのだろうか。
と自問したのですが、外見でいちばん変化していたのは「髪型」(一時の気休め?)
そういえば学生時代に、ルイーズ・ドゥ・ヴィルモラン Louise de Vilmorin (1902ー1969、作家・脚本家・ジャーナルリスト、著作にガブリエル・シャネルの伝記もある)の女性のたしなみにまつわるエッセイの中で、「髪型も顔の一部です」と書いていたことを思い出す。
外出制限下ではバリカンとヘアカラーが売れ、YouTubeでは「前髪の切り方」関連のアクセス数が半端ではなかった。
髪は伸びる。だからカットする、またはしてもらう。
でもこの2か月間で、無理にストレートヘアにしたり、その逆をいってみたり、髪の毛の色を偽るようなカスタマイズはもうやめて、ナチュラルな髪にしようと決めた人は少なくない。
「朝の顔」に話を戻します。
自分の顔を忘れないために、そして朝のアート学習に、GoogleのアプリケーションArt & Culture(A&C)で1日をスタート!
この A&CのArt Selfie では、世界中の美術館所蔵の肖像画の中から、自分と似た人、言い換えると、他人の空似を探してくれます。
例えば、あなたの顔とセザンヌの Madame Cézanne in Blue (セザンヌの奥さんの肖像画)は48%似ています、といった感じで。
それだけではなく絵をクリックすれば、作者や作品について探究心を満たしてくれる情報が出てきます。
また、Art Transfer を使えば自撮りをゴッホ、とか、フリーダ・カーロの自画像、もしくは『モナリザ』、とか、『叫び』に変換できるのですが、これはあまりオススメできません。
清々しい朝の気分が消えてしまう恐れがあります。
それでは次に朝ごはんでアートの続きを。
Art Transfer で目の前にある朝食を写真に撮り、マグカップやパン皿を名画風に変えてみる(お土産物によくある瀬戸物とは違う)。
いつものカフェオレボールをモネの『睡蓮』風にする。
お茶碗を北斎の『冨嶽三十六景神奈川沖浪裏』風にして、気を引き締める。
浮世絵コレクターだったモネが生きていたら、教えてあげたいですね。
パン屋さんのバゲットマジック(魔法の杖)
朝食に欠かせないパンを、この2か月間焼き続けてくれたブーランジェリー(パン屋)さんたち。
本当にありがとう。
バゲット(フランスパン)トラディションのパリコンクールで2014年に2位を獲得したAu Petit Versailles du Marais/オ・プティ、ヴェルサイユ・デュ・マレでは、ロックダウン中に小さな、そしてかわいいお楽しみを用意してくれました。
それは_ バゲットを入れる紙袋。
PEFC森林認証の紙袋を捨てずに楽しもうという提案です。
バゲットバックを点線に沿って切ると正方形になり、それを折り紙にしてウサギにする。
袋には折り方の説明があり、もしそれでも難しければ、袋にプリントされたQRコードからビデオに飛べる親切設定。
ウサギの他に、ペンギン、子ぶた、猫など動物コレクションがあるそうなので楽しみはまだまだ続く。
バゲットバックは現時点でウサギから犬にバトンタッチ!
ファッションを学ぶ、見る
Google A&Cではファッションも学べます。
例えば_Unlock culture at home with machine learning のGet the Runway Look
今日の自分のコーディネイトを写真に撮ると、その服の配色をベースに「サンローラン」がパリファッションウィークAW2019で発表したコレクションとか、「アルマーニ」「ディオール」など続々とランウェイの写真が並び、カラーのアイディアが得られるかも。
そして3年前、パリ装飾芸術美術館(MAD)で旗揚げした We Wear Cultureのコンテンツ。
お試しくだされ。
おうちでクリスチャン・ディオール
1949年にHenri A.Lavrelが撮影したムッシュー・クリスチャン・ディオールのドキュメンタリー
Haute Couture 、そして5時間以の長蛇の列、70万8000人が訪れたパリ装飾芸術美術館(MAD)の「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展がYouTubeで鑑賞できます。
The world of Monsieur Dior in his own words
Christian Dior, Designer of Dreams' at the Musée des Arts Décoratifs
運動する
ロックダウン中は10〜19時まで運動を目的とした外出が禁止となり、朝夕しか走れず。
走れる距離も自宅から1キロ以内、つまり直径2キロの円をトラックと想定し走ればいいのですが、道路の関係上そうもゆかず。
朝夕のヴォージュ広場(あの優雅な)はここをグルグルするランナーたちで、ヴォージュ競技場になってしまい、何のためのロックダウンかわからな状況でした。
ランニングから縄跳びに種目を変更した人も少なからず。
近所のカフェでは休業中(現在もまだ飲食店は休業中)、テーブルを卓球台にして家族勝ち抜き卓球大会を開催。
なるほど、テーブルテニスそのもの。
フラフープの再来はなかったけれど、ボディラインの救世主は米西海岸からInstagramでやって来たダンサーで振付師ライアン・ハフィントン Ryan Heffington !
シーアの「シャンデリア」、エル・ファニングのティファニーのCMの振り付けを手掛けたライアンが、ロサンゼルスのスタジオから火木土、インスタライブでコーチ(ryan.heffington フォロワー231k)。
筋トレ、ストレッチ、ダンス、(変装して)歌う、の1時間はかなりキツイがサイコーに楽しい。
エマ・ストーン、マーガレット・クォリーらライアンのお弟子さんも、自宅から「アイラヴユー、ライアン❤️」とヘアブラシや歯ブラシをマイク代わりにゲスト出演という豪華な週末ライヴもあったりして、メルシ〜ライアン!
パリっぽいデザートを作る(究極に少ない材料で)
この2か月間、美味しいもの大好きのフランスでは空前のクッキングブームでした。
Instagramは名シェフの簡単(?と思う時もしばしば)レシピでお腹がいっぱい。
初のマイケーキを焼いた人、お料理の腕を磨いてしまった人、マイレシピをInstagramに投稿する人、それぞれの食が展開したのですが...
お料理人口急増で、小麦粉と卵が供給不足となり、お菓子作りが困難な状況になってしまったのです。
そこで人気急上昇したのが、クリーム系のデセール・ヴェリーヌ(ガラス入りのデザート)。
フーケッツやラ・トゥール・ダルジャンの名の知れたレストランでパティシエとして腕を揮った友人が、「こんなに簡単にできるクレーム・オ・ショコラ(チョコレートクリームのデザート)はない」と教えてくれたレシピをご紹介します!(実は勝手に自己流レシピに変えてます)
・材料
ショコラ/100グラム(この際、板ショコラでもパティスリー用でも、ダークでもミルクでもなんでもいい) もしダーク、ミルクのどちらもあればラッキー!この2つを適当に混ぜて(カカオ60〜70%くらいがいいかも)即興的な美味しさのサプライズに賭ける。
生クリーム/(大体)100 ml
Crème épaisse という固形上クリームが望ましいのですが、サワークリーム、もしくはリキッド(脂肪分30%以上が理想的)
水/50 ml(ほど)
水の代わりにカフェを使う、水の分量を減らしてリキュールを入れる、などクリエイションにも挑戦してください。水分が多めでもそれなりに固まりますので、気にせずに。
・作り方
生クリームと水を温めて、割りショコラを混ぜる。
沸騰の手前まで温めながらショコラを溶かす。
ショコラクリームが少し冷めたら、小さめのカップ、コップとか家にある容器に入れ、冷蔵庫で固めれば出来上がり。
クレーム・オ・ショコラには上記の材料の他に卵とか砂糖とかヴァニラを入れて、温度を測りながら湯煎でショコラを溶かすのですが、そんなことしなくても、なーんだココアのように作れるということが、ロックダウンの物資不足でわかりました。
今まで手間暇かけてショコラとかクリーム系デザートを作ってきたわたしは何だったのでしょうか。
動物たちの時間
パリ猫
外出制限で人通りのない道_
なのに、歩いているとふと「誰かに見られている」と視線を感じる。
立ち止まって周りをキョロキョロしてみると、あ、いたいた、人間を観察している人、じゃなくて猫。
ロックダウン中に、多くのパリジャンが「(猫に)見られている」を経験していたようです。
今まで外出規制するしかなかった猫たちが、車が消えた通りで日向ぼっこをしてみたり。
サンルイ島では猫たちが自由に散歩。
近所のカフェ猫アンリは、キアラが通ると「ボンジュール」(実際は、ニャー)をしに店から外出するのが日課になった。
ロックダウン前は、アンリの存在すら知らなかった。
パリ鳥
これが野鳥になると外出緩和度がさらに広がり、カモの親子がオペラ座まで遠征した、とかオーガニック食品店にシリアルを食べに来たとか。
ピカソ美術館界隈では小鳥たちののど自慢大会。
その鳥の美しい声を聴きながら、人間たちが容赦なく動物たちの環境に割り込んで外出制限どころか住めない地球にしているんだということを考える。
さて、ここで野鳥に関するある貴重な調査結果を_
英国立エクセター大学エンバイアメント・アンド・サステナビリティ・インスティテュートのケビン・ガストン教授は長年にわたり野鳥の調査を行っています。
ガストン教授によると、この30年間にヨーロッパの野鳥の数は20%減少、1980年に人間1人につき野鳥4羽の割合だったのに、現在では3羽、都市部ではたった2羽。
「人口が増加すれば野鳥がドラスティックに減少する」とガストン教授は指摘します。
毎年11月、ウチの小さなバルコニーにことり食堂を開きます。
メニューはオーガニックのひまわりのタネ、玄米など。
この時期からから春が訪れるまで、シジュウカラ(頭の色が青と黒の2種類)、コマドリ、ツグミなどの野鳥たちが来店してくれます。
でもこの冬は野鳥たちの種類も数も前年より少なかった。
ガストン教授の調査結果を確かめているようでした。
ロックダウン中、ピカソ美術館界隈では住人1人当たり何羽の野鳥がいたのでしょうね。
_ だから空が美しかった
新型肺炎による死亡者、感染者数と向き合う毎日が続いていますが、外出制限下の大気汚染に関する数字が公表されました。
以下、欧州環境調査機関CREAが4月に実施した調査結果です。
・二酸化窒素 −40%
・微粒子状物質(大気汚染物質)−10%
大気汚染が改善したことで、呼吸器系などの病気による死亡者が1万1000人減。
フランスでは1230人減。
ドクターストップが必要な患者130万人減。
6000件の小児喘息、1900件の重度の喘息入院が防げた。
欧米では大気汚染がコロナウイルスを拡大させる原因のひとつとするレポートも発表され、環境破壊とパンデミックの関連について研究が大変注目されています。
空は正直です。
上記の数字を見なくても、外出制限の時に見た空は今までに見たこともない美しさでした。
交通騒音のない静寂な空気が青空や夕日を桃源郷の風景にしたのかもしれません。
陽が沈む頃、Instagramには自宅夕日の写真が次々とアップされパリ夕日ツアーみたいでした。
それが5月11日、空はまるで別人のように色を変え、しかも悪臭を放ちパリジャンを驚かせた。
いや、驚く方がおかしい。原因が分かっているのだから。
外出制限緩和の初日のことです。
パリ周辺は早朝から30キロメートルを超える渋滞。
サンマルタン運河では沢山の酒宴が繰り広げられ、夕方には警官が出動し飲酒禁止となる。
外出制限の時に読んだ、パオロ・ジョルダーノ著『コロナの時代の僕ら』。
その制限緩和が始まった日、この本の著者あとがき「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」に書かれたある言葉を、わたしも忘れたくない、とあらためて思いました。
緩和2日目から車が少しずつ減り、自転車で移動する人たちが増え、「自転車を注文した」という声が聞かれるようになり、パリ市は車道を自転車道に変え始めています。
コロナウイルスに持ち去られた命、感染者を助けるために疲れ切っている医療関係者たちを忘れずに、様々な価値観を変えてしまった外出制限というかつてない貴重な経験からコロナ前に戻ってほしくないことを忘れずに、できることから前に進んでみよう。
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。