東京の縫製業・谷繊維 昔ながらの技法守り丸編みアイテム作り

2020/12/12 06:27 更新


 東京都江戸川区でカットソーアイテムの縫製業を営む谷繊維(谷和也代表)は和歌山を中心にした産地から原料を生機で仕入れ、〝丸セット丸裁断丸起毛〟という昔ながらの技法で丸編みアイテムを作り上げる。オリジナルの生地と改良したフラットシーマの4本針ミシンを強みにアメリカンカジュアルウェアのスウェットやTシャツなど定番品を得意とする。最近では小ロット生産を強みにインフルエンサーとの取り組みも進める。

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アメカジ系の定番品

 谷繊維は谷代表の父、谷忠氏が1977年に創業。元々別の業界から入り、同業他社で学んだ後に独立した。カットソーアイテムの製造では後発だった。創業当時は和歌山産地の丸編み工場の2代目などが東京の製造業に修業で来ていたこともあり、その縁から直接、生機から仕入れてカットソーアイテムを作り出した。その後、メリヤス業の盛んだった墨田区の縫製業もどんどん東北など地方に工場を移転する中、同社は東京にとどまった。海外生産シフトも始まっていた。

 現在も「原材料は生機を押さえるのが基本」という創業者の教えを守り、編み立て、染色加工、縫製、仕上げの各工程を一貫して生産管理している。谷代表自身が和歌山を中心に泉大津、一宮などの産地まで足を運び、オリジナルの生地開発を続ける。

 世界の3~4社にしか残っていない旧式のつり編み機を使った定番生地は20年以上使っているものもある。そうした産地企業との信頼関係が高品質な商品の安定供給にもつながっている。オリジナルの生地は綿のローゲージが中心。Tシャツ用の天じく、スウェットシャツ用の裏毛など丈夫で長持ちし、度詰めで横方向に表情が出るのが特徴でアメカジ系メーカーに好まれる。ほかにワッフルやサーマルなどもある。基本的には糸の番手も見本帳には載っていない特殊番手を紡績と組んで作ることも多い。

手間と時間のかかる生産手法での裁断

東京メイドの強み

 東京本社の工場は従業員15人。メンズを中心にスウェットシャツなどで月産5000~6000枚。Tシャツはもっと多い。定番品の生産で年間7割は稼働している。

 「丸編みアイテムの縫製では布帛と違い生地が動きやすく縫いにくいため、縮率を理解し、フレキシブルに対応することが重要」と谷代表。同じ型紙を使っても染工所が違えば生地の乾燥状態など様々なことが異なることが多いので同じ製品として仕上げるにはものづくり全体の工程を意識しなければならない。

 同社の最大の特徴はフラットシーマの4本針ミシン。そのうち2台は60年代のユニオンスペシャル製のビンテージ。新しい機種まで揃える。本来、肌着などを縫うためのフラットシーマだが、厚手のスウェットパーカなども縫えるように古いミシンを改良して使っている。

60年代ユニオンスペシャル製ビンテージの4本針ミシン

 こうした4本針ミシンについては「希少性もあり、アメカジ業界を中心に付加価値が認められている」という。創業者の時代からアメカジメーカーと一緒に技術を高めあってきた結果だろう。ここ数年、夏物のTシャツ中心から厚手のスウェットなどアウターへシフトしてきたことで冬物の比率も高まってきた。

 取り組み先もかつてはアメカジ系メーカー3~4社で十分だったが、谷氏が6年前に入社して以降は、新興メンズブランドや地方の個店なども新規開拓し10倍近くに増やした。

 1社1社は小ロットだが、ものづくりにこだわりのある企業がほとんどを占める。なかにはバイク専門店や国内ジーンズブランドなどコアなファン層を持つ取り組み先もある。「安易な売り上げ規模の拡大よりも自社工場のポテンシャルを発揮できる取り組みを心掛けている」

 コロナ禍でも小さなブランドとの取り組みは強さを発揮しており、9月の売り上げが今年一番だったという。

 最近では、非アパレル分野のプロスポーツ選手やアーティストなど個人のインフルエンサーとのものづくりにも着手している。インフルエンサーは、インスタグラムをはじめSNSなどでファンでもあり消費者でもあるフォロワーと強固なコミュニティーを築き上げている人が多い。

 そのためインフルエンサーは売り切る力・スピードが中途半端なアパレルと比べ物にならないほど高い。こうした取り組みを通じて「つり編みの可能性をもっと広げたい」と谷代表は東京でのものづくりを続ける。

インフルエンサーとの新たな取り組みに挑む谷代表

《チェックポイント》希少な生産方法で生地の風合い生かす

 〝丸セット丸裁断丸起毛〟を創業時から守り続けている。他社でやっているところはほとんどなく、希少な生産手法だ。丸セットとは、丸編みの生地を割いてロール状に縦に巻かずに本来の風合いを維持したまま保管すること。生地がふんわりとリラックスした状態を保っているので放反の工程もいらない。丸裁断は熟練の裁断士が2人掛かりで生地を割きながらの裁断となる。裁断には日本刀のような道具を使い手作業する。同社には50~70代のベテラン裁断士が3人従事している。延反機も使わないので時間と手間はかかる。丸起毛は、通常の平面の生地であれば、一度で済む起毛作業が丸胴状態のため、前後左右の4カ所を起毛しなければならないので非効率ではある。「こうした昔から受け継がれてきた技法を使うことで旧式のつり編み機で作られたアイテムの良さを最大限に発揮できる」と強調する。

研究開発棟に展示している旧式のつり編み機

《記者メモ》ものづくりのコミュニティー拠点に

 数年前に本社工場に併設して研究開発棟を立ち上げた。そこには和歌山の産地企業から譲り受けた旧式のつり編み機が展示されている。そのほか、オリジナル開発した生地や製品サンプルが並ぶ。多くの人が集まり巨大なマーケットである東京という立地を生かした新たな出会いの場としても有効だ。最近では高級ホテルのアメニティーグッズとして和紙素材のTシャツや両面パイルのふわふわパジャマを提案するなど新しい取り組みにも挑戦している。インフルエンサーとの取り組みもつり編みの可能性を追求する一つ。研究開発棟には将来を見据えた人材育成の役割もあるという。物作りを志す若手デザイナーたちが服作りを学ぶコミュニティーの拠点になりうる可能性も秘めている。「近い将来には自社オリジナルTシャツの販売もしてみたい」と谷代表の物作りの価値を高める挑戦は続く。

(大竹清臣)

(繊研新聞本紙20年11月4日付)

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