市場には商品があふれ、EC販売が加速するなか、実店舗に足を運ばせる専門店の強みの一つが人の魅力だ。新型コロナの終息が見えずに厳しい環境が続くなかでも、「この人から買いたい」「違った自分を見せてくれる」など、客と向き合いながら信頼関係を築き、売り上げもしっかり作っている。頼れる人材は客や店にとって大きな力となっている。
【関連記事】【専門店】《コロナ下の新店開業》なぜ今、実店舗を? 目指す店舗像は?
笑い交えてスタイリング提案
レディスセレクト「ミルラ」甲斐田麗さん
ビーザ・ワン(鹿児島市)は鹿児島と福岡県にセレクトショップ6店を運営する。レディスセレクトショップ「ミルラ」はモードをベースに、フェミニンやカジュアル、トラッドテイスト、オケージョンを揃えた多様なスタイリング提案が強みだ。ミルラゆめタウン久留米店(福岡県久留米市)の甲斐田麗さんは実績が評価され、3月から副店長に就任、エリアマネジャーをサポートしながら店舗運営と接客に力を発揮している。
甲斐田さんは香蘭ファッションデザイン専門学校ファッションビジネス科卒で、人と話すことや販売が好きな入社4年目。小学6年生の時、少しふっくらとした体形にコンプレックスがあり、「可愛い服が着たい。諦めない」との思いがファッションに興味を抱いた原点。自分の体験も踏まえ、ファッションは自由に自分が表現でき、楽しいなどを客に伝えている。
客とのコミュニケーションで大事にしているのが笑い。例えばストレッチパンツで「ソーラン節を踊っても楽ですよ」など、特徴を伝えながら笑いも入れる。「服のプッシュばかりでは早く出ていきたい」となる場合もあり、スタイリング提案の間に笑いや客の趣味などの話を挟み、会話を弾ませている。
客の趣味などは様々で、野球ファンにはプロ野球ニュースなどを見て、試合結果や好きな選手の話で盛り上がる。ドラマやスイーツ好きな客の場合、休日に録画したドラマを見たりスイーツ店回りなどを行い、実際に体験しながら共通点を増やして距離を縮めている。
中心顧客は30、40代と大人の女性が多く、「単に似合います」ではなく、学生時代に学んだ骨格やカラー診断などの知識を駆使し、説得力のある提案もしている。
また、多様なテイストが揃うショップの強みを生かし、カジュアルのボトムにきれいめトップやフェミニンとトラッドの組み合わせなど、「お客様にとって、新しいオシャレや違った自分に会える」ような提案を常に心掛けている。
入社から毎年個人予算をクリアしてきたが、年々予算も高くなるなどキャリアとともに求められるものが違ってくる。「うまくいかないこともあり、常に満足はしていない」と、さらに勉強の日々を送っている。
「お客を笑顔に」が原動力
高感度セレクト「アイン」高木めぐみさん
アユラ(大阪市)の「アイン」本店は、大阪・難波周辺にある路面の高感度セレクトショップ。「ヴェットモン」「オフホワイト」「バレンシアガ」など約50ブランドを扱い、個性的なセレクトが強みだ。品揃えとともに、店で輝くのが高木めぐみディレクターの存在感。「常にお客様を笑顔にすることを強く意識している」という接客力で、月商の半分以上を売ることもある。
高木さんは学生のころからセレクトショップでアルバイトをして経験を積んだ後、兄の高木一也さん(現アユラ代表)が手掛ける服屋の手伝いへ。06年にアインがオープンしてからは、同店で接客や仕入れなどを担っている。ヴェットモンなど国内屈指の品揃えを自負するメンズ主力の店で、平均客単価は春夏が10万~12万円、秋冬は14万~16万円。顧客比率が高く、コロナ下の20年も健闘した。「最後にお客様に笑顔で帰ってもらうことが大切。接客はお客様が忘れられないようなパフォーマンスを意識している」。「もともと話すことは大好き。お客様にパワーを与えるようなイメージで接している」と振り返るように、お客から「どうしてそんなに元気なんですか?」と驚かれることもある。新規客に対しても、「共通の話題を見つけて距離を縮め、まずリラックスしてもらう」など、頼もしさを見せる。
提案で重視するのは、「新しいチャレンジを勧めること」。「日本人は特に周りにどう見られるかを気にする。同じブランドやスタイルをずっと続けないように、変化を取り入れることを提案している」。「お客様が今一番好きなブランドを着こなしている時こそが最大のチャンス」とし、新しい着こなしを促す。
VIPをはじめとした100人近い顧客の提案・購入履歴、タンス在庫などを忘れないようにし、SNSを通じて情報収集も欠かさない。客からの信頼は厚く、アポイントをとって来店したり、SNSでコーディネート相談もしてくる。顧客の口コミでやって来る新規客も少なくない。高木さんが毎月売り上げる実績は高く、そのため予算も高いのだが、「いい意味でのプレッシャーとなって、アドレナリンが出てくる」と笑顔を見せる。「様々な人と知り合い、その人の仕事などいろいろなことを知り、疑似体験ができることも接客の大きな魅力」と言う。
安心できるたまり場に
メンズ「Pt・アルフレッド」本江浩二さん
東京・恵比寿のメンズセレクトショップ「Pt・アルフレッド」は開業から27年目。運営するジャックロビーの本江浩二代表は、独立前のアパレルメーカー勤務も含めて40年以上ファッション業界に従事する。コロナ下でリアルなコミュニケーションが不足している今だからこそ、「おじさんが安心して集えるたまり場を作りたい」と強調する。
同店はオリジナル開発したチノパンをベースにオーセンティックなカジュアルウェア、シューズ、バッグなどを揃える。中心客層は40~70代の大人の男性(おじさん)。都内で自分のスタイルにこだわりがある大人の男性が服を買える場所は意外と少ない。コロナ下で来店は減少しているが、細かいメールのやり取りで「応援消費」的に購入してくれる常連客も増えているという。
本江代表の接客の原点は地元富山県の服屋での学生時代の体験がある。一見怖そうな兄貴的スタッフが〝学校では教えてくれない〟音楽や映画、背伸びした大人の遊びなどを教えてくれた。通い続けて仲良くなると、横の人脈もつながり広がっていった。今はインターネットで何でも調べられるが、実感が伴わないことも多い。
例えば、アウトドアブームで専門用語を使いスペックの高さをアピールする商品情報があふれているが、店頭ではリアルな日常生活に落とし込み、客の実情を理解して分かりやすく説明する。パンツのサイズも聞く前に客の体形を見て合うものを持って来られるのがプロの接客。その上で着用シーンや好みを聞いたり、どのウエストの位置ではくかでサイズも変わるとか、後ろ姿を意識した方がいいとかアドバイスする。最近では「リモートでの商談会でどんな格好をすればよいか」という相談も目立つ。こうした悩みに長年積み上げてきた経験を生かし、「知恵と工夫のひと手間を惜しまず客と向き合う」ことが信頼関係につながる。
遅ればせながら活用を始めたデジタルツールでは、作り手(工場)と使い手(消費者)を売り手(個店)が媒介となり、つなげるコミュニティーも構想している。
(繊研新聞本紙21年7月1日付)