名古屋の老舗百貨店、丸栄 30日に閉店

2018/06/29 06:25 更新


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 名古屋の老舗百貨店、丸栄が30日で営業を終了し閉店する。親会社の興和は建物を取り壊し、周辺のビルも含めた跡地の一体的な開発を構想している。

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 同社は1615年創業の十一屋を母体とし、戦時中に三星百貨店と合併し、誕生した。08年に医薬・繊維商社の興和と資本・業務提携を結び、10年には興和の子会社となっている。百貨店業態では業績の回復が見込めない上、建物の老朽化などから百貨店事業の継続を断念していた。

 バブル経済崩壊以降の百貨店への逆風は、当時4M(松坂屋、名古屋三越、名鉄百貨店、丸栄)といわれた名古屋都心の百貨店の中で売り上げ最下位の丸栄にもっとも厳しく、92年2月期には800億円を超えていた売り上げは00年2月期には550億円に落ち込み、2期連続で営業赤字を計上した。

 また、長年、無風だった名古屋の百貨店市場にJR名古屋高島屋が00年に新規参入する。百貨店業態の長引く低迷と、名古屋市場で予想される激震に危機感を募らせ、同社が打った手がギャル系ブランドの誘致だった。99年に実施したリニューアルで本館1、2階に当時全盛だったマルキュー系を導入。ミセス、シニアに強いとされていた同店に新しい客層を呼び込んだ。

 しかしヤング市場は変化のサイクルが速く、ギャル路線で上向いたものの次の手が打てず、その後の賃貸テナントの導入など興和主導による再建策でも低迷から抜け出せないまま17年2月期まで減収は25期も続いた(上場廃止のため18年2月期は非開示)。

 現在、全館でさよならセールが行われており、7階では丸栄の歩みのパネル展とともに、「丸栄との思い出メッセージボード」に、顧客から寄せられた手書きのメッセージがはられ、丸栄の閉店を惜しむ声や、様々な思い出のエピソードが寄せられている。

30日に閉店する丸栄

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