スマホに奪われた小さなドラマ(阿賀岡恵)

2017/01/27 15:01 更新


昔、新卒で就職活動をしている時、履歴書の特技欄に『方向感覚が良い、地図は初見で全体の位置関係が把握でき、道に迷う事はほぼ無い』と本気で書いて、面接官から失笑を買ったことがある。

模範解答で無いことは分かっていたが、自慢の特技をあえて個性として紹介差し上げたのにそれをバカにされたようで腹が立った。手前味噌だが私のこの特技は本物で、初めて訪れた場所でも自分に内蔵されているGPSが正確に作動する。道に迷う事もあまり無い。

それは赤の他人にも伝わるようで世界中どこにいても必ずと言っていいほど道を尋ねられる。そして答えられる。あれから20年、中々チャーミングな特技を書いたもんだと思うし、今でも特技を聞かれたらそう答える。

 方向音痴の人は何かにつけて手がかかる。電話ごしに場所を口頭で伝えても一回で理解しないし、地図を描いてやっても解読できずに結局電話がかかってきて迎えに行くはめになる。自覚症状がある人なんかは最初から解読しようとも思っておらず、迎えに来てもらおうと思っているふしがある。

自己主張が強いタイプになると一緒に歩いている時には堂々と間違ったナビゲーションを示してくる。そして大体の場合、私の正しいナビを一旦無視する。仕事の場合もわずかだが支障がある。方向音痴に案内を任せて初めての商談に行った場合、いつもギリギリの時間で到着する。もしくは到着しそうもない時はタクシーを使うので、余計なコストになる。

私の親愛なる友人達は何故か皆そろって方向音痴で、彼らと行動を共にするとこんなことは日常茶飯事だ。

 スマホとGoogleマップが殆どの人に標準装備になり、目的地までの所要時間すらも教示してくれる今、こういう面倒なことは減ったのだが、その実、少し寂しい気もしている。なぜかと言うと上述のようなパプニングは、1億円が動く商談に遅れそうな場合を除いて、なかなかどうして楽しいときが多い。

彼らの方向音痴っぷりは、超高性能コンパスを内蔵している私にとってはデタラメ過ぎて理解に苦しみ、それが爆笑を誘う。それに彼らは私の特技を必要としてくれる。頼ったり頼られたりは、両者にある種の安心感と充足感をあたえる。迷ったり解決したりは、互いの協働に達成感を生み、そんなことが日常の他愛もない冒険譚になったりもする。

 スマホは本当に便利だけど、私は自分の特技の必要性が下がった。今はもう履歴書に書けない。と同時に彼らの方向音痴という愛らしいチャームポイントも薄まり、日常のちょっとした彩りがひとつ消えた。


 

 左:スーパー方向音痴のアヤメ営業部長 in NYC。人のナビには聞く耳持たずにズンズン行っちゃう。右:Googleマップは海外出張の時ホントに便利


気鋭の靴下ブランドAyame’の活動記録。現在年2回、東京、パリ、ニューヨーク、ロンドンにてコレクションを発表、Made in Japanの靴下を世界に発信中 あがおか・あや/Ayame’socksデザイナー/桑沢デザイン研究所卒/2007年Ayame’設立



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