「問題のあるピカソ」展(杉本佳子)

2023/06/06 06:00 更新


 ブルックリン美術館で「It’s Pablo-matic: Picasso According to Hannah Gadsby」展が始まった。ピカソの作品を現代のフェミニストのレンズを通して検証すると共に、20世紀及び21世紀の女性アーティストの作品を紹介する展覧会だ。そう言うと、「自分はフェミニストじゃないから見なくていい」と思う人がいるだろう。でもこれは、大方の人々が今まで素晴らしいとあがめてきたピカソの芸術性を認めつつ、異なる角度から鑑賞し、ピカソについて改めて考え直す非常に面白い展覧会だ。フェミニストの視点に同調することがなくても、そういう見方もあったかと考えさせられる、非常にいい機会になるだろう。ピカソ没後50年たった今年、こういうコンセプトの展覧会がメジャーな美術館で開催されることに時代の変化を感じる。

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 「プロブレマティック(問題のある)」という言葉とピカソのファーストネーム「パブロ」をもじってつけた「パブロマティック」というタイトルも、実にウイットがきいていてセンスがいい。ハンナ・ギャズビーは、1978年生まれのオーストラリアのコメディアンだ。2018年にネットフリックスで放映されたコメディ番組「ハンナ・ギャズビーのナネット」でピカソを風刺したことから、この展覧会のキュレーターの1人に起用された。


 ピカソの女性たちに対する破天荒なふるまいは、芸術家だから、天才だからと今まで看過されてきたといえるだろう。この展覧会では改めて、ピカソが女性たちに対していかに性欲をむき出しにし、支配できる受け身の女性像ばかりを要求し、女性の内面や尊厳を軽んじてきたか、ということに目を向けるようにしている。

 例えば、ピカソのこの絵。今までは、ピカソらしいキュービズムの絵の1つとして見て通り過ぎてきた。でも解説を読んで、左側の女性の胸から顔にかけて男性性器が投影されていることに気づかされた(以前から気づいてきた人たちもきっと少なからずいるのだろう)。そのことをどう受け止めるかは個人個人によって異なるだろうが、私は女性としてやはり不愉快な気持ちになった。ハンナ・ギャズビーは、「ピカソのような人が近くにいることに気づかない女性でいることは、なんて危険なことかと考えると恐ろしくなる」とコメントしているが、確かにそうだ。自分の娘がこういう妄想を描く男のそばにいたらと想像してみたら、同意する人は多いのではないだろうか。

 女性アーティストによる作品の中で、私が一番共感したのは、フランス系アメリカ人、ルイーズ・ブルジョワが自画像として描いた2つのエッチングだ。からだのあちこちに矢が刺さっているのだが、矢はからだの中までは浸透していない。男性優位の社会の中で攻撃されていることを自覚しつつ、中に浸透させないだけの強さがあることを示している。

 この展覧会では、ピカソの生前の発言もいくつか紹介されていて、その中には、「他の芸術家同様、私は主に女性を描く画家で、私にとって、女性は本質的に苦悩し受難する機械だ」などというひどい発言もある。

 ピカソが女性にしてきたことを理由にピカソをもう観ない、買わない、扱わないという「キャンセルカルチャー」の選択肢もあるだろう。しかし、ピカソの芸術がこれからも多大な影響を与え続けることは間違いない。美大生がピカソを無視していけるわけがない。だから、「キャンセル」するのではなく、考えディスカッションする機会をもってもらおう、というのがこの展覧会の狙いだ。

 ギャズビーは言う。「私は自分の話を聴いてもらいたい。なぜなら皮肉にも、私はピカソは正しかったと信じている。私は、できる限りのすべての異なる視点から世界を見て学ぶことができたら、よりよい世界をつくることができると信じている。なぜならダイバーシティーは強みになるから。異なることは先生となる。違いを恐れていたら、あなたは何も学ばない」。

 展示作品数は100点以上。会期は9月24日まで。

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89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ



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