【記者の目】個店が成功する経営視点 五感刺激し街への貢献へ
4月から連載「新・名店100選」をスタートし、既に25店を紹介してきた。記者目線による「目利き・提案・接客・空間・発信・コミュニティー」などの店舗力を採点するチャートグラフも初めて行っている。ECやテクノロジーが発展する今、「実店舗経営で成功する視点は何か」をかぎ取りたいという思いで挑んでいる。
ここまでの各店チャートを見る限りでは、従来通りの「目利き」「提案」に力点が置かれている店が多いなかで、経営目線として「街への貢献」を重視するオーナーが多いことに注目したい。実店舗で情緒や好奇心を含めた五感を刺激することが、生活感度の高い住民と街を醸成させ、高い売り上げにもつながる。そういった店舗作り、街貢献イベントを実施する未来創造への投資と財務バランスが、企業資質として求められてきている。
(疋田優=東京編集部専門店・EC担当)
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客の心くすぐる価値
東日本大震災2年後の13年に「名店100選」連載を行った際、取材したある店オーナーは「今は商品や立地より、コミュニケーションが店に一番大事」と語ったことを鮮明に覚えている。多くの人が自然災害に気がめいっていた混乱の社会を反映し、「誰かと会って話をしたい」客の気持ちを、店がくみ取っていた。
「商品よりコミュニケーション」には、6年経った今も強く同感する。コミュニティー形成に発展している店舗の成功例も多数現れている。ただ「立地」は当時から変化したと感じる。住宅街にぽつりと店を構えたり、車でないと行けない郊外をわざわざ選ぶ事例も増え、コンセプトへの共感に存在価値を見いだしている。
登場したある店のオーナーは「わざわざの場所は、他店を気にすることなく、変な情報に惑わされず、無心で顧客を見ていける」という。来店する顧客も、目線を合わせて要望を聞き出してくれる接客に強い信頼を寄せる。
アマゾンが店出す意味
ネットが発達したため、情報を調べてわざわざ立地店に客が足を運ぶことも多くなったが、むしろ利便性とは一線を引き、できるサービス範囲に集中し、「服を実際に手に取れ、試着できる場」、加えて「買いたい気分をくすぐる場」にかじを切った店が、高く売り上げている。
ここまで実店舗はEC発達に大きな影響を受けていたが、ECに対して「試着ができない」「届いた商品がイメージと異なる」という不満が目立ってきているのも事実。今後もネットで商品を調べてECで買う傾向は強まり、単純に良い商品を店に置いて売るだけの店は淘汰(とうた)されるだろう。その一方で、「試着したくなる」環境を整えた店がより支持されていくだろう。
ECで商品が購買されるには、実店舗での商品体験が一定欠かせないことも分かってきた。
米アマゾンが本のリアル店舗展開に乗り出したのは、本屋がなくなったエリアでECでの本購買が落ち込んだためと言われている。「装いという文化の継承と発展」が服購買を維持し高めることは、新名店連載から読み取れる。
感度の高い生活を求める層は、日常生活がより深くなる物事や、ゆとりも求めている。店舗への投資は、「顧客やスタッフに見せる未来」(パークス)、さらに「若いスタッフの感性を育てること、それが地方の個店の未来」(ラージラブタウン)と、未来につながる大切な社会貢献活動になった。
投資思考を持って
個店経営は今後、「共感する人とのコミュニケーション」「物心両面で幸せになる生活様式の探究」「街周辺の感度と価値を高める発信の役割」が重要な勝ち残りポイントになっていくだろう。ただ、その実現に向け、オーナーには「投資と財務」数字にもたけることが重要になった。
今後、商品を買う場は「超便利」と「心の満足、高揚感や情緒が味わえる」に2極化する可能性が高くなってきた。こうなると、商品の目利きだけに多くの時間と労力を割いている店でなく、多彩な商品ジャンルや知識を俯瞰(ふかん)でき、共感できる仲間が集まる店が選ばれていく。つまり、客の生活理想形を描くこと、未来を先取りする生活・建築・造形、その志向に共鳴するブランド・メーカー、異業種の誘致などになり、その実現には人材や異業種巻き込みなどが求められる。
何が正解かが分からない時代には、熟考より即断も求められる。銀行から融資を獲得するプレゼンテーション能力を身に着け、新店開設、新業態のアイデア実現、または商品在庫増に投資することを積極化していく必要もある。収益性を高め、持続的な成長へ財務面の知識と勘所の習得が、個店オーナーに大いに必要な心構えになっていくだろう。ファッション産業を下支えする挑戦をこれからも注視していきたい。
(繊研新聞本紙19年7月22日付)