”お金儲けは大事。でも、楽しさがないとね"

2015/03/18 02:32 更新


「ナイキ」や「ニューバランス」などの人気商品を揃えたスニーカーセレクトショップ「アトモス」。スニーカーブームの先駆けともなった同ショップを立ち上げたのが、本明(ほんみょう)秀文社長率いるテクストトレーディングカンパニーだ。壁一面にスニーカーをずらりと並べた独特の演出手法や、名だたるブランドとのコラボレーションなど、そのユニークな仕掛けが目立つが、本明社長自身もかなり個性的な人物だ。

 ”商売は簡単だと思った。調子に乗ってたら罰が当たった”

――会社の成り立ちは。

テクストトレーディングの設立は97年です。繊維商社のカキウチで2年半、貿易業務を経験した後、立ち上げました。会社といっても家内制工業のようなもの。元手の300万円のうち半分は母、残りを僕と妻が出し、妹を加えた4人で始めました。就職前は米フィラデルフィアの大学に通っていたのですが、その頃にフィラデルフィアとニュージャージーは靴と洋服に消費税がかからないことを知ります。そこでナイキなどの靴やウエアを安く買い付け、日本で売ろうと思いつきました。当時は「エアフォースワン」という靴が黒人に広まっていたころ。在学中に知り合った友人宅に泊めてもらいながら、レンタカーで買い付けに回りました。

そして、原宿に2.5坪(約8.5平方メートル)の「チャプター」というお店を開業。初年度から7億円を売り上げました。次々と店舗を増やしていき、2年目に14億円、3年目には20億円くらいの規模に。「ああ、商売というのは、こんな簡単なものなんだなあ」と思うようになりました。

ところが、罰が当たります。ジャンクフードばかり食べていたので、体の具合が悪くなってしまいました。90キロほどあった体重は47キロに激減。また不動産事業も手掛けていたのですが、それで4億円ほど損を出してしまいます。そんなとき母から「あなたは自分の才能を殺している。もう少しちゃんとやらなければいけない」と諭されました。調子に乗っていたことを反省し、まじめにやろうと心を入れ替えるようになります。

その後、23億、29億、37億円…と順調に販売を伸ばし、14年8月期の売上高は、前期比35%増の50億8000万円。今期は60億円以上になる見込みです。

”僕は短気。でも真反対の人が居るからバランスが取れる”

――スニーカーだけの店はこれまで無かった。なぜそれができたのか。

たまたまです(笑い)。ウチの会社にはスニーカー好きしか残っていません。別の言い方で言えば、「スニーカーフェチ」の人間ばかり。当社で働いて10年以上のキャリアを持ち、会社のコアになっている者が6、7人いるのですが、皆、家に300~400足ほど持っています。得たお金をスニーカーでしか残していないんです。僕なんかより、全然スニーカーが好き。

例えば「ナイキ」の別注をしている「スポーツ・ラボ・バイ・アトモス」という業態を担当している者は、靴が好きで好きでたまらないのです。そこに人生のピークがあって、エクスタシーを感じている。ところがそういう人間だけ集まっているとダメ。お金ばかりのことを考えている僕のような存在がいて、バランスが取れていると思います。だから自分がやらなければいけないのは、マネジメント。事業が面白いかどうか、出店するかどうか、資金繰りをどうするか、などのジャッジをすることが役目です。

僕は短気で、朝令暮改もしょっちゅう。一方で、社内で真反対を行く人がいて、バランスをうまくとっています。組織なのでバランスが取れてないとうまくいかないと思っています。

――個性的な店ばかり。どうしてここまで際立たせることができるのか。

靴を扱う小売店は他にもたくさんありますが、それをまねしては面白くない。人がやっていないことをやるのが、自分たちの存在意義だと思っています。実は僕、政治哲学をずっと勉強してきました。特に好きなのはハイデガーで、「存在とは何か」といったことをよく考えるのです。例えば、デカルトは「我思う、故に我あり」と言いましたが、ハイデガーによれば、「我の存在を問う以前に、既に我の存在を認めている」となります。そして彼は人の〝死〟についても言及し、誰もが死に至るという、その開示性を明らかにします。

そこで、僕は自分の存在を突き詰めて考えていき、こう思うようになりました。「死に至るまで僕の存在は否定できない。だから、(生きているうちに)楽しいことをしないと面白くない」と。僕はあまり頭が良くないですし、ファッションもそこまで興味がありません。ただ一つ言えるのは、お金に対して貪欲(どんよく)であること。ここはぶれていません。でも、お金もうけの中に楽しさがないと、自分の存在意義というものがありません。

面白いと感じるのは、「靴を中心とした人との関わり」です。例えば、靴を通して人と会える・人から教えてもらえるといったところに、個人としてのプライオリティーを感じています。なぜなら人が好きだから。こんな考えなので、お店も会社も独特の雰囲気を醸し出しているのでしょう。

"冬眠の仕方をうまくやれば、そんなに困ることはない"

――とはいえ、他と違うものをやろうとすればリスクはある。事業がうまくいかないときは。

苦しいときは苦しいときで、助けてくれる人はいるものです。例えば、私たちがお店で販売する商品は、ほぼ100%メーカーさんから仕入れています。つまり、仕入れ先と我々は持ちつ持たれつの関係で、うちが厳しいときはメーカーさんも厳しい。だから、悪いときはみんなで助け合うんです。景気は波ですから、いいときもあれば、悪いときもある。〝冬眠〟の仕方をうまくやれば、そんなに食べていくのに困ることはありません。また、メーカーさんに、「ひいきにしてください」とよく言っています。「お世話になります」の代わりに言うぐらい。当店にはマーケットに品薄なものも揃えていますが、これは皆さんからごひいきにしてもらっているからなのです。

――「アトモス」を立ち上げた15年前。今のようなスニーカーブームの到来を予期していたか。

正直ここまでになるとは予想していませんでした。しかし、社会全体が豊かになれば、肉食中心の食生活が広まりますから、世界的に「健康」がいずれ生活上のキーワードになるとは思っていました。つまり、健康を維持する・健康になるため、「体を動かすこと」に人々の関心が集まる、と。以前もスニーカーブームはありましたが、今回と決定的に違うのは、実際にその靴を履いてスポーツをされる方が大変多いことです。昔はファッションの1アイテムに過ぎず、流行が過ぎ去ると同時に廃れていきましたが、今回は「ドゥー・スポーツ」に不可欠のアイテムになっています。つまり、かつては「この(はやりの)靴を履いている私がカワイイ」という理由で買われていた女性が、今は「ドゥーする私がカワイイ」というマインドに変わったのです。

もう一つ追い風を感じるのは、日本だけでなく世界的にこうした傾向(健康志向)になっていること。アトモス事業の20~25%は、外国人客による売り上げです。彼らは観光で来日しているので、たとえ雨が降っていても、欲しければ店へ訪れて、必ず購入されていきます。ヒット率(入店に対する購買の確率)も高いため、店頭では「外国人客が多いなあ」と余計に感じるところもありますが。そんなお客に対応するために、外国人販売員も多く雇っています。中国人だけでなく、フィリピン人や韓国人、日本人でも英語の話せるスタッフも居ます。彼らの多くはこのビジネスモデルを自国に持って帰りたいと思っているみたいです。新宿店ではピーク時は売り上げの3割が外国人なので、特に多くの外国人販売員が居ます。

――大変な読書家。本を読む魅力は。

書かれた時代の価値観を学べることです。例えば、万葉集に「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき」という歌があります。雌鹿を恋しく呼ぶ雄鹿の鳴き声から、遠く離れた妻を思い出し、寂しくなっている男性の気持ちを表現したものです。当時(7~8世紀)の男性がこのような心情を持っていたことが、興味深いですよね。ハイデガーが『存在と時間』という本を著したのは1927年です。書かれた当時は暗い時代で、内容も決して明るくはありません。しかし、考え方は今にも通じますし、物事を考えるようにもなります。このように著者が何を考え、どんな価値観の下で生きたかを知るのはとても有意義で、実は商売にもつながると思っています。言ってしまえば、「時代の雰囲気」を読めない人には、お金がたまらないですよね。本を読むのは、時代の空気をつかめるようにするためだといえます。

――では今の時代は。

知的社会ですね。靴屋とはいえ、靴の知識だけあっても、もうかりません。多くの知識を持っていないと、世の中に負けてしまいます。なぜなら、(グローバル化で)世界が小さくなり、インターネット上には無料でいくらでも〝教科書〟が落ちていて、携帯電話一つあれば、どんな情報でも入ってくるのですから。そうなると、これまで競争に入ってこられなかった人たちがどんどん参入してきます。まさに大競争時代。当事者からすると、まるでいす取りゲームの「フルーツバスケット」をずっとしているような感覚です。勉強しない人は食べていけなくなります。少しでも休んだら、あとから来た人に抜かれてしまいますので。実際、お金持ちほど切羽詰まっている人が多いと思います。

"まだまだ成長できる。銀座と横浜には必ず出店したい"

――出店にも積極的。昨年12月には渋谷・宇田川町にランドマークとなる路面店を開設した。

渋谷の路面店

土地から取得し、4階建ての自社ビル(売り場は1階と2階部分)を建設しました。オープン初日は雨でしたが、開店前に行列ができました。小さな店(売り場面積約120平方メートル)の割には売れそうだな、というのが印象でしたが、実際に売れています。日販が100万円ほどですから、年間3億6000万円ほど見込めそうですね。

――まだ成長余地はあるか。

当社の強みは効率の高さ。現在16店で約60億円を売り上げています。しかも各店の面積は大手の靴チェーン店のように大きくありません。ですから、まだショップは増やせると見ています。今年はテナント形式含め5店ほど出す計画です。2月27日には札幌ステラプレイスに「スポーツ・ラボ・バイ・アトモス」の5店目を出しました。ここも日販が50万円ほどですからまずまずですね。また、マーケットとして魅力の高い、銀座と横浜には、いずれ必ず出店しようと思っています。そして、会社全体では早期に売上高で1本(100億円)を狙えるようになりたいですね。未来への投資という観点で、将来の消費者を育成・啓蒙するような取り組みも始めます。一つは子供向けの新業態で、4月2日に大阪・梅田のルクアイーレ地下1階に、品揃えの半分程度を子供靴とした「アトモス」ショップをオープンします。「ナイキ」「アディダス」「プーマ」「コンバース」といったNBを充実し、大人とお揃いのデザインを楽しめるようにしたいですね。

現状、子供靴に特化した専門店は少なく、あっても扱い品が小売りやメーカーのPBが中心のものばかり。市場で支持されているブランドを揃えた店舗は限られていて、競争相手が少ないと思っています。履き心地の良い靴を小さいころから履いてもらって、「良い靴とは何か」を知ってもらう意味でも重要な仕掛けだと思っています。もう一つは、4月をメドにアトモス原宿店で始めるカフェ事業。「ストリーマーコーヒーカンパニー」のオーナーで、世界一のバリスタとして有名な澤田洋史氏と契約し、同カフェを原宿店の地下に導入します。店舗壁面にはアトモスがこれまで手掛けた別注品や靴の歴史を紹介するビジュアルも設けようと思っています。狙いは、既存のお客様より若い20~30代の女性にスニーカーに親しんでもらうこと。彼女たちの中には量販店が扱う安価なゴム靴を履いている方も多く、ぜひスポーツメーカーが手掛ける本格的なシューズを使ってもらいたいと思っています。女の子が好きなラテアートを楽しんでもらいながら、ミュージアムのような空間で靴を見てもらう。そんな仕掛けを考えています。

"全てが成功しているわけではない。負けも引き分けもある"

――百貨店やセレクトショップもスニーカー業態の開発に乗り出している。

ほんみょう・ひでふみ 1969年生まれ。繊維商社のカキウチを経て、97年にテクストトレーディングカンパニーを設立。酒を飲まず、高級車などのぜいたく品も買い集めない。趣味は読書と寺巡り。特に読書は月に8~10冊ペースで読む。午前3時半に起き、ウオーキングの後、日刊紙5紙などに目を通すのが日課

靴のビジネスは簡単ではありません。単店レベルで始めても、期初こそ売り場はきれいですが、売れないと新しい商品を並べられなくなり、新鮮さが感じられなくなる。靴を売るには十分な知識が必要ですが、大手が専門的な知識を持った販売員を養成する余裕はないでしょう。我々の場合は、知識豊富な販売員ばかりですから商品もさばけるし、そこで売れなくても、スポーツ・ラボ・バイ・アトモスにアトモス、チャプター、キネティクス、チャムチャムと店舗がたくさんあるからどこかで売る事ができる。当社には、言わば、靴を売るための“生態系”ができあがっていて、その水槽は小さくありません。もちろん、我々の店がすべて成功しているわけではありません。名古屋パルコは悪くはないですが、自分たちの評価では引き分け。池袋のワッカ店に関しては一敗です。理由は分かっているのですが、負けは負けです。経験上、商売では全てを手に入れようと思うのは間違いです。円高になって外国人が来なくなったら仕方ないじゃないですか。外的要因には逆らえない。リスク管理はしますが、それはそれでまた考えればいいというスタンスです。失敗すれば、学習できて、その経験が活かせる時がきます。人間の凄いところは、忘れられることです。同じ生き物でも動物は忘れることはできない。虐められた犬はずっと覚えてて、いつか向かってきますが、人間はいつか忘れることができますからね。

■テクストトレーディングカンパニー

1997年に設立。現在、スニーカーセレクトショップの「アトモス」(8店)と、ナイキを主体に都会的なスポーツカジュアルを提案する「スポーツ・ラボ・バイ・アトモス」(4店)、スニーカーショップの「チャプター」(2店)、ハイストリート、カジュアルウエアを軸としたライフスタイル提案型ショップ「キネティクス」(1店)、パンプスとスニーカーを扱うシューズショップの「チャムチャム」(1店)の5業態・16店を展開している。主力業態のアトモスは今年でショップ開設15周年を迎える。今期(15年8月期)の全社売上高は60億円以上を見込む。

《記者メモ》

フッサールの現象学から、グレアムの『証券分析』、シーゲルの『株式投資』、ナッシュのゲーム理論、果てはピケティの『21世紀の資本』まで、取材中はこれらの話題がポンポン出てきた。その博識ぶりに舌を巻いたが、多くの書物から学びとったことを自身や会社の運営に生かしていることにはもっと驚いた。日々経営課題に追われる経営者にとって、こうした学問、特に哲学は現実社会との結びつきを見いだしづらく、実業には役立たない、との先入観が記者にはあったからだ。同社のビジネスモデルはスニーカーの販売に絞り込んだ、いわば一点特化型。10年以上のキャリアを持つ優れた「靴フェチ」(本明社長)集団が会社のコアとなり、先鋭的な事業展開を構想・具現化していく。本明社長は、個々の案件をジャッジしたり、全体の方向性を示すマネジメントの役割に徹している。その際、これまで培ってきた知見や時代の空気を読み取る力が生かされているのは言うまでもない。(杉江潤平)

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