《名店オーナーが見据えるコロナvsファッション消費》デスぺラード 泉英一取締役クリエイティブディレクター

2020/06/14 06:29 更新


 「店が開いてなくても、今だから顧客との関係性を固持したい」と、渋谷のセレクトショップ「デスぺラード」のオーナー、泉英一さんは言う。都心の路面店として00年に開業し、目利きを生かして、才能ある若手のデザイナーやアーティストを見つけ出して育てることに情熱を注いできた。その姿勢を共有してきた顧客にとって、デスぺラードで洋服を購入することには、掛け替えのない充実感がある。この苦境を「耐えながらも、うちは生き残れる」と言い切る。

(須田渉美)

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 4月7日の緊急事態宣言の発令にともない、13日から店をクローズしました。その前から、急きょ、手つかずだったECに商品を上げる作業に力を入れ、やれることはやりました。もともと顧客向けの商売の比重が高い店ですし、ECに手間をかけることに必要性を感じていませんでしたが、今はコミュニケーションを取る一つの手段と考えています。店を閉めたままでは、交流がなくなってしまう。顧客に関しては、アポイント制で前日までに連絡をいただければ、お店での対応も受けています。

 外出を控えなければならない中で、多くの消費者にとって洋服やファッションの優先順位は低いでしょう。一方、ECを稼働し始めたら、当初の想定以上に物が動いています。実店舗の売り上げには程遠いですが、顧客だけでなく、地方在住の方からの購入も多々あります。店で扱う商品の75%はインポート製品で、うちでしか扱っていない、名も無きデザイナーブランドが多いことを考えると、不思議な気持ちです。Tシャツ1枚にしても、気軽に購入できる価格ではありませんし。何でブランドを知ったのか、検索して購入しているのか、気になります。

内装や外の装飾は、出来る限り、自社で作っている店内

20年来の姿勢貫く

 私自身は、自分の店に関してインバウンド(訪日外国人)需要を意識したことがありませんでした。それが昨年後半から、韓国からの来店が減って、困ったなと感じていたところ、今年2月、春節を迎えた中国からの観光客が日本に来なくなって、前年の30%近く売り上げを落としました。全て後付けで判明したことですが、台湾、香港などアジア在住者の購入と捉えていたメインは中国の方だったんです。4月にECを始めてから、「日本に来ると必ず立ち寄って購入していた」という香港の方から、オンラインで購入したいと連絡があったので、そういった問い合わせは若干出てくるかもしれません。

 いつ店をオープンできるか分からない状況で、在庫をたくさん抱えた今、小売店として考えられることは二つしかありません。一つは早期にセールに入って在庫を出来るだけ減らすこと。大手はそうするでしょう。もう一つは、6月末からのセールを遅めにし、夏物の販売も引っ張ってやりくりして、秋冬物の入荷を10月ぐらいに延ばすこと。うちは後者を考えています。地方店なども同様に考えるのではないでしょうか。というのも、秋冬物の入荷の見通しが立っていないからです。

 2月後半から3月上旬の欧州の買い付けは、秋冬の予算枠の50%のオーダーを確定しました。例年なら海外ブランドの予算枠は75%です。パリに入った時点で新型コロナウイルスの感染が深刻化していたので、25%分は保留して。その後、日本のデザイナーブランドの展示会も回りましたが、例年の50~60%の発注で様子を見ています。ただ、海外ブランドは生産の準備に入れていないところがほとんどですし、どのぐらい入荷できるのか読めない。1件、1件、メールで問い合わせしていますが彼らも明確な答えを返せない状況です。

 入荷の見通しがつかないなら、予算枠の25%で仕入れてきた日本のブランドの取り扱いを増やす策も頭をよぎりました。しかし、これまで20年間、海外ブランドをメインに扱うことを店の特徴としてきたのですから、日本のブランドが多くなって違った印象に見えてしまったら、顧客は満足しないし、がっかりするでしょう。デスぺラードは現状で世界17カ国、100を超えるブランドを仕入れていて、若手のクリエイターブランドを大事にしている。20年間貫いてきた姿勢が変わったら、そこに愛着を感じていた人は買いに来なくなります。今年一年は我慢の時と捉えて、出来る範疇(はんちゅう)でやっていくしかありません。

今年3月のパリの展示会、デザイナーの”味”が出ている洋服を選ぶ泉さん

絆が店を支える

 しばらくは、顧客だけを見て、期待に応える努力をするべきと考えています。裏切ることなく、80%以上の満足度をキープするコアな店であり続ければ、新型コロナウイルスの感染が終息した後、次のステップにもつながります。店が変わり、気がつくと顧客も来なくなってしまっては、元も子もありません。20年間に築き上げてきた顧客は財産ですし、顧客がいる限り店をやり続けることができるんです。当初から通い続ける50代の人も、若い世代もいます。こういった状況になって、いろんな方から応援や励ましのメールをいただいています。店が開けられなくても、メール、SNS、手紙のやりとりを続けて、ハートだけはつなぎとめたい。

 携帯やタブレット端末を使って、個々の人と連絡を取っていると絆を感じます。どこで誰から買うか、私たちにとっては誰に売るのかが、消費の中で問われていると。ファッション製品は今後、自分が知っている店で買いたいと考える人が、ますます増えていくのではないでしょうか。実際、ECを見た顧客から「相談したい」趣旨のメールが多々あります。福島県在住の方など、「現状は東京まで行くことができないが、購入を検討している洋服がある。自分に似合うか、サイズは問題ないか、どう思いますか」と。また、「こういったことで自分の気持ちを伝えられるなら」と、来店のアポイントを下さる顧客もいます。購入する気持ちがあっての連絡ですし、一人のために店を開けるなら3密を避けた環境も整えられます。しばらくは新規の来店という選択肢を考えられなくても、やれることはあります。私のフィルターを通して「お似合いになりますよ」の一言を待っている顧客の依頼に丁寧に応えていくことです。

「おやじ、格好いい」

 この間、ファッションブランドの多くがサステイナブル(持続可能性)を付加価値にしたものを作っていますが、本来の意味とはずれてしまっています。消費者が自分で好きなものを見いだして、愛着を持って長く着用し続けることが、サステイナブルといえることです。高い安い、有名無名で判断するのではなく、自分の考えを大事にして判断できるかどうか。音楽業界は、消費者にその意識が広がったから変わりました。誰が作曲したのか、誰が作詞したのか、そこに価値が見いだされるようになったと感じます。かつてはファッション業界もそうだったはずです。そこに戻っていくことが消費者の意識を変える一つの答えだと思いますし、リアルの店舗は、買う価値、売る価値を見いだせるように努力していかないと。仕入れで運営するセレクトショップは、作る人、売る人、買う人のリレーションシップが存在する店しか残らないかもしれません。

 この数年、若い世代で古着を楽しむ人が増えましたが、本当は5年後10年後に古着になっていくものを自分で見つけて欲しいと考えます。自分が気に入ったものを、他人が欲しがるぐらいに育てられることが一番です。おばあちゃんやお母さんの服を、受け継いで着用できるのは、手入れして長く持たせられる洋服を買っていたからです。今の若い方にも将来、自分の子供に「おやじ、格好いい」って思われる服を持っていて欲しいです。

 ただ、日本人の大半は「古くならない」概念に偏りがあります。オーソドックス、ノーデザインは長持ちして、デザインが立っていると飽きると。それは勝手な思い込みで、いいデザインは時代を超えていけるものです。イームズなど過去の時代のデザインが残っているのは、独特の「味」が出ているからです。ミュージシャンだって、上手に歌える人はたくさんいますが、癖のある人の方が、時代を超えて支持されるでしょう? ファッションも、嗅覚や目利きを生かして、個人の生活を豊かにしていく洋服を売ることができれば、日本の人もデザインの奥深さを楽しむようになるのではないでしょうか。

店で以前作ったオリジナルのスカーフを使って、スタッフが手作りした顧客向けのマスク。取り扱いブランド名がプリントされている

(繊研新聞本紙20年5月12日付)

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