「誰やねん。最初は正直そう思った」。コロナ禍真っただ中の3年前、綿紡績が主力のシキボウに「アンリアレイジ」デザイナーの森永邦彦氏からオファーが舞い込んだ。もっとも、「アンリアレイジを知っている社員はほぼいなかったんじゃないか」。シキボウ繊維部門繊維営業部の川口雄司ユニフォーム課長代理はこう振り返る。
森永氏からのオファーは、シキボウが強みとする抗ウイルス機能加工「フルテクト」をパリ・コレクションで使いたいというもの。交わることのなかった両者がコロナ禍を機につながり、昨年10月には資本業務提携へ発展。新しいビジネスの可能性に期待を膨らませている。
紡績企業は繊維業界のなかでも歴史が古い半面、新しいことになかなか踏み出せないと自認する会社も多い。シキボウも他社との協業を積極的にやってきた企業ではない。今回もマイナー出資とはいえ、大きな決断。それでも資本参加に至った背景は、新しい事業やビジネスモデルを〝創る〟という明確な方針が掲げられたこと。その方策の一つとして色々な企業との連携を強化しようとしていたタイミングだった。
コロナ禍によるアパレル消費の減退は同社にも大きなマイナスの影響をもたらした。前中計を凍結し、緊急的に策定した2カ年の経営計画へ急きょ移行。1年目は〝止血〟的な措置が中心だったが、仕事のやり方などを「変えること」や、新しいビジネスを「創ること」も同時にテーマに掲げた。「できるかできないかわからないけど、意欲だけは持っていた」。厳しい事業環境のなかでも社内にはそんな前向きな雰囲気が漂っていた。
そこに思いもよらないアンリアレイジからのオファー。森永氏のプレゼンテーションはシキボウの出席者たちの心を大きく突き動かした。「世界で活躍するデザイナーのプレゼンを受けるなんて初めて。コンセプトから何から見るもの全てが新鮮だった」。
アンリアレイジは21年春夏コレクションから3シーズン続けてフルテクトを採用。単に素材を使うだけでなく、BtoB(企業間取引)に力を入れていきたいという森永氏。特にユニフォーム分野への関心が高い。シキボウが持つ物作りの知見とその背景、ネットワークに期待しているようだ。そこにアンリアレイジのブランド価値やクリエイション、デザインの力をかけ合わせ「今までにない価値を生み出していく」ことが業務提携の本質的な狙いだ。
約2年を通じた取り組みと対話を経て、「両社の関係性をより深め、取り組みを強力に推進していく方が高いインパクトを出せる」と確信。「経営陣もかなり前向きで、資本業務提携に向けてスムーズに話がまとまっていった」という。
今はシキボウのユニフォームの顧客にアンリアレイジを引き合わせ〝新しいユニフォーム〟作りを模索している。例えば航空会社のキャビンアテンダント、化粧品会社の販売員、ホテルなどサービス系企業の別注で商機を探る。カジュアルや寝装といった、ほかの主力分野にも広げていきたい考えだ。