ピカソと妻と愛人をめぐる小さな旅(松井孝予)

2017/06/12 06:00 更新


OLGA PICASSO
オルガ・ピカソ展

ピカソは4万5000点もの作品を残し、この世を去った。誰かが言うように、どこにでもピカソはある。どこかの美術館がピカソ展を開けば当たるというワケでもない。

昨年、某国立美術館で開催されたピカソとこの巨匠を尊敬する名だたる現代アーティストたちの企画展は前評判は高かったものの、ひどく退屈で空騒ぎに終わってしまった。

現在ピカソ美術館で開催されている「オルガ」は、この昨年の失望を感動の涙に変えてくれる。

ここではピカソの最初の妻オルガが主役だ。

Olga pensive ©RMN-Grand Palais Musee national Picasso-Paris / Mathieu Rabeau

ゴヤールのトランクからはじまるピカソの旅

ピカソ(1881ー1973)とオルガ(1891ー1955)は1917年、ローマで出会う。ロシアバレエ団のダンサーだったオルガは、「パラード」の公演のためローマに滞在。その舞台芸術を担当したのがピカソだった。

その翌年、この二人はパリで結婚する。

ピカソとオルガの孫、ベルナール・ルイズ=ピカソさんは、ピカソが1930年に購入したノルマンディー地方のボワジュルー城で祖母の遺品ゴヤールのトランクを発見。これがオルガ展のきっかけとなる。

この鞄に保存されていたピカソ家、ボワジュルーのアトリエの写真や書簡などの沢山のアーカイブ。ピカソがだんだん身近になってゆく。

故郷のロシア革命、息子の誕生、母の死、ピカソの愛人マリー=テレーズの出現。オルガ展は天才芸術家夫人のメランコリーな女の一生を通し、人間ピカソを発見しその作品を見る。

オルガが所有していたゴヤールのトランク。この中にたくさんの写真や手紙が保存されていた

美術史とか芸術論なんかどうでもいい。ピカソを腹で鑑賞する。この展覧会を見た後、「ピカソの奥さんにはなりたくない」と(女性なら)呟くことだろう。

オルガとピカソの身分証明書の受領書 1935年6月26日

オルガ・ピカソ展

パリ・ピカソ美術館

9月3日まで

ノルマンディーへ 
ボワジュルー城のピカソのアトリエ

パリから車で約1時間。仏北西部ノルマンディー地方のボワジュルー城へ。ここはピカソが彫刻の制作をはじめた歴史的なアトリエがあり、ピカソと妻と愛人の奇妙なトライアングルな関係がクローズアップされる場所。

ボワジュルー城

ピカソの愛人? 愛人はたくさんいたが、ここでの愛人はマリー=テレーズ・ウォルター。1927年1月8日、ピカソはギャラリー・ラファイエットの前で彼女と出会う。

「ブロンドのきれいで元気な、おかっぱでキリッとした横顔の17才の少女」と、当時45才の画家は記している。この出会いからすぐ、マリー=テレーズはモデル、そしてピカソの愛人となった。

ピカソはオルガのために購入したボワジュルー城の馬小屋を、高級車イスパノ・スイザのガレージと彫刻のアトリエに改造。

オルガがパリに戻ると入れ替わりに愛人マリー=テレーズが城を訪れアトリエでポーズを取った。

その胸像に愛人の証拠を残さぬよう、キリンのような首に巨大なパーツで顔が構成されている。

「60年代までこのアトリエにピカソの作品がおかれていました」と話したくれたのは、この城の現当主でピカソとオルガの孫のベルナールさん(ちなみに彼の奥さんは仏プレタブランド「ジョルジュ・レッシュ」の創業者のお嬢さんでギャラリー経営者のアルミンヌさん)。

イスパノ・スイザのガレージに立つピカソの孫ベルナールさん

現在はイスパノ・スイザのガレージ、アトリエ、広大な庭には現代彫刻のコレクションが置かれている。

唯一、鳩小屋だけにブラッサイが当時撮影したピカソのアトリエの写真が飾られ、当時の面影を感じた。

そうそう、かの高級車も城の前でピカピカに光っていた。

それにしてもここの庭は、愛人と過ごすには気持ちがよすぎるような気がした。

鳩小屋はブラッサイの写真ギャラリー
庭にはミラーのインスタレーション

(ボワジュルー城は残念ながら一般公開されていません)


ルーアンで3つのピカソ展

仏国立ルーアン美術館 / Rouen Musee des Beaux-Arts 

ボワジュルー、ピカソのノルマンディーのアトリエ

Boisgeloup, l'atelier normand de Picasso 

9月11日まで


ボワジュルー城から車で約45分。

パリから出発するなら、汽車で1時間半。

セーヌ=マリティーム県の県庁所在地ルーアンは、ジャンヌ・ダルクの処刑された場所として、また世界遺産に指定されたモネの描いた大聖堂や、『ボヴァリー夫人』の著者フルベールの生地としても知られる。

ボワジュルーのアトリエに立つピカソ。©RMN-Grand Palais Musee national Picasso-Paris / Mathieu Rabeau

仏国立ルーアン美術館は毎年夏に印象派展を開催するのがお決まりだが、今年は違う。

同館界隈の2つの国立美術館と連動し、初のピカソ展が開かれている。

「どこでもピカソだらけで何を今さらと思われるかもしれませんが、ルーアンが印象派ではなくピカソ展を開催する、それだけで事件、新鮮です」と、ルーアン美術館ディレクターのシルヴァン・アミックさんは話す。

そのお言葉以上に同館での企画展「ボワジュルー、ピカソのノルマンディーのアトリエ 」は、大変面白い。

パリ・ピカソ美術館のオルガ展をさらに愛人を交えた視点で発展させながら、ピカソが城の庭で採集した木の枝、葉、蝶など新しい素材を使った実験的な作品、ピカソの愛犬セントバーナードのボブの写真やピカソ家が映った8ミリなどの資料を代表作と共に展示することで、巨匠に親近感を抱かせる。

ボワジュルーでの制作さた作品

同館のお隣、セラミック美術館 / MUSEE DE LA CERAMIQUEでは南仏アンティーブ・ピカソ美術館所有の陶器、そして徒歩3分圏内になる教会を改装した鉄工芸博物館 / MUSEE LE SECQ DES TOURNELLES では、ピカソと共に影響を与えあった「鉄彫刻の父」と呼ばれるフリオ・ゴンザレスの、ピカソとの友情をテーマにした展覧会が開かれている。

マリー=テレーズ
お城でのオルガ

仏国立ルーアン美術館 / Rouen Musee des Beaux-Arts 

9月11日まで


マレのパリ・ピカソ美術館から、ノルマンディーへ。

ピカソという人の何か大切な落とし物でも見つけるように、天才が残した作品が秘めた物語を読むゆたかな体験。

夏休みをパリで過ごすなら、ルーアンまでの足をのばしてみるのもいい。




松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。



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