【ものづくり最前線】岡本テキスタイルのサンプル縫製工場「アンジーズ」 東京で作る、育てる、見せる 人材育て、消費者の価値観変える
岡本テキスタイル(岡山県井原市、岡本雅行代表取締役)は、デニム・ジーンズ産地の三備地区に本拠を置くテキスタイルメーカーでありながら、17年夏に東京にサンプル縫製工場「アンジーズ」を立ち上げた。
OEM(相手先ブランドによる生産)のグッド・シングス、サンプル工場のエムアンドティーと共同し、サンプル作成を出発点に、縫製の人材育成や技術継承、ひいては縫い手に光を当てる取り組みに力を注ぐ。生産地が海外に移り、見えにくくなった物作りの現場をファッションの中心地である東京で発信することで、「服に対する消費者の価値観を変えたい」(岡本社長)考えだ。
◆多彩なミシンを一堂に
東京・渋谷駅から電車で10分。世田谷区桜新町の路地裏にアンジーズはある。精肉店を改装したという建物は、色あせたテント看板やガラスの引き戸など風情ある設えを残しながら、室内を白でまとめ、明るく開放的な雰囲気がある。
ここに1本針本縫いミシン、1本針送り本縫いミシン、1本針オーバーロックミシン、2本針オーバーロックミシン、3本針巻き縫いミシン、ベルトループ2本針裏振り、裾環縫いミシン、シャツ穴用ミシン、本穴用ミシン、閂用ミシンなど約20台のミシンと裁断台、アイロン台などの関連設備を集積し、ジーンズが一から十まで縫える「都内唯一」の環境を整えた。それぞれのミシンで薄地から厚地、中わた入りまで対応できるよう機種を揃え、布帛であれば、ジーンズに限らず、フルアイテムに対応できる。
◆職人として独立へ
アンジーズを立ち上げた背景の一つに、サンプル作成を請け負う工場が減っていることがある。国産回帰の一方、国内の縫製工場は廃業が相次ぎ、残った工場は多忙を極めている。「量産で忙しいのに、どれほどの数量が決まるか分からないサンプル作成をお願いして、生産効率を落としてしまうのは心苦しい」とグッド・シングスの藤本純哉社長。頼りにしていた「サンプル縫いのスペシャリスト」も減った。アンジーズは、そういった穴を埋めるとともに、縫い手を育てるプラットフォームの役割も目指す。
パーツ縫いが主な量産工場と異なり、サンプル作成には1着の全工程を1人で縫い上げる 〝丸縫い〟ができなければならない。アンジーズでは月に一度、40年の経験と熟練の技術を持つエムアンドティーの戸田美代子代表が縫製スタッフの技術指導に入っている。現在は縫製スタッフが4人おり、うち、2人は3年後をめどに第1期生の職人として独立させる考えだ。自分のペースでフレキシブルに働けて、出産後も復帰しやすい利点からだ。
縫製工場は低賃金や就労環境を苦に20代後半で辞める人が多いが、仕事を継続し、「業界での価値を高めていってほしい」という。開業にあたっては、ウェブサイトの構築など必要なノウハウやスキルも伝授し、要望があれば営業も支援する。次々と新人を受け入れて育成し、縫製の担い手を増やしていく。
◆縫い手に光を当てる
現在はサンプル作成が主だが、いずれは、商品として消費者の手に渡る仕組みを作る考えだ。具体的な構想はこれからだが、「『この人が縫っているから素晴らしい』と思ってもらえるよう、縫っている人の顔が見えるオーダーメイドのブランド」(岡本社長)を想定する。
ファッションの世界で表に出るのはデザイナーやパタンナーで、縫い手は裏方に回ってきた。これまで光が当たらず、適正な価格決定ができなかったことが、縫製産業を衰退させた一因と見る。大量生産で物があふれる中、これからは長く愛用できることやストーリーの重みが増す。縫い手の顔と込められた技術や手間が見え、特別な物だとわかれば愛着がわき、「服に対する考え方を変えられるのでは」。岡本社長はそう話す。
「服作りが気軽に見られる場」としても、訴求を強める。今年実施したクラウドファンディングもその一環で、返礼品に職人体験などを用意したところ、予定より早く目標金額を達成。物作りへの関心が高まっていることを裏付けた。今後は世田谷ものづくり学校と取り組み、トークショーも計画しているほか、ワークショップなども積極的に開いていく考えだ。
《チェックポイント》「都内初」のデニム一貫縫製工場
ジーンズの縫製仕様は想像以上に複雑だ。生地の厚さ、シルエット、ポケット、ステッチ…とディテールに歴史が色濃く反映されて変遷し、愛好家を生んできた背景がある。こだわりの強いジーンズは、パーツによって生地の厚さが異なり、縫い糸の太さや素材、色、針の動かし方も変えなくてはならない。一般的なデニムでも、10種類を超えるミシンと設備を使い分ける。高額な特殊ミシンもあり、一部の工程は外注する企業も多く、「都内では一貫して縫製できる工場がなかった」(藤本グッド・シングス社長)という。
生産効率を最大限に上げるため、ミシンは全てJUKIの新鋭機の新品を揃えた。ミシンだけで、投資額は1000万円近い。現在は月曜から金曜まで4人、土曜日は交代制、日曜日は休日という生産体制で、月に300枚を作っている。素早い対応と確かな技術力が支持され、デザイナーブランドからの依頼を中心にほぼフル稼働が続いている。
《記者メモ》持続可能な産業へ一石
サンプル作成は昨今、「如実に納期が短くなっている」(藤本グッド・シングス社長)。実際、3月中旬に記者が取材した時点で、4月のカレンダーはまだ真っ白だった。発注は早くて3~4週間前。翌日納品も当たり前で、「夜中に玄関前に生地を置いておくから、翌朝にやってくれ」なんて依頼もあるという。常に1カ月先の売り上げが見えない綱渡りのような経営が続くわけで、「今からやろうとする企業はない」(岡本社長)のもうなずける。
「国内で作れなくなったら、海外で作ればいい」という声もあるが、マスカスタマイゼーションや縫製の自動化の盛り上がりなどで、消費地型の生産が関心を集めている。国内に生産地や技術を残そうとするアンジーズの様々な取り組みは、日本の繊維製造業を再興する布石になるはずだ。
(橋口侑佳/繊研新聞19年3月27日付)