《めてみみ》象山地下壕にて

2017/08/15 04:00 更新


写真(cowardlion / Shutterstock.com)はイメージです

 長野市に象山地下壕(ごう)という坑道跡が残っている。太平洋戦争の末期、連合軍の東京進攻に備えて政府の中枢を移転する目的で作られた。8割方完成したところで、使われないまま終戦を迎えた。現在は遺跡として坑道の一部が一般公開され、そのほかの坑道も地震観測センターや宇宙線観測施設として活用されている。

 固い岩盤を掘り抜き、9カ月の突貫工事で何十万人という労力を動員したと聞く。当時のお金で2億円とも言われる巨費を投じたらしい。後世から見れば、信州の山奥のトンネルに首都機能を移転するという発想に驚く。何と膨大なエネルギーを消費したものだろう。

 地下壕は、大河ドラマ、真田丸でも話題になった松代城のすぐ近く。ただ、お城に比べれば訪れる人もまばらだ。記者の駆け出し時代は、まだ多数の戦中世代が経営の中枢を担っており、取材の折に昔話を聞くことも多かった。今や時代を築いた戦中世代の経営者の大半はいなくなった。

 次元は違うが、日本、もちろんファッション、流通産業も終戦時と変わらないほどの転換期。量や力に頼った経営は限界が近づき、成熟した国ならではのビジネスモデルが求められている。きょう8月15日は72回目の終戦記念日。平和への思いを大切にしながら、人知を集めて、新時代へ挑戦していかねばならない。



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