ライフスタイルブランド化時代は終わるのか(浅沼小優)

2014/01/30 16:01 更新


●ブランド至上主義からプロダクト至上主義へ?

先日は、JFW-IFFにてセミナーの機会をいただき、ありがとうございました。日頃のご感想などもうかがえて、とても励みになりました。セミナーでは、最近注目のリテールトレンドと2015年春夏のデザインディレクションのお話をしたのですが、その準備中にとても興味深い、でも、ちょっと引っかかる発言を見つけましたので、とりあげてみたいと思います。

英国王室御用達のテーラー「ギーブズ&ホークス」のマネージング・ディレクター、レイ・クラチャーが「マーケットは近年、“ブランド至上主義”から“プロダクト至上主義”へと著しいスピードでシフトしている」とコメントしていたことです。この傾向は、とくにアジアにおいて強く、商品を主役としたリテール戦略に移行しつつある、というのです。

●ライフスタイルブランド化の利点

クラチャーの発言は、じつはこれまでのブランド観の常識を破るものです。ご存知のように、とりわけ1990年代の前半から、多くのブランドが、それこそ服のブランドも、レザーグッズのブランドも、どんどんライフスタイルブランド化してきた経緯があります。つまり商品ラインナップをコアプロダクトだけでなく、ビューティや食、インテリアなどにまつわるアイテムを充実させる動きがそれです。1993年のヴェルサーチのホームコレクションが投げかけた「世界観」にはインパクトがあったし、同様の動きは、ボッテガ・ヴェネタからザラまで、価格帯を問わず見られました。

ライフスタイルブランドを目指す、という発想は、ビジネス規模の拡大と継続性を考えればごく自然なことです。これはすでにディオールが戦後すぐに考えていたことです。顧客が1点でも自社商品を気に入ってくれればそれだけでもうれしいことですが、自分たちの理想のライフスタイルが提案でき、そしてそれに賛同してもらえれば、さらに多くの製品を生活に取り入れてもらえる可能性も高まります。

顧客の側からみても、ブランドが描くイメージにひとたび魅了されれば、その世界観にマッチしたものを、数多く継続的に身の回りにおいて、自分がその世界にちゃんと身を置いていることを確信したい、と思うものです。ライフスタイルは一過性ではありません。ブランドと顧客との関係はワンシーズンで終わることなく、継続的で、より密接なものとなっていくはずです。

世界観というイメージを示すこと、スタイルを提案することはブランドの至上命題、ベストチョイスのようにもなりました。ライフスタイルブランド化とブランド至上主義はほとんどイコールといっても差し支えないでしょう。

●変化の兆し

ところが、プロダクト至上主義へ、という冒頭の発言はこの傾向に逆行する流れに注目したものです。フットウェアブランドはフットウェアという商材に、デニムが強いブランドはデニム、シャツメーカーはシャツにフォーカスし、コアプロダクトの質を上げることで顧客の支持を獲得する。取扱うアイテムは拡大から縮小傾向に移行しているという指摘です。

そういえば、ラコステは3年ほどフラットな売上推移がつづいたことから、ここ1年でアイテム数を14%絞り、クオリティを向上させ、価格帯を数パーセント上げる戦略に転換しました。バリエーションの増やし方によっては、ブランドイメージ構築につながらず、リスクだけを大きくしてしまうことに気づいたのでしょう。ちなみに同じころ、日本でも「化粧品大手:不振打破へ新製品厳選投入」という記事が毎日新聞(2012年10月24日)に掲載されました。ここでもアイテム数をしぼり、コストを下げ、機能性を高めることでブランド力を上げる方向に舵をきったことがわかります。

●原点回帰?

欧米ブランドにくらべ、アジア企業はプロダクトフォーカスに向いているかもしれません。昨年9月30日にインターブランドが発表した、「グローバルブランド100」からもうかがえます。コアプロダクトにフォーカスした業態の企業は、サムソン(8位)、トヨタ(10位)、ホンダ(20位)、キャノン(35位)、ヒュンダイ(43位)、ソニー(46位)、日産(65位)、任天堂(67位)、パナソニック(68位)、キア(83位) など、アジアから続々とエントリーしています。

ところが、コアカテゴリーを全面にださない、イメージをあつかうブランドにアジアは登場しません。インターブランドの「ラグジュアリー」セクターには、 ルイ・ヴィトン(17位)、グッチ(38位)、エルメス(54位)、カルティエ(60位)、プラダ(72位)、ティファニー(75位)、バーバリー(77位)があり、発祥国でいうと、フランス3社、イタリア2社、アメリカ、イギリスが各1社です。これに、インテリアをあつかうアパレルとしてザラ(36位)とラルフ・ローレン(88位)を加えても、分布は変わりません。

歴史を振りかえっても、アジアはパーツに強かったといえます。景徳鎮をはじめ、華やかなヨーロッパ各国の王侯貴族のライフスタイルを彩るプロダクトについては、上手に提供してきました。ライフスタイルを発信するよりも、それにふさわしいパーツ作りの経験のほうが長いのです。アジアのもの作りの伝統は、圧倒的な力をもっています。アジアにとってプロダクト至上主義は原点回帰であり、その長所を最大限に活かせる方法なのかもしれません。

しかし、プロダクトの周辺には必ずそれが使われる場としてのライフがあります。期待されるスタイルに必要な最高のパーツはつくれるかもしれないが、場のイメージが発信できない、スタイルそのものの提案が苦手なままでは、コアカテゴリーといってもどれほど革新的なものがでてくるのでしょうか。

●ラグジュアリー消費者5億人時代

こんなニュースがあります。リサーチ会社のベイン・アンド・カンパニーとミルワード・ブラウンの調査によると、1995年に9000万人だったラグジュアリー消費者は現在3.3億人、2030年には5億人になる、というものです。20年で3倍に成長し、今後15年でさらに1.5倍となる、この市場の見通しは明るいとの予測です。

すでに全世界で10億台という自動車、2019年に加入件数が93億人になると予測されるモバイル端末に比べれば、5億人なんてたいしたことないと考えることもできます。にもかかわらず、なぜラグジュアリー市場の拡大に注目するのかといえば、わたしたちがもともと、具体的な商品について、それを得たいという欲望を自律的に、すなわち自分の内部にもっているわけではない、という現実があるからです。

欲望はつねに外的世界から取り込みます。そして、その際、よりよい生活、充実した生活を望めば望むほど「上流社会」を想定してしまうのです。それが実在していようといまいと関係なく、たとえバーチャルな存在であったとしても消費をかき立てる理想の枠組みを必要とします。

この枠組みの提案者が現在のところラグジュアリー・ブランドなのだということ、そのことをラグジュアリー・ブランド自身が確信しているからなのです。このセクターの充実はイメージの重要性が高まることを意味します。ラグジュアリー消費人口が増えるということは、機能はもちろんですが、とりわけライフスタイルをイメージさせるパーツが大事になる、ということでもあります。

●マーサ・スチュワートが教えてくれること

ライフスタイルというと、マーサ・スチュワートを思い出さずにはいられません。ご存知の方も多いと思いますが、料理、ガーデニング、クラフト、インテリア・デコレーションの分野でつぎつぎと「スタイル」を提案した、ライフスタイル・エキスパートです。一主婦だった彼女が提案するスタイルはアメリカのアッパーミドルクラスを魅了していきました。

1982年に『マーサ・スチュワート・エンターテイニング』という最初の本を出版し、87年にKマートと契約、91年に雑誌、『マーサ・スチュワート・リビング』を創刊、93年に同タイトルのテレビ番組を開始、97年には会社設立にいたります。スタイル提案にとどまらず、ビジネスパーソンとして華麗な経歴を積み上げていきました。

しかし、マーサは経済的に豊かとは言いがたいポーランド系移民の家庭に育ち、幸せな家庭生活とも縁遠かったようです。つまり、もともと彼女はスタイルをもっていたわけではなかったのです。だからこそ、かもしれませんが、見聞きした経験を編集し、明確に理想を描き、その理想を形にして表すという行為を信念をもって繰りかえしたのでしょう。そのうちに実際にお金持ちになっていきました。(その後のインサイダー取引による有罪判決とそこから再びビジネス界に返り咲くエネルギーにも並外れたものを感じます。)

彼女はまさに、よりよい生活をバーチャルに思い描くことからスタイルをつくりあげてきたひとです。上昇志向がイメージを呼び、そのイメージが必要とするスタイルの実行によって思い描いたクラス感のある生活を手に入れたのです。もちろん、彼女自身がそれで幸福になったかどうかは別ですが、しかし「幸福そう」に見えたのはたしかなことで、それがマーサのスタイルをまねたい、という消費意識をかき立てたのでしょう。

●幸せの提示ができるか

そう考えると、ライフスタイル提案とは、幸せのパーツを分解してプロダクトとしてラインナップすることで、抽象的な幸せというものの姿を浮かび上がらせことでもあります。プロダクト至上主義は、充実した生活のイメージづくり→構成要素の確定→分解→再構築→イメージ発信→個別のプロダクト消費意欲の喚起、という流れのなかにある、いくつかのプロセスをスキップできる点で、企業の負担を軽くすることになります。

とくに理想のライフスタイル提案をするベースが見つけにくいアジアの国では、この面倒な作業をするよりも、西欧からの借り物の世界観に依拠した戦略の方が効率がいいのです。そういう意味では、プロダクト至上主義とはいうものの、全体の消費のしくみとしては、やはりブランド至上主義、ライフスタイル重視を崩すことに直結しないのではないか。

ライフスタイル提案は身近なようでいて、「幸せ」なんていう要素が絡まってくるややこしい話でもあります。でも、この先15年ほどラグジュアリー消費人口が増加するのであれば、幸せのメッセージをもつプロダクトを発信することが、ビジネスの発展に寄与することは確実でしょう。また、それは、幸せについて、プロダクトレベルではない構成要素をあらためてイメージしなおす作業の大切さを、わたしたちに教えてくれるのではないでしょうか。

つづきは次回。

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短期的なトレンドにすこし距離をおきながら、社会の関心がどこに向かっているのか考えてみるブログです。 あさぬま・こゆう クリエイティブ業界のトレンド予測情報を提供するWGSN Limited (本社英国ロンドン) 日本支局に在籍し、日本国内の契約企業に消費者動向を発信。社会デザイン学会、モード?ファッション研究会所属。消費論、欲望論などを研究する。



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