スーパーリッチのこころもち(浅沼小優)

2014/10/08 17:10 更新


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55億円が自由になったらどう使いますか?

大金に縁遠いわたしたちは、3億円の宝くじが当たったら、なんて想像がせいぜいですが、家や車を買う、贅沢な旅行をする、といったざっくりとした夢を描きます。ただ、想像はそのあたりまでかもしれません。贅沢の具体的な中身については、悲しいかな経験知がともなわないので、一旦思考がストップしてしまうのではないでしょうか。

わたしたちが思考停止している間にも世の中には55億円、あるいはそれ以上の大金を動かせる、UHNWIと呼ばれるスーパーリッチが増加中です。

Ultra High Net Worth Individualsの略で、定義としては、5000万スイスフラン以上の投資可能資産をもっているひとびと。ナイト・フランクのウェルス・リポートによると、2013年は新たにUHNWIに5千人のひとが仲間入りし、世界全体のスーパーリッチは16万7千人を超えました。

消費動向の分析やトレンド予測を行っているWGSNではこのスーパーリッチを含む富裕層のライフスタイルや消費動向に関するリポートを今年の5月と9月の2回にわたって発表しました。WGSNがこの種のテーマを短期間のうちに連続して取りあげるのは珍しいことです。

 リポートのおもなポイントは、彼らが旅行、とくに宇宙旅行に興味をもっていること、日々の生活を豊かにすること、所有(having)よりも経験(being)にお金をつかっていること、チャリティに熱心であること、今後の注目スポットがベトナムであること、などです。加えて、そういったスーパーリッチのライフスタイルに一般の人が魅了されている状況も述べられています。

富裕層の関心事がソーシャルトレンド、ファッションやライフスタイルの方向性と密接にかかわり、いずれ一般的な消費者の動向に影響をおよぼすことは知られています。

トリクルダウン現象と呼ばれてきたものです。日本ではこのトリクルダウン現象を時代遅れと考える傾向が強いですが、実はブランドビジネスはこの現象とうまく寄り添って、そのビジネスベースを拡大してきました。

ブランドビジネスと富裕層の関係はこれからも続くと思われますが、一方でそんな富裕層の関心事の中身にいま明らかな変化が生じているようです。そんなわけで、今回は、スーパーリッチの動向と消費スタイルの変化についてご紹介しつつ、その背景を考えたいと思います。

 ■いまどこに、これからどこに現れる?

リポートによると、10年前、スーパーリッチ全体の7割がイギリス、フランス、ロシア、スイスなどヨーロッパと北米のひとたちによって構成されていました。現在はアジアのシェアが高まり、北米とほぼ同程度、全体の1/4を占めるまでに増えています。

 


 

しかし、10年後にはこの構成に変化が起きるといわれています。スーパーリッチが急増するホットスポットとして注目されているのがベトナム。2023年までに166%の増加が予測されています。

ベトナムを追うのがインドネシア(144%)です。コートジボワール(116%)、カザフスタン(109%)、モンゴル(100%)と続きます。都市別ではジャカルタ(148%)、モンゴルのオルドス市(141%)、ムンバイ(126%)、デリー(118%)と、国でも都市でもアジアの急増が目立ちます。

中国はすでに安定的に増加中なのでこの急増リストにはありませんが、いうまでもなく分母の大きさがありますので、あなどることなかれ、とWGSNリポートでは注意をうながしています。

■HavingからBeingへ

そんな彼らの消費の対象はなんでしょうか。旅行であったり、いまよりもっといい生活クオリティを、という発想はわたしたちとさほど変わりません。ボストン コンサルティング グループが2014年に発表したデータによると、彼らのモノへの所有欲求はそれほど高くなく、所有(having)よりも経験(being)という志向がみられるようです。

経験消費の代表は旅行です。行き先でいえば宇宙です。宇宙を体験する機会は誰にでももてるわけではありませんが、宇宙空間へのフライトビジネスに先行投資するスーパーリッチはナイト・フランクによれば70人を超すとか。ニュースでも弾道宇宙旅行が話題になったことがありました。

 

 

 

宇宙旅行はさておき、多くの人が体験できる地球旅行の場合はどうでしょう。

まず、旅の企画内容は既成の選択肢から選ぶのではなくビスポークでつくります。旅先で求めるのは、滞在先でもアットホームな雰囲気で完璧に自宅のようにくつろげる空間、訪問先でもあたかもその土地の一員であるかのようにふるまえる、といった内容です。

ローカルな食を楽しみ、土地のひととうちとけた交流をする。心地よさはそっくりそのまま持ち込みながら、エキゾチックさをストレスなく楽しむ旅行。

こうした旅行プランは簡単そうに聞こえて、準備する側にとってはかなり手数をかけて入念に手配する必要があるリクエストです。だからこそ彼らは大金を惜しまずに払うのです。富裕層が発想する、誰もができない、という消費キーワードの中身が垣間見えます。

こんな風に経験を消費するという彼らのライフスタイルは、消費額の割合にもあらわれています。

たとえば、2013年、スーパーリッチがビスポークで企画された旅行に使った額は、服やバッグといったデザイナーグッズへの消費の3倍でした。スーパーリッチの消費額全体のおよそ55%はモノではなくサービスに対して使われていることもわかっています。

■ソーシャルメディアが消費にもたらす影響

  



一部の富裕層のひとたちが、誰もができないその生活ぶりを見せたいという欲求を持っていることはいまも昔も変わらない事実です。

消費とは、そもそも自分の立ち位置を可視化させたいという欲求から生まれるとさえ言われてきました。富裕層にとって、自分たちの生活ぶりを一般のひとたちに披瀝するにあたって最も効果的な方法は、わかりやすいグッズにその記号を託すこと。顕示的消費といわれてきたものです。 

ところが、新世代のスーパーリッチはそのわかりやすいグッズの所有をあえて避ける傾向があるようです。このように消費対象が所有から経験に変化している背景には、生活のディテールを具体的に伝えられ、そのシェアを可能にするツール、ソーシャルメディアの登場が大きく影響しているのではないでしょうか。

以前は彼らの消費行動に関する細かな情報がリアルタイムで伝わることはすくなく、特定階層間でクローズドなかたちでやりとりされていました。あるいは、特定のメディアが取材できる範囲をメディアの視点で描写してわたしたちに届けてきました。

近年、ソーシャルメディアという、自分で行動を逐一アップできるツールを得ることで、消えてなくなってしまう経験消費の魅力について、しかも自分の財力についてもかなり具体的に自分が望むかたちで公開する機会が生まれたのです。

(受け取る側の解釈まではコントロールできませんが) 言いかえれば、ラグジュアリー消費のタイムライン上で大きな転換が起こったことを意味します。これは、消費ライフスタイルを一般社会に伝えるスピードを瞬時のものにしたということです。

ソーシャルメディアは、好奇心と嫉妬と羨望をかき立てます。富裕層の家庭に生まれたこどもたちが臆面もなく消費生活を謳歌する様子を見たいと思えば誰でもが見られるのです。

実際、ステファニー・シーモアとピーター・ブラントの息子、ハリー・ブラントのインスタグラムには6万人ものフォロワーがいます。こうした経路も使って、スーパーリッチな生活とは縁遠いはずのわたしたちにも彼らの消費スタイルの変化が逐一伝わってくるわけです。

■ラグジュアリーブランドのサステナビリティ力

ところで、ここで興味深いのは、こうした経験消費の提供者として名を連ねているのが、LVMHやフェラーリといったこれまで富裕層向けグッズを供給してきた企業であることです。対象とする顧客層を確実に維持し、時代の要請に応じて提供内容をあざやかに変化させていくブランドのサステナブルな手法に、驚きと納得の思いです。

社会の上層にいる人々をどのように充たしていくかを発端にして成立したオートクチュールを頂点に、そこに止まることなく、高級、中級のプレタポルテ、そしてここ数年は価格帯を飛び越えてデモクラティックという名のもとにファストファッションにも関わってきたラグジュアリーブランド。

消費志向が階層間をトリクルダウンしていく現象を熟知し、市場をリードしながら一般消費者までくまなくおさえる術を心得ているのです。これらのブランド企業が今後もそのビジネス展開の経験を十二分に活かしていくと想像せずにはいられません。

 ■スーパーリッチの悩み 

リポートは富裕層特有の悩みについてもとりあげていました。

自らのステータスを表明したいと思う一方で、みんなの夢や理想を生きなければという重いプレッシャーを感じているとか。ひとによっては保有しているもの、行動を構成する要素ひとつひとつが常にベスト、完璧であらねばと考え、病気にすらなってしまう場合もあると書かれています。自由気ままを粧いつつ、自らの社会における役割と責任のようなものを認識し、背負っているかのようです。

 


 

社会的責任という点で、スーパーリッチたちがチャリティに熱心に関わるというトレンドも報告されています。

完璧なひとであることへの想いからかもしれません。現代のスーパーリッチは世界の富の再分配が公正になされていないことに無知でいることはできません。こうした状況の中で、彼らもまた自分たちに向けられる、社会的フラストレーションを緩和する手だてを考えているのかもしれません。

なにしろ、これほどスーパーリッチが増えて、トレンドがトリクルダウンしても、富がトリクルダウンしていくことは難しくなっています。

 格差問題の拡大は日本も無関係ではありません。かつて、一億総中流を謳歌した日本はどこにいってしまったのでしょう。公正性を測る指標のひとつ、ジニ係数がOECD平均より高く、その傾向が是正されない問題については、厚生労働白書などでもはっきりと指摘されています。 

このような行為の社会性を意識する発想もまた、わたしたちにある種のトレンドとして浸透しつつあります。実は、富裕層によるチャリティは、高貴なるものの義務、ノブリス・オブリージュという、「持つもの」の古典的な発想に重なります。

旧来のいわゆるお金持ち的消費行動を回避するようでいて、自分たちが欲望の媒介者になっていることをどこかで意識する。富裕層の消費トレンドが所有から経験に変化しても、新世代と旧世代には宿命的ともいえる共通のこころもちがあるようです。

 






短期的なトレンドにすこし距離をおきながら、社会の関心がどこに向かっているのか考えてみるブログです。 あさぬま・こゆう クリエイティブ業界のトレンド予測情報を提供するWGSN Limited (本社英国ロンドン) 日本支局に在籍し、日本国内の契約企業に消費者動向を発信。社会デザイン学会、モード?ファッション研究会所属。消費論、欲望論などを研究する。

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