海洋冒険とアウトドアウェアの関係とは?(杉江潤平)

2017/06/12 17:46 更新


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 スポーツ用品業界を取材していると、アスリートに取材する幸運に恵まれます。昨年9月には北極冒険家の荻田泰永さんとお話する機会を得ましたが(インタビュー内容はこちら)、先日は海洋冒険家の白石康次郎さんに取材することができました。

 白石さんと言えば、16年に開催された世界で最も過酷なヨットレース「ヴァンデ・グローヴ」に、アジア人として初めて出場したことで有名です。通常12~13人で乗る全長18メートルのヨットをたった一人で操りながら、どこにも寄港せず、一度も補給を受けずに、約80日で世界一周するというレースです。この間、テレビでいくつも特集番組が放映されましたので、ご覧になられた方も多いのではないでしょうか。そんな白石さんに、ヴァンデ・グローヴに出られた感想や、海洋冒険に求めるウェアやシューズ、今後の夢について聞いてみました。



白石康次郎さん (c)Yoichi Yabe


プロフィール
1967年5月8日 東京生まれ鎌倉育ち。1994年、当時26歳で、ヨット〈スピリット・オブ・ユーコー〉で単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録(当時)を樹立。その他数々のヨットレースやアドベンチャーレースで活躍した。2006年、単独世界一周ヨットレース「ファイブ・オーシャンズ」クラスI(60フィート)に参戦し2位でゴール。さらに2008年、フランスの双胴船「ギターナ13」号にクルーとして乗船し、サンフランシスコ~横浜間の世界最速横断記録を更新した。2016年11月には最も過酷な単独世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローヴ」にアジア人として初出場を果たすもマストトラブルにより無念のリタイア。次回2020年大会で初完走を目指している。


■ヨットを日本で披露

――「ヴァンデ・グローヴ」出場後、国内の反応は変わりましたか?

 残念ながら完走できなかったのですが、批判めいたことは一つも聞かれませんでした。周りの方々のほうが前向きだったので、思い切って一緒に戦ったヨット(スピリット・オブ・ユーコー号)を持って帰ってきました。

 ここだけの話、日本に持ってくるのに、かなりの費用がかかるのです。しかし、これだけ応援され、「見てみたい」「乗ってみたい」という声を聞く中、(開催された)フランスに留めておくのはもったいないと思いました。

 大きな投資になりましたが、これからの1~2年は、ヴァンデ・グローヴに出たあの船とともに、キャンペーンを展開します。日本中を回って色々な人に知ってもらい、皆さんに喜んでもらって、次のレースにつなげたいと思っています。



この1~2年は全国を回り、支援の輪を広げる活動に取り組む
(支援企業の一つで靴メーカーのムーンスターが主催したトークイベントの様子)


――リタイアの原因となったマストの折損原因は?

 実際のところ、原因ははっきり分からないんです。マストが折れるのは、ワイヤーが切れるパターンが多いのですが、今回ワイヤーはまったく問題ありませんでした。

 世界一周をするので、僕含め出場選手は皆、しっかりと整備をして臨みます。船体のX線検査まで行い、万全を期します。しかし、マストの材料となったカーボンファイバーは、金属のように徐々に痛むものではありません。ガラスが割れるように、ある日突然ダメになるのです。選手によっては、毎年替えるという人もいますが、今回のバジェットではマストを替える余裕がありませんでしたので、そのままスタートすることになりました。

 次は新しいマストにするつもりですし、スポンサーが増えて6億~7億円の予算がつけば、船を新調しようと思っています。



このスピリット・オブ・ユーコー号を日本に持ち帰ってきた (c)Yoichi Yabe


■次回はフォイル艇で

――恥ずかしながら、今回のヴァンデ・グローヴで「フォイル」(水中翼。これを船腹に付け揚力を作り出し、船を浮かせて推進時の水の抵抗を減らす)という技術が普及していることを知りました。これによって、実際どれくらいスピードが上がるんですか?

 平均で2ノット、スピードがアップします。ただ、だからと言って今回、フォイルを採用するかは別でした。ヴァンデ・グローヴ前に参戦した大西洋横断ヨットレースでは、クジラに衝突してリタイアするフォイル艇が相次いだからです。世界1周レースでフォイル艇が走るのは初めてのことでしたので、「フォイル艇は全艇リタイアするのでは」との下馬評もあったほど。だから、僕たちのようなノンフォイル艇にも勝ち目があると目されていたのですが、結果は1~4位すべてがフォイル艇でした。

 次回戦う際はフォイル艇で臨みます。フォイル無しでは勝負にならないと分かりましたから。ただ問題は、どんなフォイルで戦うかということ。太いのが良いのか、細いのが良いのか。新しい技術なので、まだまだ開発の途上なのです。


■2000時間着用に耐えるウェアを

――世界一周のような長いレースを戦う際、どんなアウトドアウェアやシューズを求めますか?

 快適性や運動性能はもちろん不可欠ですが、意外と重要なのは、ニオイの軽減機能。なぜなら、ニオイはストレスに大きく関わってくるからです。なにせ長距離を走りますので、競技は2000時間にもなります。そして、濡れるのは真水ではなく海水ですから、蒸発しても塩やプランクトンが残ります。しかし、ヨットレースでは外で洗濯ができませんし、荷が重たくなるので予備を持っていくにも限界がある。

 実際、今回持って行った衣類は、ボストンバッグ二つだけ。着替えはほとんどしませんでした。だからウェアの消臭機能は必須です。シューズなら臭くならないよう、蒸れにくいことが重要になります。

 提供を受ける企業の商品から、日本の繊維メーカーや製品メーカーの技術力の高さを実感しています。しかし、今後はもっと良い商品が生まれると確信しています。こんな過酷な環境に耐え得るウェアを開発していれば、その過程で得たノウハウはおのずと高いものになるでしょう。そして、そこで培われた技術は、快適かつ安全な災害用品や快適なレジャー用品の開発にも役立つはずです。

 例えば海で遭難すると、綿製ウェアを着ている人から最初に死んでいきます。コットンは水に濡れると体温を奪うからです。だから海上では化繊ウェアの着用は必須。しかし、長時間着続けると摩擦で肌が荒れてしまうリスクもあります。だから、肌触りが良く、濡れても温かく、薄く、フィットし、通気性が良く、丈夫な化繊ウェアが求められています。



海洋冒険に使うウェアの必須要素に「ニオイの軽減」を強調した


■夢はオールジャパン船!

――今後の目標を。

 僕の最終的な夢は、セイルから船体まですべてを、日本の製造企業にお願いし、メードインジャパンの船を作ること。最新鋭の戦闘機を作るように、スーパーコンピューターを使って緻密に計算されたヨットを開発できたらと思っています。

 例えば、日本の高度な繊維技術を活用すれば、セイルも今のように重いもの(1枚130㌔ある!)ではなく、軽くて丈夫なものができると思っています。継ぎ目が無くシェイプの効いた、紫外線に強くて耐摩耗性のある、軽い3Dセイルができれば最高ですね。

そして、日本技術の粋を集めたオールジャパンの船で、ヴァンデ・グローヴを優勝する。そうなれば、日本の高い技術が世界に広く知られ、輸出もできるようになると思います。


――常に前向きでいられる理由は。

 大事なのは、笑顔でいることです。良い判断をするには、自分が良い状態でなければいけません。だから、夫婦円満・家庭円満にして、努めて明るく、元気でいるべきです。そんな人なら会社に行っても、部下に優しくでき、お客さんにも人気なはず。魅力的でいられるはずです。

 厳しい状況に陥ったときに、どこを向くかも大事です。「アイツが悪い」「世の中が悪い」と考えても、状況は変わりません。これまであなたを助けてくれた人、優しくしてくれた人のほうを向くことが大切ですよ。

 今回マストが折れ、その時点で僕のレースは終わりました。悔しいし、辛くて、本当に枯れるほど泣いたけど、僕はその後にこれまで助けてくれた人・応援してくれた人を思い出しました。そうしたら、どうすれば次のレースも支えてくれるだろう、と考えられたんです。つらい人は厳しい状況になる前からつらい。幸せな人は、どんなときだって幸せでいられると思うのです。



「元気で明るく、前向きに」がモットーの白石さん


<取材を終えて…>

 単独無寄港世界一周レースは、一瞬の判断ミスが命取りにつながる過酷なもの。一度海に出たら、睡眠は満足に取れず(1時間以下の小刻みなもの!)、孤独との戦いも強いられます。だからこそ、白石さんは「努めて明るく前向きな気持ちでいることが重要」と強調します。体調が悪かったり、気持ちが暗いと良い判断ができないからです。たえず正しい判断を求められる企業経営にも通じる姿勢だと思いました。

 2024年夏季オリンピックの開催地にはパリが立候補していますが、もしパリに決まれば、フランスのお家芸である外洋シングルハンド(単独航行)ヨットレースがオリンピック競技に加わる可能性があります。そうなると、20年の東京オリンピックではエキシビションとしてプレレース開催の構想も。もちろん出場選手の最有力候補は、第一人者の白石さんです。

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すぎえ・じゅんぺい 本社編集部所属。編集プロダクション勤務の後、03年に入社。大手アパレル、服飾雑貨メーカー、百貨店担当を経て、現在はスポーツ用品業界を取材。モットーは『高い専門性と低い腰』『何でも見てやろう』


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