極地冒険とアウトドアウェアの関係(杉江潤平)

2016/09/29 14:47 更新


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皆さん、荻田泰永(おぎた・やすなが)さんをご存知でしょうか。荻田さんは2000年から14回、北極圏に入り、累計9000キロを自力で移動された“北極冒険家”です。

2012年からは北極点まで一人で、途中で飛行機による物資の再補給を受けずに歩き切る「北極点無補給単独徒歩到達」の挑戦を開始。これまで成功したのは世界でただ一人と言われている、極地冒険において最も困難な課題で、もし達成できれば世界的偉業となります(過去2回の挑戦は失敗)。

今年3~5月にはカナダ最北の村・グリスフィヨルドから、グリーンランド最北の村・シオラパルクの約1000キロを単独徒歩行。同ルートの単独踏破は世界初で、こちらも話題を集めました。

偶然にも、先日荻田さんの単独取材をすることができましたので、この場でインタビュー内容をご紹介します。 


*       *       *


 
 北極冒険家の荻田泰永さん

 

足元の氷が動く!

 ――北極圏での冒険を続けていますね。

 北極と一口に言っても色々あります。北極点を目指すルートは北極海の上に張った氷の上を歩くもので、足元の氷が海流や風で激しく動くのが特徴です。

テントで一晩寝ると、何キロも流されることもあるし、氷同士が押し合って乱氷帯を作り出し、歩行の障害となります。温暖化などの影響で、海氷は薄く、割れやすくもなっています。

一方、今春に歩いたルートはそのような環境もありますが、北極海ほど顕著ではありません。島が多く、野生動物もたくさんいるのが面白いところですね。

 ――北極点への単独無補給徒歩到達にこだわるのは?

 別にこだわっているわけではありませんが、自分にとって最も面白いやり方だと思っているからです。北極点に関しては、二人でチームを組んで、途中で補給を受けるなどすれば、間違いなく到達できます。しかし、これでは面白くないですよね。

 

 
このようにソリを引いて歩いて冒険しています。50日分の物資の総重量は、スタート時点で約100㌔㌘。装備をたくさん持てば重くなり、軽さを追うと必要な装備が不足します。安全性と効率化のバランスを見極める必要があります

 

――北極点への徒歩冒険の難しさは?

 やっぱり足元の氷が激しく動くことですね。これに尽きます。

自然を相手にしているので、先の展開を予測するのがほぼ不可能です。大きな傾向よりも、少し先の氷がどうなるのかというほうが大事ですが、1キロ先の氷の状態でさえ、行ってみないと分かりません。しかし、ある程度想像して行かなくてはならないし、どんな状況でも行った先で対応しないといけません。その難しさがあります。

 ――時には予想より大きい乱氷帯や氷の割れ目があったり…。

 そうです。当然あるわけです。しかし、どこにあるかは別として「ある」という前提には立てますから、備えることはできます。一番困るのは、無いと思っていたものがあること。どこまで想定内に収めるかが大事です。しかし、全てに備えようとすると、持つものが増えていってしまいます。

 ――荷を自分で運ぶわけですから、ある程度削ぎ落とす必要もある。

 そうですね。経験の無いことに対しては装備でカバーしようとしますが、経験を積んで知識や技術、工夫で対応できるようになれば、装備を減らすことができます。

例えば、テントが風で飛ばされるリスクがありますが、そうなった場合に備えて、もう一つのテントを持つわけにはいきません。そこで、まずは飛ばされないようにする設営の技術を磨きました。そして、最悪テントを失ったときに備えて軽量のスノーソー(雪上用ノコギリ)で雪のドームを作れるようにしています。

知恵と技術と経験でカバーできれば、持つものが減るわけです。

 

 
今春の冒険で着用したアウターウェア。マイナス25度の世界で着ていたとは思えないほど、薄い


汗を何枚目で処理するか

 ――極地への探検でアウトドアウェアに欠かせない要素とは?

 おそらく多くの人は温かいウェアのほうが良いと思っていますが、全然違うんですよね。今回の冒険で着用した「ポールワーズ」のウェアは、わたも何も入っていません。ウェア単体の保温力なら、セールで売られているスキーウェアのほうが温かいでしょう。

実は、極地冒険で一番気にするのは汗の処理なんです。寒い環境ですが、ずっとソリを引いているので、ものすごい汗をかきます。しかも、体から発散される水分はすべて凍ってしまいます。

マイナス20度もの環境下では、一般的な透湿素材の機能は失われてしまいます。つまり、アウターで汗を外に逃がせない。そこで大事になるのは、レイヤリングのどの層で凍らせるかということ。私の場合は(下から数えて)3枚目のミドラーと、アウターの4枚目の間で凍らせます。

 ――肌の近くでは凍らせない、と。

 そういうことです。アンダーウェアは基本、乾燥させておく。そして、体温によって水分は上に上がっていき、外気に近いところで止まります。しかし、ミドラーにフリースのウェアなどを選ぶと、表面に汗が貯まり、屋外では凍っていますが、テント内では解けて生地がべちょべちょになってしまいます。

そこで私は、ミドラーに透湿防水素材のウェアを着るようにしています。体温で透湿機能は維持されますから水気は出て、3枚目と4枚目の間で水分は止まります(=図参照)。ここで凍らせるんです。透湿防水ウェアの表面には、撥水加工も施されてますから、脱ぐ時にウェアをばさばさっと表面をはたけば、凍った汗を落とすことができるわけです。

 

 
【ウエアリングのイメージ図】下が肌面、上が外気。下から3枚目に着るウェアに透湿防水ウェアを選ぶことで、アウターとの間で汗の水分を凍らせ、処理する斬新な考え方


ウエアリングのイメージ図を描きながら、説明してもらいました

 

――では一番外に着るアウターに求めることは?

 防風性や耐久性。あとはソリ引きに向いている形であること。2年前に北極点を目指したときは「ポールワーズ」の既製品を改良したものを使ったのですが、過酷な冒険で最後にはボロボロになってしまい、メーカーにも驚かれたほどです。

そのため、今春の冒険では、特別仕様のウェアをゼロから作ってもらいました。

 南極大陸にも挑戦!

 ――17年には3回目となる北極点冒険に挑戦されますね。

 1回目は北極海への理解が足りなかったのが敗因です。北極海は別世界でした。本当に怖かった。手も足も出なかったという印象です。

2回目は“時間切れ”。スタート直後にあった乱氷帯が広く、その歩行に時間を取られ、持参した物資が足りなくなりました。

しかし、2回の失敗は自分の中で理解できています。費用やチャーター機の手配など、実はスタート地点に立つまでが大変なのですが、スタート地点に立つことができれば、ことをなし得る自信はあります。

 ――気が早いですが、「北極点無補給単独徒歩到達」に成功したあとの目標は?

 北極点の次は南極点を目指したいと思っています。両極とも無補給ソロで到達できた人はいませんから。

 ――これからも頑張って下さい。ありがとうございました。

 

 
都内で開催された写真展とトークショーの様子。今春の北極行では48日間の冒険で体重が10㌔㌘減ったとか。それだけ過酷な旅だったのです…!

 

<取材を終えて>

取材後には講演会も拝聴しました。そこで興味深かったのは、今冒険の最終版に流氷のクレバス(深い割れ目。表面が雪に覆われ隠されていることもある)帯に入り込んで、そのまま行くか、引き返すかで葛藤した話。

40日をこえる探検で既に体力・気力とも限界に達し、「早く終わりたい」という気持ちになっている中、下り始めた流氷の途中で、荻田さんはいくつかのクレバスを見つけました。事前にクレバス帯のある危険地域を把握し、警戒もしていましたが、「実は今いるところこそが、そのエリアではないのか?」と思い返します。

しかし、既に随分と流氷を下りてきていて、戻るには相当の体力と時間がかかります。「ここまで下りてきて問題なかったから、この先も大丈夫なのでは」「いや危ない。命を落とす」。上を見たり、下を見たりと随分長い間葛藤しましたが、結局はもう一度気持ちを奮い立たせ、戻る決断をしたそうです。

すると、戻る中で多くのクレバスを発見(登るときはスキー板を脱いで、一歩一歩、歩く先を確認しながら進むのでクレバスを見つけることができます)。戻る決断が正しかったことを実感したとか。無事ゴールしたのは、その翌日のことです。

人間は「この先もきっと大丈夫だろう」と考える“正常性バイアス”に陥りやすいと言われています。しかし、荻田さんのこのエピソードから、どんなに過酷な状況であってもこの先に起き得るリスクを見定め、冷静な判断する大切さを学びました。


    


すぎえ・じゅんぺい 本社編集部所属。編集プロダクション勤務の後、03年に入社。大手アパレル、服飾雑貨メーカー、百貨店担当を経て、現在はスポーツ用品業界を取材。モットーは『高い専門性と低い腰』『何でも見てやろう』

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