東日本大震災から6年を迎えるにあたり、「繊研新聞」では3月10日付紙面で、特集紙面を組みました。
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私は、米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店であるドームが福島県いわき市で続ける復興支援活動を取材しました。きっかけは、昨年1月に開催された同社のキックオフパーティ。関係者を有明コロシアムに招き、その年の戦略を発表する恒例行事なのですが、ここでいわき市にプロサッカーチームを立ち上げたことが発表されたのです。
復興支援の一環として、同地に巨大な物流センターを建設したことは聞いていましたが、その横にグラウンドを整備し、地元に愛されるサッカーチームを作り、そしてスポーツを軸に街興しにつなげ、ゆくゆくは「いわき市を東北一の都市にする」(安田秀一代表取締役CEO)というではありませんか。
あまりに壮大なプランすぎて、初めはピンと来なかったのが正直なところ。しかし、年末に安田氏にインタビューをした際、プロサッカーチーム「いわきFC」を軸に、いわき市の行政や地元の小売りと連携し、地域の活性化につなげていることを知り、「果たしてスポーツが地域活性化に結びつくことができるのだろうか?」とがぜん興味を持つようになりました。
そこでドーム社を通じて、いわきプロジェクトのキーマンへ取材を依頼。同プロジェクトの現場責任者であるドームの今手義明専務、いわきFCを運営するいわきスポーツクラブの大倉智代表取締役、地元を代表しいわき商工会議所の小野栄重会頭の協力を得ることができました。以下は、3月10日付の記事に盛り込みきれなかったインタビューの要旨です。
“復興の本質問い続けた”--今手義明ドーム専務
東日本大震災があった翌週に、(ドームのサプリメント商品である)「DNS」商品を被災地に持って行きました。支援物資を載せた車のガソリンメーターがちょうど半分になったところが、いわき市小名浜だったのです。
その後も、本国アメリカに協力してもらいながら、アンダーアーマー製品を送ったり、チャリティTシャツを販売して売り上げ全額を寄付したり、(安田代表の実家が造船所を営んでいた関係から)小さな漁船を2隻仕入れて被災地に提供するなど、5億円ほどの寄付をしました。
しかし、いくら支援を続けても砂漠に水を撒くようで復興の手応えが得られません。そこで「復興の本質的なものって何なんだ?」と社内で話し合うと、「結局“雇用の創出”だろう」ということに行き着いたのです。
そのちょっと前ぐらいに、足利にある物流倉庫のキャパシティが足りなくなっていました。「それだったら、物流センターを被災地に作れば、復興のための雇用創出にもつながるのでは」という話になりました。
いわきは大都市や港から距離があり、経営的な観点から見ると、選択肢としては有り得ません。しかし、復興という大義があったので、物流センターをいわきに持っていくことになりました。
物流センターを作った土地は3万坪もあって、倉庫を作ってもまだ余裕がありました。そんな折、代表の安田と湘南ベルマーレ社長(当時)の大倉氏が会い、スポーツビジネスに対する考え方が共鳴し、意気投合するという出来事があったのです。
「話の通じる大倉さんとだったらプロサッカーチームを作れるかもしれない」と考え、いわきFCのプロジェクトが具体的に進み出しました。それまでアイディアベースでは「野球やサッカーのプロチームを作りたいね」という気持ちはありましたが、大倉氏と出会わなかったら実際にはやらなかったと思います。
結局、大倉氏が正式にOKしたのが、15年11月ごろ。翌年1月にプレス発表し、その2週間後にトライアウトが始まりました。これが、いわきでプロサッカーチームを立ち上げたいきさつです。スポーツ用品メーカーがプロチームを立ち上げ、クラブ運営をした例は日本では大変珍しいのではないでしょうか。
“好循環生むプロスポーツを”--大倉智いわきFC社長
Jリーグなど日本にある既存のプロスポーツチームは、親会社があり、毎年定められた予算を配分し、J1優勝や昇格、残留といったことを目標にしています。しかし、この方式だと発展性が無いと感じています。いわきFCは「スポーツを通じて社会を豊かにしよう」というドームの理念を受け継ぎ、「いわき市を東北一の都市へ」をスローガンに掲げています。
これにはいわきFCへの共感が大前提です。試合など我々が作り出す価値に人々が共感し、お客様が試合に来て、アンダーアーマーの商品を買ってくれる。地域との一体感を醸成し、それによっていわき市のブランド価値が向上し、建設予定のスタジアムを365日稼動させることで街が活性化し、潤い、いわきFCのブランド価値も上がる……。こうした好循環起きれば、新たな投資も可能になります。
今、6月完成を目指してグラウンド脇に商業型クラブハウスを建設しています。単なるトレーニング施設ではなく、飲食店や英会話教室など複合的な要素を入れて、運営しようと考えています。将来のスタジアムビジネスに備え、不動産業的な、商業施設の運営ノウハウをここで養えればと思っています。
選手たちはドーム子会社であるドームヒューマンキャンパスの社員として、午前中サッカーの練習をして、午後仕事をしています。当初は仕事7割、サッカー3割の力のかけ方でしたが、今はサッカーの仕事が増えたため、仕事5割、サッカー5割というくらいになっています。
しかし、選手が働くことにはこだわっています。仕事を通じて社会と接点を持ち、サッカー以外の人と接するなどで人として成長することが、競技力向上にもプラスになると考えているからです。
いわきFCは「日本のフィジカルスタンダードを変える」こともテーマにしており、ドームのバックアップにより、優れた育成環境を実現しています。アスリート専門の育成機関「ドームアスリートハウス」や、DNSの管理栄養士によるサプリメント・栄養指導を受けられるなど、ドームにはフィジカルを鍛えるノウハウがソフトとしてあり、それを活用できるのです。
こうしたソフトを享受するのは、Jでは実際には難しい。例えば、月収が20万円クラスの選手だと、そもそもサプリメントを買えませんから。そういう現実を考えると、ドームが提供する総合的なサポート体制は非常に恵まれていると言えます。
実際この点に、多くの選手が共感してくれています。今年4月にいわきFCに入る選手の中には、J2、J3の誘いを蹴って来た者もいます。既存メンバーでも3人ほどがJリーグチームへの移籍オファーを受けましたが、いわきFCに残った選手もいます。
“いわきFCを復興のシンボルに”‐‐小野栄重いわき商工会議所会頭
ドームが「アンダーアーマー」を引っさげて、いわきに物流拠点を作ると聞いたとき、正直驚きました。しかし、安田さんたち関係者と話すうち、彼らの熱い想いを感じることができました。被災地であるいわきを「スポーツの産業化」を通じて活性化させ、ひいては東北一の都市にしたい、と言い切ったのです。
私は震災以降、「いわきはいずれ前代未聞の複合災害を乗り越えて、世界が注目する復興モデル都市になる」と思っていましたので、そのビジョンと通じるところがありました。
「アメリカではスポーツを起点となり社会的価値を生み出し、都市のブランド化を実現させている」。アメリカの事例をドームから聞きました。本当にそういう方向に持っていけるなら、全面的にバックアップしますよ、とお約束したのです。しかし、「いわきFC」がここまで強くなるとは思いませんでした。昨年、福島県社会人2部リーグではほとんど敵がいませんでした(6タイトル獲得)。
しかも、私がとても感心しているのは、彼らはグラウンド横の物流センターで働きながら、サッカーの練習をしていること。生活にメリハリをつけて、経済的な基盤を持ちながらやっているわけです。このペースならあと数年でJ3への昇格もあり得ると思っています。
(東京から)地方に来るということは、(地元の)皆から愛されなければ続きません。持続可能な企業・クラブとなるためには、まず地元を知り、地元に溶け込み、地元に愛される事業主体にならないと長続きしないと思います。
しかし、今ドームがそれを実践していることに大変感銘を受けています。実際いたるところでアンダーアーマーのマークを目にするようになりました。スポーツ用品だけでなく、介護・福祉施設のユニフォームや祭り・イベントのスタッフウェアなどにも使われるようになっていますね。
いずれ3万人超のスタジアムができれば、その経済効果たるやすごいものになるでしょう。復興のシンボルになるのはもちろん、いわき市民全員がまとまって応援できる対象にもなります。多くの試合が開催されて、県内外はもとより、国内外から観戦者が来て、観光・交流人口も増えるでしょう。
いわき市への関心人口が増えれば、スポーツ産業だけでなく、それ以外の分野にも波及して人的交流と投資も起き、いわき経済のパイが大きくなることも期待できます。
いわきFCは、震災で目標を失っている子どもたちに明るい将来の希望の火をともしてもらいました。これからどんどん強くなれば、いわきFCに入りたいと思う子どもも増えるでしょう。サッカーがけん引役になれば、ほかのスポーツにも広がるかもしれません。いわきという都市ブランドに憧れて、Uターン・Iターンする人も増えてもらいたいですね。
すぎえ・じゅんぺい 本社編集部所属。編集プロダクション勤務の後、03年に入社。大手アパレル、服飾雑貨メーカー、百貨店担当を経て、現在はスポーツ用品業界を取材。モットーは『高い専門性と低い腰』『何でも見てやろう』