4月6日に建て替え全館改装オープンした阪神梅田本店は、総菜ワールド、おやつテラス、ウェルネスビューティーワールドといった各ワールド(売り場)に配した「ナビゲーター」による新しい販売スタイルに挑戦している。同社の言うナビゲーターは、直訳の案内役や操縦士の意とは少し違う。ナビゲーター自身の〝好き〟をベースに、作り手、売り手、買い手の枠を超えるようなファンコミュニティーの形成を目指している。そこで築かれた「友達的関係」から生まれる様々な取り組みが、阪神梅田本店ファンの輪を広げていくとみている。
(吉田勧)
■靴下好きをつなぐ
同店2階の「ソックスショップ」は、無地物とは一線を画したカラフルな靴下が全面に並んでいる。「はき心地で選ばれる人ももちろんいますが、アクセサリー感覚ではいている人や靴下がファッションの主役だと思っていらっしゃる人もいます」と同店アクセサリー・シーズン雑貨商品部のナビゲーターの「靴下カナコ」さん。そんな靴下好きのための売り場を目指しているショップの一角に、靴下好きの20代女性の会社員が作った「ココル」の靴下が22年2月から常設販売されている。
デザイン学校卒業で、グラフィックデザインは出来るが、靴下製造・販売の知識、経験とも皆無だったココルさん。「魚柄の靴下をメチャクチャ探したが理想のものがなくて。それなら作ってみよう」と思い立ち、靴下メーカーに相談し、製造方法を学ぶ。「メチャクチャ大変でしたが。それよりもはける、自分の理想の靴下を形にしてもらえたことがうれしかった」という。21年5月からECなどで販売していた。
ショップ展開は、カナコさんが発信するインスタグラム「くつした時間」やショップの魅力的な品揃えに引かれていたココルさんが出店希望を伝えたのがきっかけ。靴下の話をするときの熱量に引かれて意気投合、商談を重ねて販売することが決まった。ココルさんは時折、売り場にも立っているという。「ココル」の靴下は、販売開始からコンスタントに売れ続けている。
2月下旬には、ココルさんを含めカナコさんと深くつながっている靴下好きのフォロワー数人とメーカーの企画担当者も交えたオンラインミーティングを開催した。くつした時間のフォロワー数1111人(11月11日のくつしたの日)達成に合わせて企画したものだ。
それぞれに存在は知っているかもしれないけれど直接的なつながりはない人もいるはず。そんな思いから、靴下好きを〝顔つなぎ〟するスピンオフ企画。ココルさんのように一消費者でありながら自ら靴下を作っている人や「300足は持っています。2時間ぐらい語れます」という人など、各参加者とも靴下に対する熱い思いを伝えあっていた。今回は少人数での限られたオフ会だったが、今後は店頭での「オープンなオフ会」の開催も検討している。
靴下好きが集まることで「何か」が生まれる可能性がある。「靴下好きの満足度を高める活動は、靴下業界全体の活性化にもつながる」。カナコさんは、そんな思いでナビゲーター活動に取り組んでいる。
■感動体験の共有
シーズン雑貨ワールドの清杉直子シーズン・ギフト雑貨ナビゲーターは、店頭とは直接関係のないように思える「ハローコットンプロジェクト」を4月から開始した。「奈良県の大和高田と葛城地域で育てたコットンのみで紡いだ糸からアイテムが生まれる背景を体験しながら学べる半年間のプロジェクト」がそれ。ごきげんソックス(税込み5500円)、やわらかタンクトップ(1万3200円)、ふんわりストール(1万6500円)の3コースがある。綿畑での種まき会や工場見学、収穫会といった体験と自宅で育てる種、選んだアイテムのプレゼントがセットになったものだ。
同企画は、別の同様のプロジェクトに参加中の清杉さんが「綿花の日々の変化を見るだけでも毎日が幸せだと感じていた」ことが原点。また、同店2階は「エシカルコンビニ」や「エコアルフ」を配するなどサステイナブル(持続可能)な提案に力を入れている。清杉さん自身も、エシカルやオーガニックなモノ・コトをインスタグラムで発信しており、それに対するフォロワーの関心度の高さを感じていた。加えて「生産者、取引先、お客さまをつなぐ」というナビゲーターの役割も担えると考えた。
初企画で少し手間取ったこともあるが、ソックスコースに7人、ストール6人、タンクトップ2人の計15人でプロジェクトを開始した。参加者以外からの問い合わせも少なくなかったという。5月21日、大和高田の綿花畑での種まき会と靴下や肌着などを製造するハヤシ・ニットの工場見学には3人が参加した。7月にもハヤシ・ニットのほか各コースの商品を作るパドックと高井ニットの工場見学ツアーがある。8月は阪神本店で現地のコットンのみで作られたアイテムのお渡し会を実施、10月に収穫&綿繰りの会、11月には各参加者が自宅で育てたコットンを使用したワークショップを阪神本店で予定している。この間、綿花栽培の様子などの情報共有にも取り組む。
■マインドシェアを高める
「物を介した顧客作りではなく、人によるファン作り」。今川智博士婦人服飾品営業統括部OMO販売企画部マネージャーは、ナビゲーターの活動をこう話す。清杉さんのプロジェクトも「こういう取り組みをしている阪神のファンになってもらえれば」との考えだ。各ナビゲーターの活動が「やがては売り場に、売り上げにつながっていく」と話す。二つの取り組みとも、明確に目指すゴールが見えているわけではない。ハローコットンプロジェクトでは、関わる生産者から商品企画提案の要望も出されているという。いずれにしても「好き」や「関心事」をベースにつながりを広げ、深めていくことで、それぞれに実現したい企画案が生まれていくと見ている。
現在、全館で110人以上のナビゲーターが66の公式アカウントでファンコミュニティー作りを進めている。阪神本店のオープン時、山口俊比古阪急阪神百貨店社長は「関西ドミナントエリアでのマインドシェア、マーケットシェアを最大化することを目指す」とあいさつしていた。ナビゲーターは、生活者の同店に対するマインドシェアを高めていく活動に思える。
(繊研新聞本紙22年6月10日付)