三越伊勢丹は、店頭商品を来店せずに購入できるリモートショッピングアプリの運用を始めた。「店頭の全ての商品をECで買えるようにする」(杉江俊彦社長)というOMO(オンラインとオフラインの融合)戦略の一環で、自宅に居ながら、リアルタイムで店頭商品が見られ、販売員と1対1のコミュニケーションがとれる。今後はEC未掲載を含めた店頭の全ての商品をオンライン上で購入できるようにする。
(松浦治)
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一つのアプリで完結
同社は緊急事態宣言に伴う休業が明けた6月から、LINEやZoomを使った遠隔での接客販売を拡大していたが、動線案内の煩雑さから一部の顧客や商品に対象が限られていた。チャットでのテキスト会話、動画接客の複数ツールを使い分け、決済までを一つのアプリで完結した。
リモートショッピングの流れは、アプリをダウンロードし、婦人服やジュエリー・ウォッチなどのショップを選択するとチャットが始まる。欲しい商品の条件や価格帯などを問い合わせると、販売員が売り場の中から商品を選び、紹介する。さらに、日時を予約すれば、アプリ上で販売員による動画接客を受けられる。顧客が商品を決めるとチャットにオンラインページのリンクが送られて購入できる仕組みだ。
当面は、伊勢丹新宿本店の特選、婦人服、紳士服、化粧品などの14売り場を対象に1万5000SKU(在庫最小管理単位)が対象となる。将来的にはインテリア、食品など領域を全商品に広げて、EC未掲載を含む伊勢丹新宿本店で扱う全ての商品100万SKUをオンラインで購入できるようにする。
ささげ業務が不要に
接客アプリの最大の特徴はEC未掲載の店頭だけの扱い商品を購入できる〝個品登録〟機能を導入したことだ。顧客が欲しいと思った店頭の商品を販売員がスマートフォンやタブレットを使って撮影し、JANコードなどのバーコードをスキャンするだけで、顧客の専用カートに入れることができる。ECは販売開始前の商品登録やささげ業務(撮影、採寸、原稿作成)が必要だが、接客アプリではこれらが不要となる。
自社社員50人でスタートし、今後は要員を増やす。店頭と接客アプリの販売を兼務しており、販売ルールなどオペレーションやシステムの修正といった運営体制を確立していく。軌道に乗り次第、取引先の販売員にも接客アプリを活用してもらう。
オンラインショッピングのウェブ会員IDを通じて、接客や購買時に得た顧客情報を一元化し、顧客一人ひとりに対するレコメンドの最適化に結び付ける。購買履歴のデジタル化は店頭での接客にも組み合わせて活用する。
漠然とした要望に応える
アプリのダウンロードは11月2日からの試験運用時に比べて、本格化した25日以降に2倍に増えた。「店頭をよく利用しているお客様がほとんど。遠隔地からの利用が目立つ」。店頭と同様に販売員からの接客が受けられることから「欲しい商品が決まっていなくて、漠然とした要望が多い」と買い物で失敗したくないという顧客ニーズが表れた形だ。一方で、新規顧客の獲得には「雑誌やSNSで見た商品が欲しい」「いつも使っている商品をリピート買いしたい」といった多様な要望に対応することが必要だ。フロアを越えた全館を横断したリモート接客も今後の課題となる。
既存のECサイトはこれまで掲載商品の型数を拡大することに注力し、20年度に15万型に達する見通しだ。今後は接客アプリとのすみ分けで、売れ行きの良い商品の絞り込みなど質と効率の追求へ戦略を転換する。ECサイトとオンライン上で購入できる接客アプリの2軸で、全売り場のデジタル化に着手する。
お客様とのつながりを「より深める」
三部智英三越伊勢丹執行役員MD統括部デジタル推進グループ長
接客アプリを導入したのは店舗と同様の買い物体験をオンラインで提供する単なるデジタルの活用でなく、お客様とつながりをより深めるためです。20年6月に伊勢丹と三越のECサイトを統合し、アプリを刷新しましたが、お客様が求めているのは何か、デジタル化して喜んでもらえるのかを第一に店頭とオンラインのシームレス化に取り組んでいます。
これまでECサイトの利用状況や購買データを分析してきましたが、それだけではお客様の本当の声は分かりません。我々の顧客データ分析は推測にすぎません。接客アプリではチャットでの会話履歴が残るため、お客様がどのような理由で購入に至ったのかが分かり、社内共有できます。デジタル化がECだけでなく、店頭を含めた新しい購買体験につながるきっかけになります。店頭での一人ひとりのお客様ごとにパーソナライズされたレコメンド情報を適切なタイミングで届けるような未来型の百貨店を目指していきます。
今回のアプリは3カ月間で開発しました。短期間にテストを繰り返すアジャイル方式で、(社長を兼務する)IMデジタルラボのIT専門家と三越伊勢丹の売り場メンバーが共創しました。外部のベンダーをほとんど使わず、これまでにない短期間でスタートすることができました。
(繊研新聞本紙20年12月15日付)