【連載】中小企業と事業承継⑤ 難しい六つの理由

2019/03/04 06:30 更新


【知・トレンド】《入門講座》中小企業と事業承継⑤ 難しい六つの理由

 緊急かつ重要な課題であるにもかかわらず、なぜ中小企業では事業承継が進まないのでしょうか。理由を六つ挙げましょう。

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 第一に、経営と所有の一体性です。中小企業では、経営と所有が分離されていません。経営者というポストを人事異動のように引き継ぐだけでは不十分で、株式や不動産なども引き継がなければなりません。ところが、引き継ぐ側は、資産を買い取る資金をもっていません。また、経営者が死亡した場合は、相続もからみ、話は余計にややこしくなります。

 第二に、タイムスパンの長さです。中小企業には大企業と異なり、後継者レースがありません。経営者に任期はなく、周囲から後継者の話を切り出すのはタブーに近い雰囲気さえあります。

 一方で、後継者候補を探し、育成するにも時間がかかります。経営者の交代が定例化されていない中小企業にとっては、数十年に一度の大イベントであり、強い意志と計画性が求められる作業なのです。

 第三に、人材不足です。その度合いは、大企業に比べて知名度が劣り、給与水準の低い中小企業のほうが深刻です。人材不足は、供給制約や採用コストの増加といった目先の不利益をもたらすだけの問題ではありません。若手が手薄となれば、将来の幹部候補が減り、後継者候補者も減ります。身内に適任者がいない企業にとっては、候補者を探すことさえままならない事態となりえます。

 第四は、情報の非対称性と規模の経済性です。事業を売却する場合、論点の一つとなるのが価格の妥当性です。中小企業は大企業と異なり、開示されている情報が限定的です。売る側と買う側の間の情報の非対称性が大きいため、客観的な価格を示すことは簡単ではありません。しかも、価格の算定やマッチングにも費用がかかります。仲介会社への手数料は譲渡金額に一定割合をかけた成功報酬型が一般的ではあるものの、たいてい最低ラインの定めがあります。売却価格が低すぎれば、費用倒れとなってしまう懸念もあります。

 第五は、従業員の高齢化です。経営者と同じように、従業員も年齢を重ねていきます。大企業と異なり、従業員数人の小所帯では、下手をすれば、事業承継時には引退間際の古参従業員ばかりということもありえます。そういう企業は早晩、従業員の技能承継問題にぶつかります。

 結局のところ、経営者の交代だけの話では済まず、組織全体のデザインをどうするか、仕事の進め方をどう変えるか、といった問題に行き着くことになります。

 第六は、事業の継続に対する意識の変化です。自分の代で会社を畳もうと考える大企業の経営者は、ほとんどいないでしょう。しかし、後を継ぐかを迷う息子に、大企業や公務員の道を勧める中小企業経営者は少なくありません。当人が望まないのに、事業承継を進めるわけにはいかない難しさがあります。

(藤井辰紀日本政策金融公庫総合研究所グループリーダー)

(繊研新聞本紙2018年12月17日付)



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