【パーソン】バンダイナムコエンターテインメント社長 宮河恭夫さん 挑戦と情熱が空気を変える
「ガンダム成長の立役者」「ガンダムと言えば宮河」。ゲームソフト大手、バンダイナムコエンターテインメント(BNE)の宮河恭夫社長は、そう呼ばれている。「機動戦士ガンダムSEED」のアニメ音楽だけでライブイベントを開催したり、お台場に等身大ガンダムを立たせたりと、業界の常識を覆す企画を次々と手掛けてきたからだ。業界は異なるが、固定概念を打破する発想はファッション業界にも求められる。エンタメ業界のレジェンドに、新しさを生み出す組織作りの要諦を聞いた。
ブレない芯と変化対応が長寿の理由
――ゲーム事業でも新型コロナウイルスの影響はありましたか。
開発の遅れなどがありましたが、他産業に比べれば影響は少ないでしょう。巣ごもり需要の高まりで、ダウンロード数が増えたり、数年前に発売したクオリティーの高いゲームが海外で改めて売れたりしています。
「パックマン」では、4月24日から5月10日にかけて16年にリリースしたゲームを、全世界で無料ダウンロードできるようにしたところ、300万もダウンロードされました。国別に見ると1位は中国、2位はロシアです。米国での人気は有名ですが、こうした国々の潜在需要を知ることができました。中国ではその後、アリババとアパレル中心のECサイトをオープンし、かなり売れています。
――そのパックマンですが、今年は誕生して40年という節目の年に当たります。なぜここまで長らく支持され続けたと思いますか。
昨年放映40周年を迎えた「機動戦士ガンダム」もそうですが、芯をブラさなかったことが大きいと思います。「パクパク食べる」「覚えやすいルール」「イメージしやすい形」――といったパックマンの芯となる部分を、ずっと守り続けてきたことが影響しています。一方で、テクノロジーや時代の変化に合わせ、変えるべきところを変えてきたことも、支持されてきた要因です。近日中にリリースする、アマゾンと共同開発したライブスタジオゲームでは、eスポーツを意識し、対戦形式で競技色を強くしています。
――パックマンの40周年企画では、アパレル・ファッション分野との協業が盛んですね。
「キプリング」や「チャンピオン」「ジーユー」、時計の「タイメックス」などとコラボレーションしています。担当者には「パックマンを単なるレトロなキャラクターとしてではなく、クールで可愛いイメージを付けられるようにしよう」と指示しています。アパレルメーカーは、「今風の80年代」をうまく再現してくれたと思います。ハイブランドと積極的に協業した結果、ブランドイメージも一段上がりました。
――パックマン関連の売上高と目標値は。
パックマン関連の市場規模は開示していませんが、ゲームやライセンス、広告・映像許諾などのセグメントを含めた規模を、25年の45周年までに今の6倍にしたいと思っています。これは全世界での総計です。
我々のビジネスは今、ワールドワイドになっています。あるゲームタイトルの地域別売上比率は、日本・アジアが2割、北米が5割、ヨーロッパが3割。フィジカルな売り場(実店舗)よりデジタル(ネット)で買う人が増えている今は、国単位ではなく、言語の比率でビジネスをすることが重要になってきています。どの国にいても、自分の言語のものをダウンロードすればいいわけですから。そうやって見ると、日本語は全体の10%を切る水準です。
――社員に挑戦を促すために、社内でどんな仕組みを作っていますか。
新規事業を企画・発表するコンテストを開くなどして、育成に努めています。そういったプレゼンテーションではたいてい、資料の最後にエクセルの表で3年計画が記されていますが、私は絶対に見ません。あれは「数字遊び」だといつも思っています(笑)。
重要なのは、当事者に情熱があるかどうか。昨年、Bリーグ所属のプロバスケットボールチーム「島根スサノオマジック」の経営権を獲得した際も、検討段階で重視したのは、このチームに骨をうずめる覚悟を持つ人がいるかということでした。当然、企画書にはエクセル表が付いていましたが、例によって私はそれにまったく目を通しませんでした。当時は社長に就任したばかりで、私がその表を見なかったことに衝撃を覚えた社員も多かったようですが……。
我々はお金でお金を動かすようなビジネスをしているわけではありません。モノやサービスを作ってお金を生み出すのは情熱以外、何もないんです。だから、費用対効果だけを考えていても分からないじゃないですか。数字だけに頼り過ぎた経営は面白くありません。
ゲーム企業から総合エンタメ企業へ
――そもそもゲーム会社がなぜバスケチームを取得したのでしょうか。
今、当社売り上げの93%がゲームによるものですが、社名に「エンターテインメント」と付くように、それに限る必要はありません。エンターテインメントであれば、ゲームに限らず何でも事業の対象にすべきです。当然、プロスポーツチームもエンターテインメントの一つです。
私の出身であるバンダイでは、「仮面ライダー」やガンダムといったIP(知的財産)を商品化することで利益を出していました。BNEでも、例えばパックマンというIPを活用してTシャツを作ることはあり得ますし、自動車とコラボレーションするのも良いのです。
もっとIPを軸とした戦略を組めるようにするため、この4月に組織を改編しました。従来はスマートフォンや据え置き型ゲーム機など“出口”別の組織でしたが、4月以降は「ドラゴンボール」や「アイドルマスター」などIP別に変えたのです。
例えば、これまで別々だったライセンス担当とゲーム開発担当がIPごとに同じチームになりますので、あるIPのゲーム内にライセンシーの商品を入れてみたり、ライセンシーのWEBサイトにゲームの要素を入れたりといったアイデアが浮かびやすく、連携も取りやすくなるわけですね。現場からもシナジー効果を高めやすくなったと聞いています。
また、担当するIPのことを四六時中考えるようになるので、社員の中にはある種の覚悟が出てきたように感じます。担当するIPのことを一人でハンドリングできるようになるのが理想です。社外の人からすると、何かを依頼しても「それは違う部署のことなので分かりません」と言われるのが一番嫌なことですからね。私は長くガンダムを担当し、ガンダムの戦略をずっと考えていましたから、このような発想になったのでしょう。
――そのガンダムでは今、横浜で1/1スケールのガンダムを動かすプロジェクトを進めているとか。なぜそんなアイデアを思いついたのでしょうか。
サンライズの社長時代、ガンダム放映30周年にあたる09年に、お台場で18メートルの立像を作りました。ガンダムで周年企画をしようとすると、普通の人は新作映画を作ると思いますが、私は映像出身者ではないので、何のこだわりもなく実物大のガンダム立像を発案できたんです。お台場の潮風公園で披露したところ、50日強の期間に415万人を動員しました。そこで、「立っているだけでそれだけの人が来たんだったら、動いたらもっと来るんじゃないの?」と思い、今回は動く企画にしたんです。本来なら今夏に披露する予定だったのですが、コロナの影響で延びてしまい、今のところ発表時期は未定です。
立像を企画した際、費用対効果や安全面から、役員の多くは反対しましたが、結果は大成功でした。人は新しいことをしようとすると、たいていは反対します。これは人間の性です。責任を逃れるためには、とりあえず反対しておけば楽ですから。逆に、見たことないものに賛成するのは勇気がいりますよ。こういう空気を変えるのは、やはり当事者の熱。情熱だと思います。
――とはいえ、新しいことが全て成功するわけではありません。思い出深い失敗は。
バンダイにいた40歳ごろに、「ピピンアットマーク」というマルチメディア機をアップルと共同開発したのですが、270億円もの赤字を出してしまいました。当時のバンダイの経常利益を大きく上回る大変な額。赤字額が20億、30億円ならリアリティのある数字ですが、270億円は当時のバンダイからすると、まるでファンタジーのような数字です。
会社に迷惑をかけて、「辞めなきゃいけないかな」と思っていましたが、当時の社長から「一生働いて返せ」と言われ、留まりました。辞めさせなかった当時の社長はすごいと思います。
会社は、敗者復活戦がなければいけません。失敗しても、再度チャレンジできる風土が無いと、皆、失敗を恐れて何もしなくなります。実際、成功している人はたいてい、失敗の数も多いんです。一番怖いのは、何もチャレンジせず、波風を立てないようにじっとしている人がいっぱい出てくること。大きな会社なら、それでもそこそこ生きていけますからね。しかし、この産業はとにかく守りに入ってしまっては終わり。常に挑戦を続けないとダメです。
■バンダイナムコエンターテインメント
05年にバンダイとナムコが経営統合し誕生したバンダイナムコホールディングスの100%子会社。モバイルやパソコンなどで楽しめるゲームアプリの企画・開発・配信、家庭用ゲームの企画・開発・販売、ライブイベントの企画、グッズ販売などを手掛けている。バンダイナムコグループは、「機動戦士ガンダム」「アイドルマスター」「ラブライブ」「コードギアス」「パックマン」といった国民的作品のIP(知的財産)を豊富に保有しており、BNEではそれらの世界観を生かすゲームを多数手がけ、人気を博している。今年生誕40周年を迎えた「パックマン」は世界的にも認知されており、「最も成功した業務用ゲーム機」としてギネス・ワールド・レコーズから認定された。そのほか同社では、和太鼓リズムゲームの「太鼓の達人」シリーズや、格闘ゲームの「鉄拳」シリーズなども販売している。20年3月期の売上高は2403億円、営業利益は247億円。
《記者メモ》
「エンターテインメント」と社名に付く会社の代表だけに、宮河社長自身もエンターテイナー。紹介されるエピソードや例え話が面白く、取材中は笑いが絶えなかった。
一方で、BNEの社員だけで約700人いる組織のあり方について話が及ぶと、「決断の遅さや組織としての縛りにより、大きいことが逆にマイナスになっている」と危機感を募らせる。その背景にあるのは、やはりデジタル化の波。「メーカーに頼らず個人がネットでゲームを配信できるようになっているので、100万人、200万人のファンを抱えているユーチューバーやゲームクリエイターがモノを作って独自に売ればヒットしてしまう。大手の優位性は意外なほど無く、ボヤっとはしていられない」と強調する。
ただ、このテーマに対する宮河社長の解は明快。「この産業は守りに入ってしまっては終わり」として、常に挑戦し続けることを説く。
生活必需品としての要素があるとはいえ、繊維・ファッション業界もゲーム業界と似た面を持ち、同じような課題に直面している。誰もが決して守りに入らず、時には新規領域に骨をうずめる覚悟を持って、果敢にチャレンジしたい。
(杉江潤平)