■ベジタルな写真フェスティヴァル お伽の村、ラ・ガシイLa Gacilly
仏西部、ブルーの海に囲まれたブルターニュ地方にラ・ガシイという人口2200人の村がある。ここでは毎年夏、写真ファスティヴァルが開催され、30万人が訪れる。
パリからランスまでTGV(仏新幹線)で約2時間。そこから車で1時間弱。マイカーがなければ、かなり不便な場所。それにも関わらずこの驚くべき来場者数は、今年で13回を迎える写真フェスの魅力を語る。
ラ・ガシイは、イマージュ(写真)の中に浸っている村。ブレル川が流れる豊かな緑の中、林に、川沿いに、坂道に、公園らしきところに、雑草の生えた空き地に、写真が展示されている。
ブレル川を泳ぐ鯉のぼり
この小さな村は、フランス国内最大の屋外写真展の規模を誇る。実際回ってみると、時計の針(気分的にアナログ)は2回転ちょっと。散歩よりハイキング、はたまたお伽の村巡り。
このフェスティヴァルの創設者は、ラ・ガシイの村長さん、ジャック・ロシェ Jacques ROCHER さん。ジャックさんは、父親のイヴさんがこの村で1959年に創業し、今では仏優良企業に成長した植物性化粧品「イヴ・ロシェ」の2代目。
1991年に環境保護を目的としたフォンダシオン・イヴ・ロシェを創設し、現在世界30か国で26の植林プロジェクトに力を注いでいる。ちなみに、あの「プチ・バトー」もイヴ・ロシェの傘下。
ジャックさんは、「編集力、現代性のあるテーマ、写真と風景の調和、総ての人に開かれた文化」が、小さな村の大きな写真フェスの成功をもたらしていると話す。
ブルターニュですから。おやつにあたたかいコレを食べながら写真を見ましょう。
■テーマは「日本」、そして「海」
東日本大震災から今年で5年。キャノン、ニコン、フジをはじめ日本のメーカーは知られているが、フランスでこれまで日本の写真家を招待したフェスティヴァルが過去にあっただろうか?と、ラ・ガシイ2016年は日本、そして環境の視点から海をテーマに、13人の日本人写真家と8人のフォトジャーナリストの作品、日本や環境にまつわる作品と合わせて26の展覧会を村に開いている(9月30日まで、詳しくはこちらで)。
林の中に、赤い両部鳥居(日本人の目にはステレオタイプな演出)。これをくぐると、水谷吉法の シリーズ” Tokyo Parrots “、Kiiroのコスモスの写真など、若手写真家の詩的な作品が木々の間に生息しているように並ぶ。
水谷吉法 ” Tokyo Parrots “
干物のような鯉のぼりが掛けられた橋を渡ると、土田ヒロミが人の群れに視線を向けたシリーズ「新・砂を数える」で、日本の人口に溺れていく感覚になる。
村の銀座通りのようなフランスの田舎を絵にしたような坂道には、木村伊兵衛に師事した田沼武能が写した戦後の東京がある。すばらしい写真だ。
田沼武能 ” Young couple in a handmade car ” , Tokyo 1962
銀座通りから迷い込んだように脇道を抜けると、工場か何かの跡地には、20世紀初頭に撮られたブルターニュの漁師たちのド迫力記録写真。
村の外れに作られた野性的な日本風庭園には、小原一真の福島第一原発と東北沿岸部の報道写真、新井卓がダゲレオタイプ(銀盤写真)で記録した原発周辺の風景と住人たちの姿がある。
ダゲレオタイプでフクシマを見る
樫の大木が覆う自然空間に、何やら砂浜や砂丘が現れる、ではないか。
日本を代表する写真家にとどまらず、世界の写真史に名を刻む植田正治(1983-2000)。鳥取県の境港に生まれ、自身の妻と4人の子供たち、地元の人々を被写体にした演出写真は、世界共通語で「植田調 / UEDA CHO 」と呼ばれている。
左から、カコちゃん、カコちゃんの弟ミミ(充)、現在の寛さん、14才の寛さん
シリーズ「砂丘モード」と1948~50年の作品が並ぶ。
木々の緑のホリゾントで見る、40年代からの家族の写真から80年代のメンズビギのモード写真「砂丘モード」からは、新たなスケール感が伝わってくる。
フェスティヴァルの内覧会には、植田正治の孫で植田正治事務所の増谷寛さんが招待写真家たちと来仏。船の模型を持った少年(写真)の正体、実は14才の寛さん。仏国営放送局をはじめ現地のメディアから、当時の思い出話は?と質問攻めにあっていた。
砂浜に配置された植田家の人々。すばらしい演出ですね
✴︎勝手に推薦しちゃう夏休みの本✴︎
カコちゃんが語る植田正治の写真と生活
増谷和子著 平凡社 定価1800円+税
さてさてこちらは寛さんの母で、植田正治の愛娘、植田調に欠かせなかったモデルのカコちゃん(増谷和子さん)が綴る写真が大好きで、ハイカラ、いくつもの面白い顔を持つ「おとうちゃん」の思い出話に、未発表写真と代表作を収録した、思わずウレシい悲鳴が上がる大変ありがたい書籍。
カコちゃん、もっと語ってくれないかな、と続編を期待しています
ラ・ガシイへの道のりは遠い分、お家にいながら植田正治の日々をこの本で。
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。