ボンジュール、パリ通信員の松井孝予です。フランスには摩訶不思議な読み方をする地名があります。
例えば REIMS _
仏シャンパーニュ地方で醸造される発泡性白ワイン_本家フランス語ならLa Champagne ラ・シャンパーニュ、英語ではシャンペイン、カタカナ読みではシャンパン。このシャンパーニュをお好きな方ならご存知のはず。
REIMS と書いて「ランス」と読みます。ランスはシャンパーニュ地方にある、(もちろん)シャンパーニュの産地のひとつとして名の知れた都市です。ちなみに1991年にランスにある大聖堂と、サンレミ大修道院と宮殿、そして2015年にシャンパーニュ地方の丘陵と、シャンパーニュメゾン、カーヴ(地下貯蔵庫)、セラーがユネスコ文化遺産に登録されました。
さて。発泡する白ワインならシャンパーニュと呼べる、という訳にはいかず、シャンパーニュ地方で作られた泡立つ白とかバラ色(ロゼ)のワインだけが、AOC(原産地統制名称)「シャンパーニュ」を名乗れます。シャンパーニュと同じ醸造法でも、スペイン産なら「カヴァ」(これも美味しい)だし、フランスなら「クレモン」(これも美味しいのは美味しい)というお名前がつけられます。
若手ソムリエのひとり、グウイルヘルム・ドゥ・セルヴァルのベストセラーワイン読本によると、(出どころは明記されてないのですが)世界で使われる仏語ランキングの2位が「シャンパーニュ」だそう。1位はおそらく「ボンジュール」、いやいや「モード」に違いない(「アムール」かも)。
ここでつい夏向けの一話として、シャンパーニュ地方の白ワイン(「静かなワイン」とも言われる)は17世紀、あのドン・ペリニヨンさんが泡立てた、とか、セパージュ(ぶどう品種)がなんたらかんたらとか、知ったかぶりに書きたくなる可愛くない性格を抑えつつ(これはまた別の機会に)。
今回はランスにある、シャンパーニュメゾンで最大のドメンヌ(ドメイン/領地)を誇るポメリーPOMMERYへ。
テイスティングではなく、現代アートを見にいったお話です。日本から渡仏できないのに、そんなの書いても無駄じゃない!と思われてもしょうがないし、しかもこのレポートは長い。ということで、タイムパフォーマンス志向の方々のためにファスト映画風に、最初にこれだと書いておきます。
再びパリを見る日がやってきたら、そして1日だけどこかに出かける余裕があったら、ポメリーへの小旅行、お勧めです!
パリから近い、見学の予約は不要、すばらしいカーヴとセラー、醸造学と現代アートを同時に体験できる、伝統のフランス料理が気軽に味わえる、アール・ヌーヴォーの邸宅などなど、「これぞフランス」を満喫~
法律家、作家、そのうえアートもマルチだったエンルスト・テオドール・アマデウス・ホフマン Ernst Theodor Amadeus Hoffmann (1776-1822)は、かの音楽評論集『クライスレリアーナ』(Kreisleriana 1814-1815)で、「まじめな作曲家がオペラコミックを創作するときはシャンパーニュを飲め。シャンパーニュの中に、人々が求める泡立つ楽しさ、軽快な陽気さがあるから」というようなことを書いています。
オペラコミックに限らず、クリエーションや生活にインスピレーションを与えてくれるシャンパーニュ。それではこれから、ポメリーのドメインへ_
https://www.vrankenpommery.com/visites/en
https://www.vrankenpommery.com/pommery-experience
https://www.champagnevranken.com/great-craftsmanship
マダムポメリー Madame Pommery
パリ東駅からTGV(フランスの新幹線)で約45分。日本の感覚なら通勤圏内に広がるランス。そこから車で10分ほどいくと、1836年創業ポメリーのドメンヌに到着。
ランスのシャンパーニュメゾンはどうも未亡人が革命を起こすのが慣しなのか?このドメンヌはマダムポメリーの偉業の宝庫。
創業者のアレクサンドル=リュイ・ポメリーが1858年に亡くなり、メゾンを継いだ未亡人、ジャンヌ=アレクサンドリーヌ・ポメリー Jeanne-Alexandrine Pommery が当時のシャンパーニュ産業に革命を起こす!
1863年から醸造場所、ストック、その他諸々散らばっていたものを1か所に集め、25ヘクタールのぶどう畑を開拓。
10年以上の歳月を費やした「世紀の大工事」で白亜質の土地を掘り18キロメートルに及ぶカーヴ(地下貯蔵庫)に60のセラーを完成させる_
これが現在総面積55ヘクタールのポメリーのドメンヌ。
パリのコンコルド広場とチュイルリー公園に匹敵する広さです。
おっーと忘れてはいけない。
シャンパーニュのブリュット Brut(辛口/現在の規定では1リットルあたり糖分15グラム以下)を発案したのはこのマダム、メルシーボークー!
1874年にマダムポメリーが、「品質を変えることなく出来るだけドライなシャンパーニュを」と
カーヴのチーフに開発させたのが、今に伝わるブリュットなのです。
シャンパーニュメゾンポメリーと現代アート La Maison Pommery et l’art contemporain
エクスペリアンス ポメリー EXPERIENCE POMMERY
地下30メートルで鑑賞する現代アート
ポメリーが誇る地下30メートルのカーヴ。
18キロメートルの白亜質のギャルリー(回廊)には60ものシャンパーニュセラーがあります。
2002年にポメリーの所有者となったアート愛好家、ポール=フランソワ とナタリーのヴランケン夫妻 Paul-François & Nathalie Vranken が、「ここ」で新プロジェクトを!とスタートさせたのが、エクスペリアンス ポメリー EXPERIENCE POMMERY。
(エクスペリエンスはフランス語読みだとエクスペリアンス )
毎年テーマを掲げ、地下30メートルのシャンパーニュの貯蔵庫にアート作品をインスタレーションするという、(おそらく)世界イチ深い場所での展覧会です。
これまでのキュレーターはダニエル・ビュラン、ベルトラン・ラヴィリエら世界的な仏人アーティストや、この6月までポンピドゥセンター国立近代美術館のディレクターを務めたベルナール・ブリステーヌと超豪華な顔ぶれ。
15回目を迎える今年のテーマは、「アントロセプション Introseption」(内省)。
26人のアーティストたちそれぞれが解釈した、閉ざされてしまった世界が、地下に眠る膨大な本数のシャンパーニュをバックに、次々と現れてきます。
地下30メートルでの閉ざされた空間で、地上で怒っているパンデミックがもたらした内省を見る、ような。
まさに他では得られることのない「ポメリーエクスペリエンス」を体験しました。
「人生とは果てのない繰り返し。怖がることはない、続けるだけ」
同展のキュレーター、ナタリー・ヴランケンさんのこの言葉を加えておきます。
BLOOMING まずは、花を! ブルーミング展
キュレーター
ランス美術館ディレクター カトリーヌ・ドゥロ Catherine Delot
Beaux Arts magazine 編集長 ファブリス・ブトーFabrice Bousteau
新型コロナウイルスのパンデミックはポメリーにもうひとつの展覧会を思いつかせました。
BLOOMING _ブルーミング
英語だとカッコいいタイトルですが、つまり花見展。いいですね~。
いつも大勢の見学客で賑わっていたドメンヌだったのに、都市封鎖で誰もいなくなった。これに耐えきれなくなったナタリー・ヴランケンさんが、「花を!」とアーティストに呼びかけたところ、アーティスト61人が花をテーマにした作品をポメリーに送ってくれました。
これにランス美術館(なかなかすごいコレクションをもっている)の所蔵品を合わせ、ブーケのような展覧会となりました。
ピエール&ジルによるキッチュな写真がゴーギャンとコローの絵画にはさまれるように展示されていたり。花の画家アンリ・ファンタン=ラトゥールのお見事なバラも。
絵画だけでなく、セラミック、彫刻、とスタイルも分野も時代もなんの境界線もなく乱れ咲いていまるのですが、同展のためにと2人のアーティストにオーダーした作品が目を引きます。
そのひとりが、ベルリンを拠点にする英国人Stephen Wilks、ステファン・ウィルクス(英語圏ではスティーヴン)。見学当日はステファンも、コロナウィルス陰性証明を手に国境を越えポメリーに来てくれました。
彼は自然や社会からテーマをみつけ、さまざまな媒体で表現を試みるアーティストで、今回制作したのは、“Bottle River"人間に必要な水が入ったペットボトル、でもそれが海洋を汚染する。
彼はこのパラドックスを、捨てられていたペットボトルをセラミックの型に利用し、繊細さとか、儚さを感じさせる花瓶にしたのでした。
ところでこのステファン。彼は、2000年からライフワークのように取り組んでいるプロジェクト「旅するロバたち/Traveling Donkeys」のために、青森県で活動していた時期があります。(カーヴでの展覧会エクスペリアンス ポメリーにも展示)
等身大の布製のロバを担いで世界を歩き、日常的な人々との出会いに刺激を与えながらネットワークを広げる_というのがプロジェクトの主旨なのですが、青森では「私を家につれていって」とメッセージを書いたロバ2頭に、りんご畑や海岸で働いている人たちと旅をさせました。
ステファンの端切れを集めて制作したロバは、ポメリーのカルノ CARNOT と呼ばれる1500平方メートルのセラー(現在は見学客のためのホール)に置かれたソファーにも寝そべっています。
そんなくつろいだ動物たちをボーっと見ていたら、側にいたその生みの親であるステファンがふと、「おばあちゃんはいつもシンガーのミシンを踏んいたんだ」_と昔話をしてくれました。
幼少時代の環境が旅するロバの要素のひとつになったのでしょうね。
地下で見る現代アート、時代も流派もカテゴリーも「花」でひとつのアートにした展覧会もポメリーだからできる技。
そしてもうひとつの大きな発見は、このメゾンはアートをマーケティングの手段にしないこと。本業のシャンパーニュとアーティストとのコラボレーションを一切しない。作品に関しても、アーティストに作品を依頼し、その材料費と制作費を払い、展示場所を提供する。時にコレクションとして購入することもあるが、それを目的に発注はしない。地元のランス美術館をメセナする、自社ドメンヌを利用し現代アートをメセナする。今時のラグジュアリーにこんなメゾンはあるだろうか_
ラ・ヴィラ・ドゥモワゼル La Villa Demoiselle
なんとこのドメンヌでは、アール・ヌーヴォーも見学できるのです。ラ・ヴィラ・ドゥモワゼルは1906年に建てられたアール・ヌーヴォーの邸宅で、ヴランケン夫妻によって見事に修復されました。
この邸宅丸ごとアール・ヌーヴォーの世界、100年前へのタイムスリップにハマります。
ル・レフェクトワール Le Réfectoire
この夏オープンした食堂(レフェクトワール)。ナポレオンの鶏肉料理とか、マルキーズ・ドゥ・セヴィニエのショコラとか、フランスの歴史を背景にした忘れられたレシピを復活させました。
ここでシャンパーニュとお料理と、美味しいひとときを過ごせる日が早くきますように_と祈りつつ。
それではアビアント!
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。