そごう・西武 百貨店再編第2幕の呼び水㊤

2016/11/14 10:49 更新


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更なる店舗の売却、閉鎖

 セブン&アイ・ホールディングスはそごう・西武の関西圏3店をエイチ・ツー・オーリテイリング(H2O)に譲渡し、百貨店事業を縮小する。そごう・西武がセブン&アイ傘下になった06年を契機に、大手百貨店の経営統合が07~08年に相次いだ。足元では中間層をはじめとしたマーケットの縮小が続き、業界再編の動きが再燃する可能性が出てきた。(松浦治)

 

良さが消えた


 「これまで幾度にもわたるリストラと方針変更を繰り返し、その度に人材が流出してきた。かつての西武の良さが全てなくなってしまったことが悲しい」と西武百貨店出身の複数のOBは心情を吐露する。一連の構造改革は「落日の西武」を象徴する出来事として映る、という。

 「ファッションの西武」として輝いていた80年代までは若者文化とアートの発信拠点・渋谷店、売り上げ日本一を誇った池袋本店など当時の百貨店モデルの2軸で店舗基盤を築いた。その後は、そごうとともに、経営危機で壊れたストアロイヤルティーの復活に力を注いできた。

 セブン&アイが親会社となった06年以降は基幹店に改装投資を集中、自主売り場を拡大してきた。鈴木敏文セブン&アイ前会長が推進したオムニチャネル戦略ではPB開発を積極化した。

 しかし、この10年間、グループで相乗効果を発揮するまでの収益は生み出せなかった。そごう・西武は地方店の売上高が4割を占め、不採算店が多い。06年以降の歴代の百貨店事業会社の社長は、軌道に乗るまで時間がかかる百貨店事業をグループ内で理解してもらうことに腐心してきた。チェーンオペレーションで効率経営を指向するセブン&アイと、地域マーケットの最適化を目指しながらも高コスト・低粗利構造から抜け出せない百貨店の溝は埋まることがなかった。それでもセブン‐イレブンを核とした世界に例がないオムニチャネル戦略で、全方位型の小売りグループを構築するためには百貨店の存在価値は小さくなかった。

 

聖域ではない


 セブン&アイの井阪隆一社長による新体制の発足で、百貨店のグループからの切り離しが聖域ではなくなった。16年のそごう柏店など3店に続き、17年2月に西武筑波店など2店の閉鎖が決まっている。さらに、そごう神戸店、西神店、西武高槻店をH2Oに売却する。

 残る16店についても不採算であったり、黒字でも大規模な成長投資が必要な店舗が少なくない。井阪セブン&アイ社長は記者会見の席上で、H2Oとの提携交渉を「7月中旬ごろに我々からお願いした」と明らかにした。同時期に高島屋やJ・フロントリテイリングなどと水面下で交渉、結果的にH2Oに関西圏3店を切り売りすることになった。

 そごう・西武の不採算店閉鎖をはじめとした構造改革は必ずしも今回で完了にはならない。当面存続する16店の一括あるいは一部の売却も選択肢から消えていない。セブン&アイの「選択と集中」は今後の百貨店再編を後押しする衝撃になるかもしれない。

 不採算店の閉鎖と並行して8月からの2カ月間、希望退職を募集した。45歳以上の正社員が対象で、想定していた350人を超える応募があった。15日が退職予定日。更なるリストラ策に社員の動揺は計り知れない。

 そごう・西武の松本隆氏は6日付で社長を退任、顧問になった7日の店長会で「新しいことに挑戦し、考えることが大事。商品の独自性を徹底して欲しい」と話し、会場を後にした。

三ノ宮駅前に売り場面積4万2000平方㍍を構えるそごう神戸店

■そごう・西武の主な店舗閉鎖(予定含む)

16年2月 西武春日部店

16年9月 西武旭川店、そごう柏店

17年2月 西武八尾店、西武筑波店

(繊研 2016/10/12 日付 19568 号 1 面)


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