ボクシング×ファッション デザイナー・柳川氏に聞く

2018/10/06 07:00 更新


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【センケンコミュニティー】《ボクシング×ファッション》デザイナー・柳川荒士さんに聞く シンプルさが人を引きつける

 今回のテーマはボクシング×ファッション。最近、日本ボクシング連盟の話題が世の中を騒がせましたが、ボクシングの魅力にはまるファッション関係者は多くいます。ジムで汗を流す人、〝聖地〟後楽園ホール(ミニ知識①=ページ下部)で声を枯らす人――ボクシングとの関わり方は様々ですが、本物中の本物、元プロボクサーで、「ジョン・ローレンス・サリバン」デザイナーの柳川荒士さんのインタビューを中心に、ボクシング愛あふれるページを作ってみました。これを読めばあなたもボクシングから離れられなくなる!

選手時代の柳川さん

シンプルさが人を引きつける

高校で2冠獲得

――荒士くんのボクシングとの関わりはいつ頃、どんな感じで。

 アマチュアボクサーだった父が、ボランティアで高校のコーチや国体の監督をしていた関係で、幼稚園の頃から試合会場に連れていかれていましたね。小学校5年か6年の時、父から「勉強して大学に行くのか、ボクシングをして大学に行くのか選べ」と言われて、「じゃあボクシング」と。

 当時は今とは違って、ボクシングをする小学生や中学生が少なく、高校入学時点ですでにアドバンテージがありました。ボクシングの良いところは分かりやすいところ。基本的には殴る行為ですし、シンプル。そこが人の心をひき付けるんでしょう。

――現役時代のスタイルは。

 ボクサータイプ(ミニ知識②)です。階級にしては身長が高く、対戦相手よりも大抵10センチは大きかったので、距離を取って戦うスタイルでした。父にとってのアイドルが、シュガー・レイ・レナード(ミニ知識③)だった影響もありますね。父の教えは「クリンチ(ミニ知識④)して逃げるくらいなら負けろ、タオルを投げるぞ」というもの。自分のスタイルを貫き通せなくなったときは負けるときだと。だから最後の試合までクリンチはしなかったですね。


――自分はパンチが強い選手が好きなんだけど。ロベルト・デュラン(ミニ知識⑤)とか。

 彼はああ見せておいて、テクニックがすごいんですよ。そこにあの石の拳がある。マイク・タイソンとかもパンチが強すぎてそこがフォーカスされがちだけど、当てるまでにいろんな物をまいている。ボクシングってシンプルだけど、単純なものではない。瞬間の判断も必要で、相手ありきなので、リズムを壊されると何もできなかったり、予想がつかないのもボクシングだと思います。

――ボクサーとしてのキャリアを本格化させたのは高校時代から。

 そうですね。広島の崇徳高校に入学して、本格的にボクシングに打ち込みました。3年生の時にインターハイのモスキート級(ミニ知識⑥)と国体のライトフライ級(ミニ知識⑦)でチャンピオンになりました。チャンピオンになったこともあって、大学だけでなく、プロのジムからも誘われましたが、一番の夢はオリンピック出場。そのため、大学進学を選んだのです。五輪選手を輩出していた中央大学に進学しました。


――高校時代と比べると大学のボクシングのレベルは。

 全然違います。高校のチャンピオンクラスでも大学に行くと、補欠の選手に負けてしまうくらいですから。ただ、自分の場合、なぜか大学に入学してすぐ、監督の判断で関東大学リーグ戦に出場。初戦でいきなり前年度の国体王者(成年の部)に当たったのですが、判定で勝利しました。そこから勢いがついて、1年生からナショナルチームに入ることができました。アトランタ五輪は、国内予選を勝ち抜いたものの、アジア地区最終予選で敗退。残念ながら出場できませんでしたが、4年間ずっと試合で世界を回りました。

鳥肌が立ったラストファイト

――97年に白井・具志堅スポーツジムからプロデビューした。

 アマチュアの実績から6回戦(ミニ知識⑧)でのデビューで、テレビ中継も付きました。ボクシングスタイルの影響もあって、試合では「もっと打ち合え」ってよく言われましたが(笑)。戦績は12戦9勝(3KO)2敗1分。現役最後の試合は、後にWBC(世界ボクシング評議会)スーパーフライ級チャンピオンとなった川嶋勝重さん(ミニ知識⑨)との一戦です。

――川嶋さんとの試合は特別な思いがあるのでは。

 9カ月のブランク明けの一戦で、良い相手と組んでもらったと思えた試合でしたし、一番面白かった。プロに入って初めてドキドキ、興奮しました。恐怖心とわくわくが共存する感じというか。前半から動きがキレキレで、自分が成長できている、伸びていることが実感できました。6ラウンドくらいでスタミナが切れ、7ラウンドに力尽きたのですが、途中すごく苦しいところを何度も乗り越えることができた試合でした。

 実は試合前からこの一戦で引退すると決めていたので、試合後ロンドンに飛び、1カ月くらい滞在しました。帰国後、ジムに「やめます。疲れました」と伝えたのです。今、思い返しても、アドレナリンが出まくって、鳥肌が立ったラストファイトでした。プロの厳しさを教えてもらったとも言えます。


――ボクサーが引退すると抜け殻になって、先を見いだせず、また戻ってくるケースも多いが。次のステージに進むことに抵抗はなかった。

 ボクシングとファッション、好きなものが二つあったので。中学生の頃から服が好きで、現役時代にも周囲にファッション業界に通じた人が多く、色々と紹介してもらったり、学ばせてもらったり。時代も良かったのかもしれませんが、古着を買ってきて、自分で作ってみようとか。25歳で引退し、27歳でブランドを始めました。もしファッションが好きでなかったら、やめたボクシングを再び求めていたかもしれませんね。

 ジョン・ローレンス・サリバンは15年も続けていますが、自分たちの枠の中でやりながら、スタッフも変わらずにいられるってなかなかないですよね。色々な部分で恵まれているのかなと思っています。


自分スタイル 服でも貫く

緊張感と恐怖

――ボクシングとファッションあるいはデザイン、何か共通点は。それとも全く違う。

 似てますよ。準備期間が長いところなんて。ショーは年2回。ボクシングもプロは年に3試合くらい。それに今の仕事も減量みたいですよ。もりもりデザインしてそぎ落としてそぎ落として。デザイナーの仕事って、点のアイデアを線にしてストーリーにするんですが、そこからそぎ落とす中で、良いアイデアだけど今回は外そうとか。限られた資金や体数の中で表現しないといけない。

 そしてデザイナーもボクサーも試合の日が決まっています。切迫感があるんですよ。戦う緊張感と恐怖とは別に体重の恐怖もあって、本当に落ちるのかと。現役時代の減量は1カ月で約8キログラム。最後の3キログラムはサウナに行っても汗も出ない。水を飲んだ夢を見て夜中に起きて、思わず体重を量りに行く。試合までの1週間はその繰り返しでした。

――父親から教わった、みっともないボクシングはするな、ということは今の仕事でも貫いている。

 服もこうあるべき、こういうのが好き、という思いで作っています。違うやり方もあるのかもしれないけれど、自分らしさを大事にして、これからも面白いことや新しいことを探していきたいですね。

聞き手=小笠原拓郎繊研新聞社編集委員 オフィスでは仕事以外の会話はボクシングか担々麺というボクシングマニア。最近は、食事もマイク・タイソンがとっていたメニューをまねするほど。


 やながわ・あらし
「ジョン・ローレンス・サリバン」ファウンダー兼デザイナー。75年広島県生まれ。03年「ジョン・ローレンス・サリバン」設立。07年春夏から10年秋冬に東京コレクション参加、08年旗艦店を東京・中目黒にオープン、10年春夏からウィメンズラインスタート、11年秋冬から14年秋冬にかけてパリ・コレクションに参加、17年秋冬からロンドン・コレクションに参加。


ボクシングミニ知識

①後楽園ホール=格闘技の聖地と呼ばれる多目的ホール。東京ドームに隣接している。

②ボクサータイプ=相手から距離を取って戦うタイプのこと。反対に近距離で戦う選手をファイタータイプと呼ぶ。

③シュガー・レイ・レナード=主に80年代に活躍した米国のプロボクサー。スピード、テクニックに優れ、世界主要団体の5階級を制覇した。

④クリンチ=対戦相手に抱きついて相手の攻撃や動きを止めること。

⑤ロベルト・デュラン=パナマが生んだ英雄。「石の拳」というニックネームが示すようにハードパンチで知られ、世界4階級を制覇した。

⑥モスキート級=アマチュアボクシングの階級の一つで、45キログラム以下。今はピン級と改称されている。

⑦ライトフライ級=49キログラムまでの階級。

⑧6回戦=6ラウンド(1ラウンド3分)を戦う試合のこと。プロボクシングのライセンスにはA級(8回戦以上の試合に出場できる)、B級(同6回戦以上)、C級(同4回戦以上)があり、大部分のボクサーはC級からのスタート。ただ、アマチュアで一定以上の実績がある選手は、B級ライセンスを取得し、6回戦からデビューすることがある。

⑨川嶋勝重さん=第17代WBC世界スーパーフライ級チャンピオン。21歳で大橋ジムに入門し、世界チャンピオンまで上り詰めたたたき上げのプロボクサー。通算戦績は39戦32勝(21KO)7敗。

(繊研新聞本紙9月7日付)


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