東京農業大学生物産業学部自然資源経営学科助教 小川繁幸さん 農業×ファッションで付加価値

2020/12/13 06:29 更新


 衣食住のライフスタイル分野との連携を強めることで、農家をカッコ良く演出し、農業の高付加価値化に努めている。東京農業大学の「農業女子プロジェクト」参画を推進したほか、ファッションに関する取り組みでは近年、カジュアルウェアメーカーのドリームワークスとの協業に積極的に取り組む。経営学の視点から、農業が今やるべきこと、ファッションと協業する理由や目的を聞いた。

誰がどう作っているかが重視される

 ――今、日本の農業の課題は。

 根底にあるのは他産業と同様に、人口減少、少子高齢化によって農業の担い手が減り、これから先も減っていくだろうということです。就農人口は00年からの20年足らずで50%以上減り、18年で約175万人です。さらに日本の農業は輸出に弱いので、今まで通りのやり方では農家が生活を維持できなくなっていくのです。もちろん、国内にも稼ぐ農家はいて、業界のトップランナーと言われる人々の年商は10億円を超えると言われています。

 ――課題にどう立ち向かう。

 様々な推計値から考えないといけないのは、マーケットがどうなるかということです。国内は縮小傾向ですが、世界的に見れば人口増加で食料需要は拡大しており、成長産業という見方もあります。私が考えるこれから農家がやるべきことは主に二つ。大規模化や機械化、物流改革による〝低コスト化〟と、生産・加工・販売を一気通貫する6次産業化による〝高付加価値化〟です。特に私が力を入れているのが、高付加価値化です。

 農業の6次産業化において最も大切なのは、農作物をどう加工するか、どう売るかよりも、どう差別化し、ブランド化していくのかという視点です。そして今、消費者の価値観の変化にともなって、農家自身がブランド化していかなくてはいけない状況を迎えているのです。

 昨今、食料品のトレーサビリティー(履歴管理)の強化によって、原材料表示がかなり厳しくなっています。〇〇産といった地域指定はもちろん、農作物は生産者履歴も分かる仕組みになっているので、〝誰がどこで作ったか〟という情報まで追えるのです。

 農家が低コスト化や高付加価値化を目指すにつれて、中間流通を省略し、農作物をオン・オフラインの双方で消費者に直接販売するという動きが強まっていますが、そうなると消費者は、誰がどこで〟どうやって作ったか〝という情報までを追うようになりました。

 これは消費者だけでなく、レストランのシェフなど農作物のバイイングに関わる人たちも同様です。農業は一般的に、汚い、危険、過酷の〝3K〟というマイナスイメージを持たれているのですが、それでは商売にならなくなってきている。畑や道具、農機などの衛生管理に加え、農家自身も第一印象に気を配らなくてはいけなくなってきています。

 農作物の販売において重視されるのは、モノの情報ではなく、ヒトの情報に変わってきました。農家はこの現状を認識し、意識を改革する必要があるのです。だから、農家をカッコ良く演出することが大事であり、衣食住の生活様式3要素との連携、特にファッションとつながることを重視しています。

 ――なぜファッションなのか。

 カッコ良い農家に憧れて、農業の担い手の維持や確保につながって欲しいからです。加えて、個性や自己を表現していくうえでファッションの力は絶大であり、欠かせないものだと思っています。農業だけでなく、様々な産業で個が重視される時代になっています。そのため、仕事着こそファッショナブルである必要があると私は考えています。農業をビジネスとしている農家も、当然ファッションに関心を持つべきなのです。

 大学で仕事をしていると周囲から「ちゃらちゃらした格好をしているな」とよく言われます。ファッションが好きなので半分は正しいのですが、もう半分は違っていて、大学の先生のイメージを壊したいという気持ちがあります。大学の先生然とした格好では、地域の人々や民間企業の人々と仕事をしていく際に話がスムーズに進まなくなってしまうのです。意図的にちゃらちゃらした格好をしている側面もあるんですよ。

ワークウェアの最先端を農業から

 ――女性の存在が重要に。

 農家自身、3Kのイメージに縛られていると同時に、閉鎖的な空間で仕事をすることが多くなってしまうため、ファッションは二の次になってしまっていました。衣の部分で特に抑圧されてきたのが女性で、「3Kが前提だからどうでもいい格好で仕事をするべきだ」という意識や文化が、脈々と受け継がれてきてしまっていました。

 しかし、今後の日本の地域農業の振興や6次産業化の担い手として、女性の重要度が増してます。就農人口を維持・新規獲得していくためにも女性に農業を魅力的に感じてもらう必要があるのです。現在、女性農業者は就農人口全体の約40%をしめており、13年の日本政策金融公庫の調べによると、女性が参画している農業経営体ほど販売金額が大きく、経営の多角化に取り組む傾向が強いなどの分析結果が出ています。

 そこで注目したのが、女性農業者の存在感を高め、若年女性の就農者を増やすことを目的として13年に発足された農林水産省の農業女子プロジェクトです。女性農業者が日々の生活や仕事、自然との関わりの中で培った知恵を様々な企業の技術・ノウハウ・アイデアなどと結びつけ、新たな商品やサービス、情報を創造し、社会に広く発信していく活動を展開しています。ファッション関連企業としては、豊島やモンベル、ワコール、しまむらなどが参画しています。当大学は16年に教育機関として初めて参画しました。

 ――衣に関する具体的な活動は。

 農家のためのファッショナブルなワークウェアを作りたいと考え、この農業女子プロジェクトに参画しました。豊島からドリームワークスを紹介していただいたおかげで、取り組みを活発化することができました。

 18年秋に初めて同社が販売する米ワークウェアブランド「ユニバーサルオーバーオール」との協業商品を開発し、当大学内売店で販売することができました。以降、学生や農業従事者の意見を取り入れたワーキングウェアを共同開発しています。協業商品は19年春にベイクルーズのメンズ・レディスセレクトショップ「ジョイントワークス」でも販売していただけました。

 現在、網走市の体験型観光拠点に共同開発したワーキングウェアを置いてもらっています。今後は観光客が農業体験をする際に着用し、気に入ったら購入できるという流れを作りたい。

 手応えを聞かれるとまだまだです。農家の日常生活に浸透するワーキングウェアを作るための視点を商品開発時に提案することで、もっと商品の流通に貢献したいと思っています。

18年11月、世田谷キャンパスの文化祭「収穫祭」で初めて「ユニバーサルオーバーオール」協業商品を発売。小川さん(左端)と当時のオホーツクキャンパス在学生

 ――理想のワークウェアは。

 昨今、街着にもなる作業着、機能服といったものがトレンドかと思いますが、私が目指すのはそこではありません。前提はファッショナブルでタウンユースできるもの。それが結果的に農業にも適した服であるというアプローチです。

 かつて労働着のものだったジーンズがファッションとして定着したように、「原宿のおしゃれな若者たちが着ている服が実は農業のための服だった」というのが理想で、そんなワークウェアを作りたい。そうでなければ、農業に魅力を感じてもらい、就農者の裾野を広げることにはつながりませんから。

 ――今後の展望は。

 様々なファッション企業の方々と連携し、ファッショナブルなワークウェアを作っていきたい。ファッション企業が持つ衣料に関する知見と、農作業着が持つ歴史的な機能美、各地域の伝統文化を掛け合わせることで、新たなファッションが生まれるのではないか。特に若年層に強い企業と組むことができたらありがたいです。加えて、林業や漁業も含めた、一次産業全体をファッショナブルにしていきたいと思っています。

 10月に北海道北見市の自然公園でユニバーサルオーバーオールの協力のもと、野外ファッションショーを開催しました。モデルは地元の農家の方々に務めてもらったのですが、その人たちも見物に来た人もみんなが楽しそうで、ファッションの力を感じました。今後、林業や漁業でもファッションショーを計画しています。特に森林空間は昨今のアウトドアファッションのトレンドと親和性が高いのではないかと思っています。

 おがわ・しげゆき 1982年、新潟県胎内市生まれ、兼業農家で育つ。04年同大学生物産業学部卒業、10年同大学博士課程修了。農林水産業のコンサルティングなど民間企業を経て、13年3月に同大学の博士研究員、14年4月に同大学同学部地域産業経営学科助教、18年4月に現職。オホーツクを拠点に、全国各地の農林漁業地域の活性化に向けて飛び回る。趣味はアウトドア、ファッション、食事。『ターザン』『ビギン』など雑誌も複数愛読する。

■東京農業大学生物産業学部自然資源経営学科

 1891年の創設以来、動植物すべてに関わる総合科学を扱う。生命、食料、環境、健康、エネルギー、地域再生に挑む6学部23学科の緑と生命を科学する大学。世田谷区、神奈川県厚木市、網走市にキャンパスを構える。網走市オホーツクキャンパスの生物産業学部は、バイオ資源、バイオ産業にかかわる自然・生命・人間・社会を幅広く扱う生物産業学の先駆けとして1989年に開学。北の大地でしかできない学びを展開する。18年には4学科を「北方圏農学科」「海洋水産学科」「食香粧化学科」「自然資源経営学科」と名称変更し、大学の理念でもある「人物を畑に還す」をモットーにした「実学主義」をオホーツクの広大なフィールドで実現している。

《記者メモ》

 兼業農家だった両親は、小川さんが高校生時代に離農してしまったのだという。農業で生計を立てる厳しさを知っているだけに、農家に対して尊敬や憧れがあるそうだ。実際、小川さんの言葉の端々には、そんな思いがあふれている。

 初めてお会いしたのは18年の秋。当時から一貫して、「ファッションの力で農業を魅力的に」と言い続けられている。柔和な見た目や口調の奥からは、強い信念が感じられる。

 日頃はなじみのない日本の農業について、初めてじっくりと話を聞く機会になった。国内市場が縮小しているが、世界的には成長産業である点、誰がどのように作り、売るのかが重視されている点など、ファッションビジネスと似たところがあるように思った。

 今回は「衣」のことに焦点を当てたが、小川さんは「食」と「住」の角度からも農業にクリエイティブな感性を注ぎ込もうとしている人だ。今後の活動にも注目したい。

(友森克樹)

(繊研新聞本紙20年11月6日付)

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