モーハウス光畑代表取締役 授乳服で女性が活躍できる社会に

2021/04/29 06:29 更新


 二十数年前、人前でも気づかれずに授乳できる国内初の授乳服「モーハウス」を開発した。出産・育児を楽しく、女性としてのライフスタイルを楽しめるようにワンピースやトップ、Tシャツ、インナーなど多様なアイテムへと広がっている。授乳服を通して子連れワークスタイルという女性が活躍できる「ワークライフミックス(育児と仕事の真の共存)」を提唱しながら、女性が活躍する社会を目指して国内外で様々な分野で活動している。

「ないもの」を作り生活の楽しみ広げる

 ――授乳服を発案したきっかけは。

 子連れでの外出時、まだ生後1カ月の二女が電車の中で急に泣き出しました。母乳育児だったので、やむなくその場で授乳をするという恥ずかしい思いをしました。母乳育児の不便さを痛感し、当時は外出先での授乳はせいぜいケープで覆うことぐらい。周りの視線を気にせずに母乳を与えることができる機能的でおしゃれな授乳服はなかった。赤ちゃんが母乳を欲しがれば、肌を見せることなく、いつでもどこでも授乳できるような機能的な服があれば育児中の女性にとってどんなに良いか、母乳育児のために外出を控え、無意識のうちに我慢を強いられる環境から抜け出すことができるのではないかと思いました。授乳を気にしないで外出することができれば、育児の楽しさと共に生活の楽しみの幅を広げることができるのではないか。「なければ作るしかない」ということがきっかけでした。

 ――「ないものを作る」苦労も。

 友人のデザイナーにデザインを頼み、地元(茨城県つくば市)の縫製工場に頼み込んで始めました。最初に考案したのが授乳ブラジャーや両脇に切れ目を入れたTシャツなどで、国内初となる授乳服ブランドを97年に立ち上げました。生産量もわずかで事業化するには程遠く、最初のころは友人が買ってくれる程度で、最初は10枚程度しか売れませんでした。

 02年にスタッフ8人の会社をスタートさせ、母乳で育児経験のあるスタッフが育児中の女性の目線で意見を出し合って商品を企画・デザインしながら、縫製工場などの生産体制も整えていきました。徐々に共感してくれる育児中のママや助産師が集まり、子育てに関するコミュニティーが広がるとともに事業規模も伸びました。しかし、授乳服を扱うビジネスモデルでは大きな収益を期待できません。

 ――それでも続けてきたのは。

 授乳服を広げることは社会的に意味があると信じていたからです。授乳を気にしないで外出できるようになれば、産後うつなどのリスクも軽減できます。授乳服を数多く販売することよりも、授乳服を着ることで得られる価値観を伝えたいという思いがあるからです。

 商品は母乳育児の人やスタッフなどの意見を参考に、赤ちゃんが母乳を欲しがる気配の1秒後には授乳できる服を目指して、授乳口のサイズや位置を確認しながらどの角度からも肌が見えないことと授乳しやすさを徹底的にこだわってきました。インナー、ブラジャー(モーブラ)も独自開発で、授乳服とインナー、モーブラの3点セットで、「赤ちゃんが1秒で母乳に達する」ことができる服が特長です。一枚一枚を丁寧にほとんどが国内生産で作っています。両脇に切れ目を入れたTシャツは、切れ目から母乳を与えることができるとして今でも人気の高い商品です。

 ――コロナ禍の事業の状況は。

 直営店を05年、東京・青山に路面店を開設し、11年9月にはつくば市のララガーデンつくばに出店した。青山店は昨年8月末から長期休業していますが、昨年9月に東京・日本橋に新店を出しました。ネット販売も行っており、ECは前年を超える売り上げで好調に推移しています。オンラインでの情報発信を積極的に行っています。コロナ禍で不安になっている顧客からの相談も多く、育児に関する悩みなどを聞いてもらいたい人が増えています。店のスタッフや本部スタッフ、時には専門家を交えたオンラインでの情報交流をして、様々なコミュニケーションを取っているところです。

 昨年4月から茨城県行方市の「観光物産館こいこい」での客数減や地域農産物の廃棄などの問題解決の一環として、自社ECで物産館の農産物を「行方直送お野菜ボックス」として販売し、物産館から注文者に直送する取り組みも始めています。昨年3月からは契約工場の一部ラインを布マスクの製造に切り替えています。サステイナブル(持続可能な)の取り組みの一環として服を作る際に出る布の切れ端や生産数調整のために不要になった布などを活用してマスクを製造し、直営店やECで販売しています。

「モーハウス」の授乳服

「ガラスの天井を壊す」ため実践

 ――授乳服を広げるためには。

 自治体の子育て支援と連携した取り組みを行っています。17年に行方市と「子育て支援に関する協定」を結び、母子手帳の交付を受ける人や転入する妊婦に授乳服と授乳用ブラを贈呈する取り組みをスタートしました。茨城県や長野県、青森県、富山県、奈良県、兵庫県などの市町村に広がり、母子手帳交付や出生届時に「授乳服カタログ」が配布され、授乳服の認知度が上がっています。日本助産師会が唯一推奨する授乳ブラ、マタニティーブラはこれまで45万枚を販売しています。

 銀行や自動車販売会社、自治体の中には産休に入る社員、職員に当社の授乳服などをプレゼントする動きが広がっています。出産のお祝いとともに、「仕事の復帰を待っています」というメッセージがさりげなく、しっかり伝えることができるとして好評です。

 ――授乳服が災害時支援の一つに。

 04年の新潟県中越地震の時から災害で被災した妊婦や育児中のママたちを支援する活動を行ってきました。育児中のママたちにとって災害時で一番重宝するのが母乳です。避難所に授乳室がなくても授乳服があれば母乳による授乳を継続して行うことができ、住民同士のトラブル防止にも役立ちます。これまで14回の被災地支援を行ってきました。授乳服はすぐに使えることや洗っても乾きやすい利点を生かして、自治体などが防災アイテムとして備蓄する動きがあり、すでにつくば市や守谷市、東大阪市で採用されています。

 ――授乳服を通して実現したかったことは。

 育児中の母親には「子育ては大変」という情報から、ネガティブな考えに陥る人もいます。この考えを変えるものが授乳服です。授乳服が広がることによって社会で活躍する女性を後押しするものになると思います。一方で、出産や育児休暇後の離職率が高くなっていることも事実です。出産や育児を機に離職せずに職場復帰して仕事と子育てを両立できる手助けが必要です。授乳服があれば仕事と子育ての両方を楽しみ、女性が活躍し続けられる社会づくりに貢献できると考えています。育児と仕事の真の共存で私たちは授乳服を通した「子連れ出勤」という「ワークライフミックス」の実現を目指しています。

 ――「子連れでの働き方」への思いは。 

 女性の社会進出と活躍が進み、企業や商業施設などにも「子育て支援」というテーマに取り組む姿勢が強まっています。「働き方改革」という潮流も大きな波で、企業にも保育施設を併設するような動きも出てきています。しかし、育児中の女性が働くためには保育園や祖父母になどに預けて働く、あるいは子供が手を離れるまで働かないということが大半です。そこに子供と一緒に働くという新たな選択肢の可能性を提唱したかったのです。「ガラスの天井を壊す」ため、まず自分たちで実践することから始めました。

私たちの職場は本社も店舗も子連れで出勤でき、子供と一緒に働ける職場環境を整えています。青山店がアンテナショップとして開店した時から子連れスタッフを採用し、子供を抱いて接客する姿は国内でも珍しい店でした。日本橋店は吉野杉を使った広いフローリング仕様で、大人も子供も素足で過ごせる空間を提供しています。気軽におむつ替えや授乳に立ち寄ることができ、子育てに関する相談や情報交換もできるような女性が集うサロンを目指しています。

 ――子連れ出勤を広げるには。

 子連れで働ける環境を社会全体で整えるには、まだまだ乗り越えなくてはならない課題があります。しかし、子連れ出勤は特別な設備投資は必要ないので決してハードルは高くありません。まずは子育て中の内向きになりがちな女性の意識を変えることが必要だと感じています。機能的な授乳服を生かすことによって、出産や育児が人生のハードルではなく女性の美しい転換点となり、子連れ出勤を可能にする入り口になると考えています。子連れ出勤が進めば働く母親や家族はもとより子供、企業、社会全体に多くのメリットを及ぼします。授乳服で世界を変えていくという理想を持ち続けていきたいと思っています。

 みつはた・ゆか 倉敷市出身。お茶の水女子大被服学科卒。パルコで美術企画、建築関係の編集者を経て97年モーハウスを創業、授乳服の製作を開始。子育てと社会を結び付け、多様な生き方や育て方、働き方を提案する、子連れスタイル推進協議会の代表理事。APEC(アジア太平洋経済協力会議)女性と経済フォーラムの14年、16年大会で日本代表の一人としてスピーカーを務めた。

■モーハウス

 国内初の授乳服ブランドとして97年に創立(法人化は02年11月)。授乳服の企画・製作・販売を05年開店の青山店、つくば店、日本橋店と自社ECで行う。授乳服の認知度向上と活用推進によって妊婦や育児中の女性をサポートし、育児中の女性の自由なライフスタイル実現に向けた情報発信活動やイベント活動を行っている。99年から授乳服を着用して授乳を実際に見てもらう「授乳ショー」や11月3日「いいお産の日」、5月5日「国際助産婦の日」イベントや国内外で講演活動を行い、授乳服を広めるとともに女性の新しい働き方を推進している。育児中の女性のライフスタイルを変革し、育児中の女性が子供を連れて職場で働ける「子連れワークスタイル」を提唱、直営店やつくば本社では育児中のスタッフが子連れで働いている。

《記者メモ》

 「ないのなら作ろう」と思い立ち、授乳服の製作、販売というニッチマーケットを97年の創業以来、一貫して切り開いてきた。背景には授乳服の「向こう側」にある「既成の価値観に縛られずに、自分の生き方を自由にデザインできる社会を創りたい」という根強い思いがある。SCや公共空間を使って出産や授乳、子育てについての情報発信と共に複数の大学で講座をもち、自治体や各種団体、企業で講演活動も精力的にこなす。授乳服を通して「女性の意識を変え、世界を変えたい」という熱意が浸透してきた。

 「子育てはわがままでいい」をコンセプトにした授乳服は、出産・育児を人生のハードルではなく、女性の美しい転換点にする服であり、女性の活躍の場を広げるとともに社会を革新するという希望が込められている。

 子連れ出勤・子連れワークなど新たなライフスタイルを提唱し、自社で実践しており、企業や自治体、団体などから大きな注目を集めている。

(小川敬)

(繊研新聞本紙21年3月1日付)

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