「長きにわたるご愛顧ありがとうございました」。このホームページの一文は京都の老舗料亭、幾松のもの。コロナ禍にあって、仕出し料理や持ち帰り弁当など企業努力を重ねたようだが、持ちこたえられなかったようである。京都観光のかき入れ時の10月にのれんを下ろすのが残念だ。
幾松は、幕末に活躍した長州の桂小五郎ゆかりの旧跡。桂が京で活躍していた時、芸妓(げいこ)の幾松と過ごした屋敷をそのまま料亭として活用したものだ。新選組の襲撃に備えた抜け穴などが残され、国の登録有形文化財でもある。
ニュースが流れた翌日、京都のある企業の社長取材があった。他県出身だが、京都で企業を経営して学んだ最大のことが「絶対に間口を広げない」。得意とする商品に特化し、奥行きを伸ばしたことで今の成長があり、今後もその哲学は変えないと強調する。
かつての京都は、通りに面する間口の広さによって税金が決められていたため、「うなぎの寝床」と呼ばれる奥行きのある町家が数多くできた。制約がある中で、人々は四季を感じられる中庭、自然光を入れた家の構造など、奥行きに工夫を凝らしたものだ。思えば幾松の間口も小さかったのだが、新型コロナの荒波には勝てなかった。経営環境の厳しさを改めて感じつつ、歴史ある建物だけでも何とか残って欲しいと願う。