■デザイナーの関心はネットワーク
本格的な春を前に、商品企画のひとはすでに来年の春のことを考えているころかもしれません。わたしも2015年の春夏トレンドと日々むきあう時期なのですが、来春に向けてちょっとびっくりするようなデザインインスピレーションがでてきています。
バクテリアとか、スライムとか、菌類だとか、細胞だとか、そういったたぐいのものが話題を集めているようです。ぐちゃぐちゃ、べとべと、どうにも不快な質感を持つだけでなく、とめどもなく繁殖、増殖するというネガティブなイメージも与えます。なんでまたそんな気持ちの悪いものに注目するのか。最初はこうした衝撃的なテーマに絶句したものです。しかし、先入観を取り払ってよく見ていくと、形状や動き、そしてフォーメーションなど意外と面白いことに気づきました。
最近、デザイン界にも影響を与えつつあるミレニアム世代は、美醜の感覚など持たないニュートラルなコンピュータ的態度だとか。実際、この気持ち悪いイメージにとらわれない、細胞やカビなどを思わせるグラフィックやポロシャツ、ヨーグルトアイスクリームなども登場しています。
菌類やバクテリア、細胞は、触手を伸ばすように、なにもなかったところに次から次へと新たな線を生みだし、思いがけない形をつくりだしていきます。ミクロの世界で、わたしたちの思いもよらないダイナミックな動きが展開されているわけです。そこにエネルギーのありかを感じ、いつの間にか無限に広がる可能性に心を躍らせてしまうのかもしれません。
よくみると菌類やバクテリアの動きはなんだかわたしたちが考えるところのネットワークというものに似ているようです。思い込みかもしれませんが、だからこそ、こういったテーマがデザイナーたちを興奮させてしまうのではないでしょうか。デザイナーたちがわくわくしているのは単に形状の面白さというより、ネットワークができていくさま、まさにその動的フォーメーションにこそ魅力を感じているのではないでしょうか。
このバクテリアやスライムといった、ぐちゃぐちゃとした形は、わたしたちの生きる現実世界のネットワークの在り方そのものを映しとっている。いえ、ひょっとしたら、わたしたちの住むこの世界には、こうした目を背けたくなるようなバクテリアや細菌よりももっと生々しい、網の目がひろがっているのかもしれません。ミクロの世界は現実のネットワークを俯瞰的にずっとリアルに提示してくれているともいえます。
■リテーラーの関心もネットワーク
ネットワークのフォーメーションについて関心をもっているのはデザイナーだけではありません。より日常的なレベルで、どのようにネットワークを設計すべきかと思いあぐねているのはリテーラーではないでしょうか。それは、ネットワークの捉え方が変わってしまったからです。
以前は、リテーラーにとってネットワークといえば主に店舗ネットワークをさしていました。本部を中心に四方に伸びていくライン、あるいは各所からの情報が束ねられるという、双方向的ではありますが、定型のラインでした。それがこの5年ほどでドラスティックに変わったのです。いま、ネットワークは定型的であることをやめ、つねに変容し成長を続けるものとしてイメージされています。ビジネスの発展に必要なネットワークとは、そのようなものなのです。
近年、コマースのチャンネルは急激に複雑化しています。最終的に商品を購入してもらうためになにが必要かと考えた時、消費者と密接につながることはもちろんですが、複数の顧客同士が多面的に交流し、情報を交換する動的な空間、すなわち自在に変容を続ける複数のオンライン・ソーシャル・コミュニティ同士を相互につなぐネットワーキングだったのです。
■ネットワークのハブ、「チャッティ・コンシューマ」
そんなネットワークのキーになるのが、「チャッティ・コンシューマ」と呼ばれる顧客です。チャッティ・コンシューマとは、自分が好むブランドやリテーラーの全てのチャンネルでたくさん話し、たくさん情報を発信してくれる、熱烈なファンのことです。なぜ、彼らが重要なのでしょうか。
サックスの元最高経営責任者、スティーブ・サドブは「複数のチャンネルで買い物をする消費者は、ひとつのチャンネルで全ての買い物を済ませる消費者の3-4倍多くの物を購入している。これは世界のどこにいても変わらない事実」とコメントしています。
チャッティ・コンシューマは、複数のチャンネルを使っているので、商品購入の場も複数もっていることになります。つまり、彼らは複数の方向に向かって情報の網目をつくってくれるだけでなく、各所で実際に消費もしてくれるリテーラーにとって得がたい存在なのです。複雑化するとはいえ、複数のチャンネルを用意しておくことは決して無駄ではないのです。チャッティなファンをネットワークのハブと考え、彼らが動きやすく、発信しやすい状況をつくることがリテーラーの関心事になるのは当然のことかもしれません。
このような流れのなかででてきた試みのひとつが、米国西海岸を拠点とするリテーラー「フリー・ピープル」による、「FP ME(エフピーミー)」というオンライン・プラットホーム。チャッティな顧客はここで自分のストーリーを簡単にアップロード、シェアできます。それを見た人はそこから商品購入もできます。ソーシャル・メディアから販売へとつながるチャンネルがデザインされました(日本では、リテーラー主導ではありませんが、@コスメという消費者の情報交換の場が商品購入の場となったことで、各ブランドから注目されるようになったという例があります)。
また、840万人のフェイスブック・ファンをかかえるフォーエバー21も、ブランドのソーシャルとウェブネットワークを全て集合させ、mコマースへとつながる「21stストリート」というプラットフォームをつくりました。
プラットフォームを用意するのはリテーラーであっても重要なのは消費者であることがわかります。常識的にはリテーラーは自立的な消費者や、消費者同士がつながることをあえて望まなかったかもしれません。ところが、結果的には、ハブとなる消費者が自立的にふるまうことや、他の消費者とつながることが売上の向上につながる重要な役割を果たすことがわかったのです。
■一点集中からの転換
10年ほど前だったと思いますが、オルフェウス室内管弦楽団のコンサートに行ったとき、とてもわくわくしたことを覚えています。なぜだったのでしょうか。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、このオーケストラには指揮者がいません。通常のオーケストラでは、指揮者が全体を一望できるパノプティコンと呼ばれるスタイルで演奏が行われます。でも、オルフェウスの場合はリーダー的なひとはいても、誰かひとりが全体を統率するのではありません。それぞれが互いに音を聴きあって音楽を奏でるわけです。クラシック以外ではそれほど珍しい形式ではないのかもしれませんが、大人数になったときでも指揮なしで演奏が成立するというのは、やはりたいへんなことではないでしょうか。
権力というとおおげさですけれど、指揮者にそれが集中するスタイルとは異なる世界がある。目を見張るようなステージでした。もちろん、その分、互いの音をより一層注意深く聴く必要があります。きっと、個々の責任は重いはずです。しかし、だからこそ音楽を作っている実感がしっかりとあるのではないかと思います。わたしがこのコンサートを聴いた時、なぜ、いままでになく新鮮に思ったのか。それは、おそらくこのような自立的な個によって構成される、新しいネットワークに対する予感のようなものを感じたからに違いありません。
■実社会でのチャッティ・コンシューマに
互いに様子をうかがいつつ、微調整しながら調和をもとめていく動きは、ファッションの仕組みそのものです。自立的な個が互いの存在に意識的でありながら、寄り添ったり距離をとったりして、同じ場にいることを確認させてくれるもの、それがファッションなのかもしれません。
言い換えれば、わたしたちには潜在的にこのような強いネットワーク力が備わっているのかもしれません。少なくともそう願いたいものです。そろそろ外に出たくなる季節。いろんなひととつながり、それぞれがネットワークのハブ、実社会でのチャッティなコンシューマになることで、お互いがこれまで考えてもいなかったものを手にする機会が生まれるのではないでしょうか。
短期的なトレンドにすこし距離をおきながら、社会の関心がどこに向かっているのか考えてみるブログです。 あさぬま・こゆう クリエイティブ業界のトレンド予測情報を提供するWGSN Limited (本社英国ロンドン) 日本支局に在籍し、日本国内の契約企業に消費者動向を発信。社会デザイン学会、モード?ファッション研究会所属。消費論、欲望論などを研究する。