■ どうして白なのか?
2014年春夏コレクションも終わって総評も出揃いました。WGSNでは、ウィメンズの主なテーマとして、「スポーツ・デラックス」、「モダン・ロマンス」、それから「ネイチャー・ガール」をあげています。注目素材はシアー、レースからボンディングまで軽さ、光沢感のあるもの、それから質感や触感にキャラクターのあるものです。カラーは、イエロー〜オレンジ系へのフォーカス、と同時にその補色であるブルーのバリエーションがラインナップしました。
皆さんよくご存知のように、ふつう、あるカラーがフォーカスされるとき、かならずサブカラーとしてその補色がセットになって登場します。補色がメインカラーを強調したり、全体のメリハリを生みだすからです。しかし、ここで重要なのは、その配分、というか分量の比率です。この配分や比率がそのシーズンを特徴づけます。サブカラーが差し色程度のときもあれば、メインカラーと拮抗するほどのパワーがあることもありますが、2014年春夏はパワフルに色がぶつかり合うことが予想されます。
カラーのトレンドは、どうしても店舗のフェイスの見せ方、各色の素材の発注や買付数量の深さにつながってきます。最も関心が集まるトレンドかもしれません。具体的にどの色がメインか、ということはもちろん大事です。でも、それ以上に注意をひいたのは、それぞれの色の役目、といったらいいのかもしれませんが、メインとサブの関係性です。
さきほども書いたようにイエロー系、それとコントラストをなすブルー系が全面にでてきましたが、じつはそれ以外にもかなりの色相と色調に渡っています。しかもプリントものが強く、フローラルを中心にアート調、幾何学模様、タイダイ、マーブルなどなど、全体としてこの上なくカラフルになりそうです。しかし、このシーズンは、メインカラーとそのサブカラーとして補色をセットにして使うという、通常のカラートレンドとは異なる捉え方が必要ではないかと思いました。
なぜなら、コレクションで白のルックが思いのほか数多く見られたからです。しかも、これまでのようにニュートラルカラーとしての白ではない、存在感に満ちた白なのでした。これは、なにを意味するのでしょうか。一考に値すると思います。分散するメインカラーと対峙することで、メインカラーをエンパワーし、私たちの感覚を十全なものにまとめあげる実質的な「補色」、サブカラーとしての役割をもった、そういう白だったのではないでしょうか。
■ なぜ日本のデニムを見に来るのか?
色相環の上でのメインとサブの対比関係について考える中で、こうした対比関係がカラーの問題に限定されるものではないことに気づかされました。つまり、わたしたちのなかには、おそらくメインストリームとそれとコントラストをなす対抗的な存在、アンチな存在とをセットで必要とするような感覚があるのではないか、ということです。
これは、どんな分野でもあてはめられます。身近なところでは、たとえば、ゆるキャラブーム。ブームの中で王道を行く「くまモン」と、ゆるくない「ふなっしー」が人気を二分しています。あるいは、プロが上位を占めるのが一般的なマラソン界で、私たちは市民ランナーの川内優輝さんの存在にこころ惹かれる。いずれの場合も、メインストリームの存在は、不可避的にそのアンチをめざす存在を生み出し、それらの両方をわたしたちの社会が求めていることを教えてくれるように思えます。
たぶん、このメインとアンチとがセットで必要とされるという視点は、世界のマーケットで日本の繊維産業やファッションがより存在感を増すためのヒント、つまり世界が日本に対して「欲しい」と思うものの内実をよりクリアに見せてくれるような気がします。わたしが経験した例でいえば、デニム、というか日本のデニムです。
11月のはじめ、香港の知り合いが、ロンドンでグラフィック・デザイナーをしているお兄さんと東京に遊びに来ましたが、かれらの目的のひとつが日本のデニムブランド巡りでした。また、数年前のことですが、ジーンズやスポーツ、アウトドアウェアなどのブランドを30以上かかえる米国の大手アパレルのデザイナーたちがわざわざ日本のデニム・リサーチにやってきました。
デザイナーたちは、恵比寿や代官山界隈の店舗、古着屋で、お店の人からクレームされるほど、熱心に素材感やシルエット、ディテールなどを観察。そして、「日本の伝統的な模様をデニムのデザインに自然にとりいれていて新鮮」だとか、「自分たちの発想ではデニムで作ろうと思わないようなものをデニムでつくっている」などと感心していました。日本にはもともと藍染めがあるからでしょうか、彼らが思ってもいないようなデニムのあしらい方がたくさんあるようです。
一般的にいって、市場調査をするときには、新しい要素の発見と、展開先のマーケットの好みをとらえる、というふたつの目的があるわけですが、このときは、どちらかというと、新しい要素の発見にエキサイトしていたように見えました。
もともとデニムそのものが、ファッション界のアンチ的要素ではありますが、そのなかでも日本のデニムブランドの発想は、アンチ中のアンチなのでしょうか。日本のデニムは、どうも世界のデニム業界の今後を左右する重要な役割を担う可能性を秘めているかのように思えました。そして、それぞれ時期も、訪れた人たちのバックグラウンドも違っていたのですが、かれらの口から一様にでたのが、「日本のデニムはクール」ということばだったのです。
■ クールの意味するところ
でも、クールっていったいなんなのでしょう。個人的に、あるいは仕事としてわざわざ日本にデニムを見に来るひとたちから、「クール」ということばを引き出すツボ、じつはデニムに限らず、日本の文化を外から見る人たちに、イベントや食事、はたまた旅館についてまで、「クール」といわせてしまう、その理由はどこにあるのでしょうか。
「クール」を辞書で調べると、「かっこいい」などありますが、なにをもって「かっこいい」というのかについては言及していません。わたし自身の感覚では、クールとは、これまで見たことも経験したこともないスタイルを発見したときの驚きを表現することばだと漠然と思っていました。でも、外国人がクールということばを使うときの感覚はどうも違っているように思い始めていました。
そんなときに、文化政策の研究を専門とする梅原宏司さんの書いた「クール資本主義」についての論文を読む機会をもちました。「クール資本主義」という用語は、イギリスのメディア研究者ジム・マグウィガンが2009年に出版した”Cool Capitalism”という本のタイトルからきています。
マグウィガンによれば、「クール」とはもともとアフリカのヨルバ族に由来することばで、アフリカでは、クールとは聖なるものの領域に属するものであったが、それがひとたびアメリカに渡ると、個人のスタイルを通じて、労働に対して消極的に抵抗すること、社会システム一般への反抗という意味に変わった、ということのようです。
マグウィガンのこれらの指摘は、現在の資本主義がおかれている状況と、資本主義が存続するにあたってなにが必要とされているか、ということをいっしょに教えてくれるものだと思います。日本やアメリカに限らず、多くの人が共有している、社会システムに対する憤りや不満という感情が、じつは「資本主義」を支えているのであり、それがクール資本主義だとマグウィガンは言いたいのでしょう。
そんな世界で、「フラストレーション」や「不満」を体現してくれるアンチな要素にこころ惹かれるのは当たり前なのかもしれません。ちなみに、マグウィガンがもっともクールな企業のひとつとしてあげているのが、どこなのか、みなさんすぐにおわかりになったのではないでしょうか。それは、アップル社です。
こんなふうな意味内容をもつクールということば、それがファッションを含め日本文化のさまざまな場面について使われている、そのほんとうのところをどう理解したらよいのか。世界が日本に期待している要素のひとつとは、メインストリームに対抗するもの、中心的な考えに対して異議申し立てをする態度、あるいは批判的視点を投げる姿勢が含まれたものなのか。あらためて掘り下げる必要がありそうです。
そんなわけで、なにが余談で、なにが本題だったか混線してしまいましたが、来春についてはカラフルなメインストリームに対抗するクールな白の存在にぜひご注目ください。
■ 参考
梅原宏司 『クール資本主義とは何か?』 応用社会学研究2013、No.55
短期的なトレンドにすこし距離をおきながら、社会の関心がどこに向かっているのか考えてみるブログです。 あさぬま・こゆう クリエイティブ業界のトレンド予測情報を提供するWGSN Limited (本社英国ロンドン) 日本支局に在籍し、日本国内の契約企業に消費者動向を発信。社会デザイン学会、モード?ファッション研究会所属。消費論、欲望論などを研究する。