「カワイイ」可視化し潜在要望を発見
SNSの浸透などで消費が多様化と細分化を続けるなか、企業が精度高く施策を打つためには、データの分析と活用がますます重要になっている。一方でデータは氾濫(はんらん)と呼べるまでに膨大で、ただ並べて見るだけでは課題解決にならない。
そこで、データを法則化し、打つべき施策を明確化するデータサイエンティスト(DS)の存在がファッション業界でも注目され始めた。ITを駆使して統計解析やデータマイニング(パターンや事実の採掘)ができる能力に、ビジネスや市場トレンドなどにも精通している必要がある。ファッション企業に勤めるデータサイエンティストに役割の重要性を聞いた。
(疋田優)
TSIホールディングスの渡井裕司事業戦略本部マーケティング室長は、DSとアナリストを兼ねた存在。ニールセンカンパニーでアナリストを経験し、ファッション小売りデータの複雑さに面白さを見いだし、現職に就いた。
医者で翻訳者
データは昔は限られた部署だけが持つ特権のようなものでしたが、今や一般化したことで、知恵と工夫が生きる面白い時代になりました。
金融などデータの種類や変数が少なく分析しやすい業種がある一方で、ファッションに関するデータは、トレンド、商品、作り手、顧客まで本当に様々にあり、変数も多彩。なので、見ているだけでは、わけが分かりません。これを秩序化・パターン化するのがDSの仕事です。知識やプログラミングを持ち、多様な情報、トレンドサイクルの速さへの理解と興味・関心があることが、獲得目標を左右するので、理数系人間でも就ける人はなかなか少ないでしょう。当社でDSは私1人です。
業務領域は図のように、DSがデータ解析の前半部分を担い、アナリストが解析データを見て、インサイト(消費者の潜在要望)を分析し、経営陣が今行うべき最善施策を合理的に判断できるよう支援します。
要は医者のような役割です。人には勘と経験という強みがありますが、数値を見て改善の法則性を見つけて、個々の人を見るように各ブランドによって異なる課題に向き合い、担当者が頭を使えるような改善方法へ翻訳します。
重要なのは「データをうまく設計する」こと。経営も現場も具体的なアクションが分かるデータにならないと理解しませんから、使えるように翻訳することが大事になります。
DSが増えれば、雑多なデータがきれいに見えるようになるため、業務も効率化されますが、インサイトを見分ける分析官がもっと求められますね。
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いま企業価値を最大化するために挑んでいるのが「カワイイとキレイを科学的に解明」。女子の本質をつかみ、マーケティング効果の最大化を狙う。
共通因子を解明
現在進めているのが、データ解析結果を活用した科学的マーケティングです。そのために市場動向・消費者行動・顧客心理の3分野のデータを解析し、女性客の心理をつかみ、今行うべきマーケティングをブランドごとに最適化する仕組み構築を目指しています。
市場動向の分析はビッグデータを収集・分析し、消費者行動はSNSなどのワードが解析対象ですが、「顧客心理=買う時の気持ち」はデータ化しにくかった。しかしここにきて、AI(人工知能)を使った画像分析でデータを収集できるようになりました。現在実験として、服と接した時の人の表情の画像をAIに解析させ、「情緒」をデータ化しています。例えば、服の触り心地などで感じる表情を解析し、ブランドへの愛着の共通因子を解明しています。
19年春夏にはあるブランドで実際の来店客の情緒を解析する実証実験を行い、「顧客の情緒の可視化」を進める予定です。これにより、女性客の把握・分析・インサイト発見が高速で回り、適切なマーケティング施策を打てますし、強力な企業価値向上のシステム構築になると考えています。
これまでファッションではカワイイ、キレイというモンスターのような言葉が女の子を支配し、本部も店員も客の「真のインサイト」が正確に分からない状態でした。しかし、情緒の可視化と共有化で、顧客が望む共通因子が詰まった服が店に増えれば、顧客により「私のブランド」という気持ちが増大し、LTV(顧客生涯価値)が上がると考えています。
(繊研新聞本紙9月25日付)