ブルネロ・クチネリに見る企業の生き方

2017/02/13 06:30 更新


 カシミヤを主力商品とするイタリアのラグジュアリーブランド「ブルネロ・クチネリ」は78年の創業以来、一貫した哲学で、ビジネスを行ってきた。ブルネロ・クチネリCEO(最高経営責任者)が追い求めてきたのは、「労働者の尊厳を損なわない仕事の形」。

 その考え方は、人々の労働意欲を高め、職人の技を磨き、結果的にブランドの成長につながった。拠点は、イタリア中部ウンブリア州ペルージャ県ソロメオ村。その小さな村では、職人が生き生きと働き、豊かに暮らしている。

もうけより職人の賃金

 

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ソロメオの丘では、社員たちを招いてガーデンパーティーが開かれる

 ブルネロ・クチネリは現在、世界で1500人を雇用する。ソロメオ村で働いているのは900人。そのうち職人が3分の2を占める。

 クチネリにとって何よりも大切な存在が、職人。ブランドのクオリティーを左右する要の存在だからだ。単なる工員ではなく「アーティストである」との考え方から、尊敬の意を込めて、アートの意味を含む「アルティジャーニ」(職人)と呼ばれている。

 職人の給料は、一般職よりも2割以上高い。手仕事をする上で、「給料をこれだけもらっている」という実感はメンタリティーに良い影響を及ぼすため、生き生きと働いてくれるという。反対に、オーナーだけがもうけて、職人の給料が低い企業は、生産性もクオリティーも下がる。

 「もうけを抑えてでも、仕事に見合った給料を支払うことで、クオリティーは維持され、結果的に成長につながる」

 「これは、ビジネスにおいて正しい考え方なのです」とクチネリ氏は断言する。これは、増収を続けてきたという実績に裏打ちされた言葉だ。

豊かに暮らす意義

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本社の後方には城がそびえている

 85年、クチネリ氏の妻の郷里であるソロメオ村が本拠地になった。村の丘の上に立つ城と集落を修復し、工場ができた。「都会よりも田舎の方が豊かな生活が送れる。人間について語り合う場所」として、この地が選ばれた。

 工場の中は光に満ち、大きな窓を開け放つと広い草原を見渡せる。「環境が良ければ、想像力が高まり、仕事ははかどる」。労働時間は、健康を第一に考えた設定で、ソロメオ村や近郊に住む職人は、家族と過ごす時間をしっかり確保している。

 「日々を大切にしながら家族と暮らし、小さな幸せに満足することが、継続につながっている」

 08年、劇場が完成した。「芸術や文化は人としての意識を成長させてくれる」。この考えのもと、約10年かけてプロジェクトは進んだ。劇場では質の高い公演が行われ、社員や住民は日常的に文化に触れている。

 10年には、職人を育てるアカデミーも始まった。メンディング(修繕)とリンキング(ニット縫製)などの職人技に加えて、英語や建築、哲学が学べる。世界の書籍が揃う図書館もある。「社会において職人技術の崇高さを復活させ、専門的な仕事にふさわしい賃金が得られるようになること」を目的に、多くの学生を迎えている。卒業生はクチネリ以外の企業への就職も可能だ。

尊重しあうことが大切

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10年に開校したアカデミー

 働く人の尊厳を第一に考える。この思想には理由がある。クチネリ氏は田舎の農家に生まれ、都会の工場に働きに出る父を見て育った。ある日、強い父の涙を見た。上長からの侮辱が理由だった。この出来事が記憶に刻みつけられ、「人間の価値を大切にする仕事」を強く願うようになった。

 15歳から25歳までの10年間、ウンブリアの村のバールで過ごした時間も貴重だったと振り返る。毎晩、全ての社会的階層の人々が70人以上集い、互いを尊重する雰囲気のなか、政治や宗教について語りあった。そのなかで哲学に興味を持ち、根幹になる考え方が固まっていった。

 78年、25歳の時に「タイムレスで、捨てられることのない」カシミヤニットの生産を開始。多彩な色使いのシンプルなカシミヤニットから始まり、今はクオリティーを維持しながらトータルルックで「スポーツシック・ラグジュアリー」を提案している。

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ミラノのショールームで発表した17年春夏コレクション(中央がクチネリ氏)

 幸せに働き続けることについて、クチネリ氏は「ゆったりとノーマルなペースの暮らしに戻るべきだと思います。家族との時間を持ち、自分の考えを反芻(はんすう)できるように。人間性を損なわないように行動することが大切なのです」。

 「利益を生み出すことは、事業の本質的な部分です。しかし、最も大切なことではない。お金というのは人々の成長と生活をより良くするために使われてこそ、初めて本当の価値を持つ。これが我々の最終目的です」と語る。

 これは、現代社会の理想的な生き方に見える。ただ、クチネリ氏は理想としてとらえているわけではない。当たり前にあるべき生き方として実現を目標に進んできた。来年で40周年を迎える企業の姿勢から、ファッションビジネスのより良い未来のヒントが見えてくる。



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