第1回ファッションAIサミット FBで活用の可能性広げる

2020/01/11 06:28 更新


 繊研新聞社は19年12月12日、第1回「ファッションAIサミット」を都内で開催した。アパレルや商社、ECなどのデジタル担当者を中心に約120人が来場した。ファッションビジネスでAI(人工知能)が注目されるなか、あらためて理解を深め、AI活用の可能性を広げるのが狙い。AIサービスを提供するベンダーと、実際にAIを活用しているアパレル企業によるプレゼンテーションやパネルディスカッションを実施。日本ディープラーニング協会による基調講演「AIビジネス変革に向けて・ディープラーニング活用最前線」も行った。

◆ニューラルポケット×三陽商会 「AIでトレンド予測、商品企画の向上へ」

【ニューラルポケット】トレンドを魚群探知機のように把握

ニューラルポケットの周氏

 2年前の創業時からファッション領域のAIサービスを提供している。周涵取締役COO(最高執行責任者)はAIによって「今後のファッショントレンドを〝魚群探知機〟のように把握することで、商品企画の基礎体力を向上できる」と話した。AIのトレンド解析をもとに、どんなデザインのアイテムをどれだけ投入するのかという「クリエイションの意思決定は人の力が問われることに変わりない。感性や独創性を生かして、あっと驚くような企画に専念してほしい」とした。

 同社が提供している「AI・MD」は、SNSやファッションサイトのデータからトレンドをAIで分析し、従来は数人のMD担当者が経験則で行っていたトレンド把握・商品企画・マークダウン判断などの業務のデジタル化をサポートするものだ。過去4年分、国内ファッションだけで2600万枚のデータを解析済みで、現在も1秒に20枚のペースで画像を学習し続けている。

 画像はコレクションなのか一般消費者のSNSなのかや、着用している人の年齢区分、ワンピースやデニムなど36のアイテムカテゴリー、14の色、6の柄で分類する。蓄積したデータはビジュアル化して、トレンドの時系列変化や、組み合わせ分析、分析の元となる生写真の検索・閲覧、6カ月先のトレンド予測などを見ることができる。

 これらを活用することで、トレンドに合わせた投入計画策定で「発注最適化」、直近のトレンドを見て値引き判断する「値引き最適化」、それに波及した「在庫最適化」につながり、プロパー消化率を向上できる。19年は大手SPA(製造小売業)などでAI・MDを使って企画された商品が約2200店で販売され、プロパー消化率は平均10ポイントが改善されているという。

【三陽商会】AIで初回発注量を調整

三陽商会の安藤氏

 ニューラルポケットの「AI・MD」を導入している三陽商会の安藤裕樹デジタル戦略本部デジタルマーケティング部長は「AIは決して万能ではないかもしれないが、課題解決のために積極的に使うというスタンス」として、需要予測のAI活用法を紹介した。

 アパレル製品の生産はサプライチェーンが複雑でリードタイムが長く、SDGs(持続可能な開発目標)の視点からも「どんな商品をどれだけ作るか(品揃えと奥行き)の商品企画が重要」と、AI・MDを活用した需要予測に取り組んでいる。

 商品企画にはPOSデータなどの過去の「売り上げ情報」と過去、現在、未来の「トレンド情報」が必要になる。特に未来のトレンドを予測するには、「人間がやると処理能力に限界があり、趣味・嗜好(しこう)の影響でバイアスがかかるリスクがある」として、AI・MDの活用で正確性、中立性、情報量を担保。分析にかかっていた時間を「企画内容の精査や議論に充てている」という。

 トレンドを予測することで、計画中の商品ラインナップに対して過不足領域を特定。生産数を「前年売り上げ×前年消化率×AI・MDのトレンド指数」でみれるようにした。20年春夏の商品では、「数量を増やす」「積極投入」「数量を減らす」「展開を再検討」などに分類して初回発注数の調整して、「売れそうな商品はどうブーストさせるか、売れなさそうな商品はどう訴求する戦略をとるか」などを練り上げている。そうすることで、売り上げの最大化や粗利率の向上に結び付ける考えだ。

 ニューラルポケットとは「過去のトレンドと自社売り上げとの比較」「将来のトレンドとの自社計画との比較」「実際の商品投入と収益実績の評価」「商品計画マスタープラン」などで綿密に会議を行うなどデータ活用に連携して取り組んでいる。

◆アベジャ×ドーム 「勘と経験ではないデータドリブンの意思決定を店舗にも」

【アベジャ】AIが人の目の代わりに

アベジャの伊藤氏

 米グーグルから出資を受けたアベジャは現在120社700店に小売り向けサービス「アベジャ・インサイト・フォー・リテール」を提供している。同サービスの伊藤久之事業責任者は、来店客の行動を可視化してAIが分析することで「AIが人の目の代わりになり、人は価値を生み出す部分に集中できる」とした。

 同サービスは店舗にカメラやセンサーを設置して来店客の行動を可視化し、POS(販売時点情報管理)データを統合して顧客行動データを取得する。「勘と経験だけでなく、データドリブン(データ起点)による実店舗の意思決定をサポートする」ものだ。取得可能なデータは来店人数や店前通行量、入店率、買い上げ率、来客属性、エリア立ち寄り率、滞在時間、導線分析など。それぞれのデータは折れ線グラフなどではなくKPIツリーで見ることができ、「店舗で働く人もデータを武器に課題や改善策を発見」できる。今後は天気・気温との相関関係や客の服装などのデータも掛け合わせて可視化できるようにする。

 19年11月のアパレル50店以上における買い上げ率の平均値は5.8%だったが、各店ごとでは1~11%でばらつきあったことを例に挙げ、「まずは自店でどれだけの買い上げ率なのかといったデータがあるかどうかで、戦略の立て方が大きく変わってくる」とした。

 マクロな流れとして客のニーズが多様化し、顧客の理解を深めるためにも客が店内をどう回遊し、なにを試着したのか、何を購入しなかったのかを把握する必要性を説いた。また採用難によって既存社員の底上げも必須として、「現場の店長など優秀な販売員の勘や経験にデータを添えることで、再現可能な組織の形式知にすべき」と強調した。

【ドーム】経験や勘からの脱却

ドームの酒井氏

 ドームの酒井健太郎デジタルディビジョンデジタル企画部部長は、「データドリブンで意思決定する企業のカルチャーに変革している」と語った。

 同社はこれまで売り場を広げることで急成長してきたが、増大するデータと業務モデルの変容に対応するための運用負担、多様化する顧客動向に合わせた適切な販促施策、業務の属人化と一極集中、デジタルに対するリテラシーの格差といった課題が発生していたという。

 「経験と勘の売り場作りや販促で各施策の効果が見えなかった」とし、アベジャ・インサイト・フォー・リテールを導入した。売り上げを中心に見ている店舗運営側が、可視化された来店数や買い上げ率などのデータから継続的な改善フローを把握できるようにして、「肌感ではなく、定量データを基にした部署間での議論」を実現する。

 「データドリブン」を推進するために組織はCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)の下にプラットフォームを作る「デジタル企画部」、商品軸の「ビジネスプランニング部」、顧客軸の「コンシューマーインサイト部」を置いている。

 デジタルと直営店のチームによる連携プロジェクトも発足して、「店舗KPIタスク」を設定・共有。これまで店舗では、人手でデータを集計して都度分析し、販促やVMDなど実行していたが、「データ収集に8割の時間を割いていた」。アベジャのサービスでデータを自動集計、モニタリングすることで「事前に設定した目標値との乖離(かいり)に対して改善アクションを実行する店舗運営」に変えているという。

 今春に全店でKPIツリーを見られるようにして、「来店客が増えているのに買い上げ率が低い場合はバックヤードのスタッフを接客に回す、店舗回遊率が悪い場合は上層階のレジを閉めて店舗回遊を促す」といった風に活用している。

◆4社がディスカッション 「AI活用の苦労や今後」

 プレゼンテーションに登壇した4社の担当者に、繊研新聞社の矢野剛編集局長が聞いた。

◇   ◇   ◇

 まずAIベンダー2社に「世界の中での技術レベルや立ち位置」について聞いた。「AI・MDは世界的にも同業者は少ない。ただ、画像解析という意味では同じ技術を使っているので、認識精度では差がつかなくなっている。日本のアパレルの市場特性やビジネスフローにどう落とし込むかが肝になる」(ニューラルポケット)、「顔認証などの技術では世界で見ると勝てないが、データをどう活用するのか、目標に向けて伴走できるかで挽回できる。当社はカメラやセンサーの設置工事から入り込んでいる」(アベジャ)とした。

 「AIバブルだが、AI導入企業が苦労しているとの声も多い」という指摘には、「導入のハードル自体は低い」(三陽商会、ドーム)という。一方、アパレル2社とも「AIの導入を目的にするのではなく、課題解決のプロセスのなかでAIを活用するという思考が大切」と強調。サービスの導入を決定する部門と実際に運用する部門が分かれている場合は、「利用目的やメリットを共有して、軌道に乗るまではベンターと密にコミュニケーションをとることが重要」(三陽商会)と話した。

パネルディスカッション

 「実際にどう商談しているのか」には、ニューラルポケットは「AIはあくまでツールで、結果を出すにはそれなりに時間がかかるため、かなりの頻度でミーティングを行っている。場合によっては業務フローにも踏み込んだ企画の手法の見直しを提案することもある」、アベジャは「まずAIによって何を目的にしたいのかを共有。それを達成するために、巻き込む必要がある人材や部署を集めた会議体を作ってもらい、定期的にミーティングしている」と語った。

 「デジタルに強い人材を育成するには」の質問には「CDO(チーフデジタルオフィサー)の下に企画や販促部門を置き、すぐにデジタルを使った課題解決に向き合える体制を敷いた」(ドーム)、「外部人材の採用のほか、ECやデジタル部門で集中してデジタル人材を育成している」(三陽商会)とした。両社とも「育った人材は各事業部に再配置して全社としてデジタルリテラシーを高めることが有効」と見ている。

 「今後のサービスの進化」についてニューラルポケットは、「素材感やシルエット、地域性ごとのトレンド情報などのデータも取得できるように開発している。またカメラを搭載したデジタルサイネージで、個店単位のトレンド情報を組み合わせられるようにも進化させる」とした。アベジャは「オンライン・オフラインの顧客の行動をひとつのIDで紐づけたOMO(オンラインとオフラインの融合)を今後数年以内に実現したい」と語った。

◆「経営者こそAIへの理解を」 日本ディープラーニング協会が基調講演

日本ディープラーニング協会の林マーケティングディレクター

 日本ディープラーニング協会の林憲一マーケティングディレクターが「AIビジネス変革に向けて」をテーマに基調講演した。

 「経営者がAIを理解して、AIベンダーと対話できるようになる必要がある」と語った。AIの中核であるディープラーニング(深層学習)への理解が日本は遅れをとっていることに危機感がある。インターネット黎明(れいめい)期に拒否反応を示した多くの日本企業を教訓にして、汎用的に使える技術であるディープラーニングを活用したビジネスを推進しなければ、「日本にとって大きな損失になる」と強調した。

 AIへの理解が進んでいない理由のひとつに、研究者によって解釈が異なり、統一見解がないことを挙げた。同協会の理事長である東京大学の松尾豊教授はAIを「人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術」と定義。そのうえで、現在のAIは学習や推論、認識といった知的作業を行い、特定の課題に対して人間の知能に匹敵する〝弱いAI〟で、人間と同じように感情や自由意志を持つ〝強いAI〟はまだ登場していないことを説明した。

 ディープラーニングは大量のデータの特徴を自らが学習を繰り返して「学習済みモデル」を作成して、それをもとにあらゆる現場データを推論するものとした。これの応用として、画像認識で歩行者や車、信号などの物体を検出して自動運転に役立てたり、農業で野菜や果物の熟し具合を判定してロボットが適切なものだけを収穫するスマートアグリカルチャーなどの事例を紹介。「原理は単純だが汎用性は高く、インターネットやエンジン、電気などに匹敵する数十年に一度の技術」とした。

 こうしたディープラーニングをビジネスにどう応用するのかや、どんなデータを活用できるのかなど「AIに関する俯瞰(ふかん)的な理解をもった人材を増やす」ことを同協会は活動の柱にしている。そのための手段として資格試験「G(ジェネラリスト)検定」や「E(エンジニア)検定」を行っている。累計受験者は2万人を超え、取得したい資格ランキングにもランクイン。G検定はAIの基礎知識や技術だけでなく歴史や関連する法律などを網羅しているもので、「経営者にこそ受けてほしい」と語った。

(繊研新聞本紙19年12月27日付)



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