【パリ=小笠原拓郎】20年春夏オートクチュールは、シンプリシティーやナチュラルに振れたプレタポルテの流れを引きずるように、クチュールでありながらシンプリシティーを感じるスタイルが広がった。モノトーンのシックな色、未完成のフォルム、シャープなテーラーリング。そのテクニックは様々だが、絢爛(けんらん)豪華なクチュールとは一線を画したラインが登場している。
(写真=大原広和)
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ヴァレンティノが変わった。それは変わるべくして変わったともいえる。ハンドクラフトの技術を生かした美しいクチュールでありながら、現代の服としてのリアルに収めるクリエイションを求めると、どうしても次のステップに行かざるを得ない。たとえ前シーズンのクチュールがどんなにすばらしかったとしてもである。
確かに、前シーズンは今のクチュールの頂点とも思われた。しかし、そんなスタイルも時代の求めるモダンには逆らえない。この春夏はむき出しのシンプリシティーの中にあるクチュールのエレガンスを感じさせる。カラーコントラストを利かせたビュスティエとジャケットのコーディネート、ベアバックのストレートドレスにタキシードにはめ込んだピンクのカマーバンド。作り込んだマキシドレスといったラインもあるのだが、どこかミニマルな空気感のアイテムが気にかかる。サテンのマットな張りやレザーの組み合わせが、きりりとしたムードを作る。とはいえ、シンプルにも思える中にもきっちりと手仕事の技術は生かされている。ダブルフェイスカシミヤにエナメルパーツのアップリケ刺繍、サンゴのヘッドピースにボウとラッフルのベアトップドレス。クチュールメゾンとしての繊細な物作りを感じさせながら、決して冗長にならないスタイルに仕上げた。
メゾン・マルジェラのショー会場は、マレ地区フラン・ブルジョア通りにある建築中の建物。中に入るとピンクの床と壁、ピンクの椅子が並んでいる。
今回は「ブルジョア」がキーワードとなった。ブルジョアのコードをリサイクルすることで、価値観をアップサイクルするという提案。シャツがスカーフのように首元から片袖に向かって流れるアイテムなど、着こなしにブルジョアのスノビズムを取り入れている。迫力があるのは、箔(はく)やエナメルの張りを生かしたセットアップやケープのスタイル。メンズテーラーリングをベースに未完成のテクニックを生かしたラインも独特の存在感がある。しつけ糸のステッチが際立つテーラードジャケットが解体され、違うアイテムとなる。インサイドアウト、フロント・トゥ・バック、アシンメトリーの、解体されたテーラーリングが何か強いメッセージを放つ。その力強さは「コムデギャルソン」を思わせるもの。未完成という概念は確かにマルジェラのコードではあるが、それ以前に川久保玲のコードでもある。89年にシャビー(貧乏)ルックとして登場して話題をさらったマルタン・マルジェラだが、シャビーという概念を楽しめるのはブルジョアだということなのであろうか。コレクションのクオリティーに感嘆しながら、そんなことを考えさせられた。
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