ブータンのテキスタイルにみるスロー生産の在り方(杉本佳子)

2021/11/26 06:00 更新


 消費者にとっていいものが早く安く手に入ること、企業にとって四半期ごとに売上高と利益が上がることは望ましいが、それを達成するために幸せを感じられない人々がいるとしたら、そうした状況を快く受け入れられるだろうか。成長とは何か、幸せに生きるとはどういうことか、その定義が問われている気がする。大きな売上高と利益を上げられなくても、業界の常識的基準より入手に長くかかるとしても、迅速さより関わる人々の幸せを優先するビジネスが存在し存続できて、消費者の選択肢が増えることは喜ばしいことだろう。ニューヨークのギャラリー兼レストラン「ザ・ギャラリー」(前回の展示イベントはこちら参照)で開催中のブータンの手織物と製品の展示「HAPPINSS IS HERE: BHUTAN TEXTILES EXHIBITION」を見て、そんなことを考えた。

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 この展示は、国連の関連機関の1つであるITC (International Trade Centre)がEUとブータン王国政府の協力を得て企画したもので、ブータンの経済支援活動の1つだ。この支援プロジェクトが始まったのは2018年。ブータンの手織物の職人さんたちは、それまで自分たちが着る民族衣装か簡単な敷物のようなものしかつくったことがなかったという。もちろん、海外に輸出したこともなく、このプロジェクトで初めてクッションカバーなどをつくったそうだ。手織りする素材はウールやコットン、シルクで、多くは草木染めしている。国外で売れるクオリティーとデザインにするため、フランス人のデザインコンサルタントが商品を監修。2020年1月にメゾンオブジェに初出展したが、その後コロナで国外で見せられる機会を失してきた。

Courtesy of Bhutan Textiles
Courtesy of Bhutan Textiles

 今回ザ・ギャラリーに展示されているものはすべてサンプルで、受注会という形式をとっている。受注した分だけつくり、お客の手に届くのは約3カ月後だ。ブータンは、GDP(国内総生産)よりもGNH(国民総幸福量)を重視する国として知られている。低賃金で過剰労働をすれば、本人にも家族に苦痛と犠牲が生じ、それは幸福とはいえない。働く人々とその家族が幸せを感じながらモノをつくるためには、スロー生産になるということなのだ。価格帯はカーペット及びラグは160~760ドル、ブランケット570ドル、クッションカバー50~270ドルといったところで、トートバッグやポーチも少しある。

 京都の老舗履物メーカーの祇園ない藤とコラボした草履風サンダルもある。

 ザ・ギャラリーは新しい展示をするたびに、展示内容に関連したメニューをつくっている。冊子スタイルで、ブータンの紹介もしている。

 そしていつも展示内容にインスパイアされた特別メニューを入れているのだが、今回の料理は松茸入りモモ。モモはブータンの蒸し餃子で、リコッタチーズや鶏のひき肉も入り、味付けにはブータンの香辛料が使われている。スープに入れた水餃子のような感じで、それが紙鍋スタイルで出てきた。見た目も楽しく、味も大変美味しかった。

 このブータンテキスタイルのコンセプトに理解を示す小売店も出てきていて、アメリカではこの秋ノードストロームのニューヨーク店にオープンしたインテリアグッズの売り場、日本ではトゥモローランドとダイスアンドダイスが扱っている。

 さらに、アングローバルが今年春夏に立ち上げた新ブランド「キタン」は、ブータンの手織り布を使った製品をつくっている。キタンのデザイナー、宮田紗枝さんにブータンのテキスタイルのどういうところが気に入ったかメールで聞いてみたところ、「ブータンの伝統文化の中でも、その民族衣装に主なルーツを持つ手織物は母から娘へ受け継がれてきたそうです。ブータンには手織りを指す“Hingham”という言葉があり、それは単なる手作業や技術ではなく、“心で織る”という意味だと聞きました。世代を超えて受け継がれてきた織りや染色の技術、手紡ぎ・手織りの有機的な風合いが特に気に入っています」と返信してくださった。「心で織る」ことは大量生産では実現しにくいし、今までの生産の在り方を見直すきっかけとなる表現だ。実際、宮田さんから、「自然や生き物たちと共存しながら必要なものを必要なだけ大切につくるといった現地に根付く考え方に、『量産軸』でものづくりをする私たちが学ぶべきことがとても多いように感じています」との発言も聞かれた。

 キタンがブータンの手織り布を取り入れたのはこの秋冬が初めてで、ラップスカートのみを展開している。2022年春夏は、シャツと羽織を展開する予定だ。

 生地を発注して届くのは約3カ月後。スロー生産の今後の可能性や市場性を宮田さんはどうみているのか聞いてみた。すると、宮田さんから下記のお返事が送られてきた。

 「Quitanでは、『文化の交歓(=bricolage)』という考え方を大切にしつつ、ものづくりシステムの中の一員としてブランドを捉える際に、『手仕事と量産性のバランスを整えることで、適量の追求をする』ということを目指し構築するようにしています。

 現在お力添えをいただいている、日本・フランス・インドの量産縫製工場には、それぞれ必要最低限の生産数量だけをお願いする代わりに、叶う限り継続して一緒にシーズンを踏んでいただけるよう、お仕事をお願いし続けるようにしています。

 そして、手仕事からは、『顔の見える大切な誰かのために必要なものをつくる』という考え方をいつも感じられるので、その要素をコレクションの中に毎回少しずつちりばめるようにしています。

 ものづくりは、どこで切り取っても楽しいものであってほしいと思っていますので、量産(既製服をつくること)も、手仕事もどちらかを否定するのではなく、ニーズに応じて作り手も買い手も『適量』で向き合っていくことが大切だと思っています。そして、そこには、生産スピードも多く関わっているように思います。そういったものづくりを通して苦しむ生き物や人が少しでも減り、ポジティブな要素に循環させていくことが小さいながらもQuitanの目指したいところであります」

 「ものづくりは、どこで切り取っても楽しいものであってほしい」――この一文が特に心に響いた。すべてのものづくりがそうなることは、残念ながら夢物語だろう。そしてすべてのものが手に入るまでに長い時間がかかることも、望ましいことではない。バランスが難しいが、スロー生産されたものを少しずつ取り入れていく、そしてどんなものも大事に長く使うことがSDGsに繋がっていくと思う。

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89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ



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