「繊研新聞」では毎シーズン、パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨーク、東京といったコレクションを取材・報道しています。ただ、そこに登場する世界的な超有名ブランドの名前は知っていても、「何がすごいの?」「どこのブランドが売れているの?」「うちの商売に関係あるかなあ」と思っているファッション業界人もいるのでは。
そこで、長年ランウェーの取材を続けている小笠原拓郎編集委員と青木規子記者の2人に、普段レディスのリアルクローズ~マスマーケットを担当している記者・石井久美子が、素朴な疑問の数々をぶつけてみました。
そこに新しい美しさがあるか
石井 20~21年秋冬コレクション、ずばりどこが良かったですか。
小笠原 (ピエールパオロ・ピッチョーリの)「ヴァレンティノ」ですね。例えば、ヘリンボーンのツイードのコートがあったんだけど、柄に沿ってびっちりと棒ビーズがあしらわれていて、すごいなと。手仕事のテクニックの美しさがあった。あと、ジョナサン・アンダーソンの「ロエベ」も良くなった。「ドリス・ヴァン・ノッテン」も。
石井 そもそも、良いコレクションって何なんでしょう。
小笠原 「新しい」と思えるか。30年近くこの仕事をしていると、正直、既視感のあるショーもいっぱいあるし、そんな中でも「この感じは無かったな」と思えるものに出会うことがあるんです。
青木 ロエベは私も良かったと思いました。日本人陶芸家の桑田卓郎さんとともに手掛けたコレクションからは、物作りに対するブランドの真摯(しんし)な姿勢を感じたし、デザイナーブランドの新しいあり方を探ろうとしているのが良く分かりました。圧倒されたし感動すら覚えた。
石井 ショーの写真を見ても、例えば20年春夏のヴァレンティノのドレスとか、単品で「きれいだな」と思うことはあるんですけど、良いコレクションかどうかは自分には分からなくて。
小笠原 見続けると分かるよ。最低3シーズンくらいかな。そうすると徐々に分かってくる。
石井 そもそも、何でブランドはショーをやるんでしょう? お金もかかるし。
小笠原 パリなら最低3000万円はかかる。20~30社が相手のビジネスならプレゼンテーションや展示会でも良いけれど、ショーなら全世界に、一度に見せることができる。なぜショーをやるのかはブランドによって違う。新しい美しいものを探して提案したいから、という理由もある。でも今は大資本のラグジュアリーブランドが増えて、そういう所はショーでイメージを発信しつつ、メインはバッグや財布なんかの革小物とか香水で売り上げを取っている。
青木 優秀なデザイナーは、社会的な流れや気分、アートや文化のトレンドなどを吸収して、それをファッションとして形にしている。その感覚が研ぎ澄まされているショーは面白いよ。インビテーション、音楽、空間すべてでやりたいことを表現している。その舞台としてショーはやっぱり大事なんだと思う。今後、形は変わっていくんだとしても。
「ありえない」が当たり前になる
石井 実際には販売しないショーピースも結構あるんですよね。イメージ発信のためとはいえ、あまりに奇抜で着られない服って美術館に並ぶアート作品の世界な気がして。でもブランドはあくまでビジネスなわけで。その関係性はどう考えればよいのか。
小笠原 実用性だけなら、軽くて、冬は暖かい服だけで良いわけですよ。でもファッションって、そういう実用から離れていくことで新しい美しさを探してきたから。「着られる、着られない」も時代によって変わるし。今まで作られてきたものをなぞるんじゃなくて、既存を超えた何かをはらんでいるもの、「こんなに肌が見えちゃうけどそれでも着たい」って思わせるドキドキ感、それを本当のファッションデザイナーは生み出している。
青木 うんうん。私もまさにそう思う。歴史を振り返っても、ありえないような服が出てきたとしても、着る人の心をつかめばばっと広がる。それを繰り返してきた。コルセットの時代にココ・シャネルが、すとんとしたドレスを出して女性を解放したように。60年代のミニ(スカート)だって、最初は「え!」って思われただろうけど当たり前になって、そうやって進化してきた。ただ今は、そういうものが出尽くして難しくなってきたとは思う。
石井 確かに、こうじゃないと服じゃない、着てはいけないという定義はないし、着られないと思った物がいつの間にか服になっているのかもしれないですね。
小笠原 「なんじゃこりゃ」っていうデザイナーの服もたまにあるけどね。
青木 失敗すると学芸会になってしまう。そこにはやはり迫力や新しさ、人を引き付ける何かが必要で、それができる代表的なブランドが「コムデギャルソン」なのかなと。
小笠原 川久保(玲)さんは、服の概念をどう変えるかということをずーっと、それこそありとあらゆることをやった上で、服の概念のさらにその外側にあるものを提案しているデザイナーだから。
成功収めた「グッチ」、再注目「ジル・サンダー」
石井 川久保さんの話を真剣に始めると時間が足りないので(笑)、いったん別の質問を。有名なブランドは世にたくさんありますが、ここ最近でビジネスとして成功したのはどこだと思いますか?
小笠原 やっぱり、アレッサンドロ・ミケーレの「グッチ」かな。ケリングの決算を見ても。インスタ(グラム)映えもするし、グッチの服だと一目で分かる。
青木 ツイードのノーカラージャケットとか、グッチは服でも雑貨でも売れ筋をいくつも用意できているのも強いと思う。「バレンシアガ」もストリート人気で売り上げを伸ばした。トレンド自体は今はエレガンスに移っているけれど…。
石井 注目されているブランドという意味では。
青木 今日、小笠原さんが着ている「ジル・サンダー」と、日本市場なら「ザ・ロウ」。両方とも〝ポスト・フィービー〟。つまりフィービー・ファイロが「セリーヌ」のクリエイティブディレクター時代に築き上げた、働く大人女性のための服のポジションのブランドとして注目されている。ジル・サンダーはルーシー&ルーク・メイヤーが携わるようになって、元々のミニマルさに今の軽やかさ、モダンさが加わったのが良い。アシュレー&メアリーケイト・オルセンのザ・ロウは、ジャパン社ができて価格的にも買いやすくなりつつあるし。
石井 2人の個人的な注目は? これまでの話題で挙げたブランドでしょうか。
青木 ロエベとグッチかな。日本のデザイナーブランドは、10年くらいずっと「サカイ」の時代が続いているけれど、最近はぐっと「マメ・クロゴウチ」が伸びています。
小笠原 ジル・サンダー、ヴァレンティノ、ジョン・ガリアーノの「メゾン・マルジェラ」だね。
石井 クリエイティブディレクターってそもそも何をしているんですか? デザイナーとどう違うんでしょう。
小笠原 クリエイティブディレクターは90年代に出てきた言葉なんだけど、服はもちろんロゴやショップデザインなどクリエイティブの全てを統括する権限を持っている人のこと。今はデザイナーすら、服のデザイン以外も考えていかないといけなくなっているけどね。
(コレクション写真は全て20~21年秋冬。撮影は大原広和、「ザ・ロウ」のみブランド提供)