ロックダウン「ライト」のクリスマス(松井孝予)

2020/12/28 10:55 更新


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ボンジュール、パリ通信員の松井孝予です。

コロナ感染第2波で10月30日から続いていたロックダウン(都市封鎖)が、今月15日、緩和第2フェーズの夜間外出制限へと緩和されました。

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緩和第2フェーズにあたっては(今のところ第3フェーズまで組まれている)、「1日あたりの新規感染者5000人以下」の目標達成を条件に、

  1. 日中は外出証明書なしで移動できる
  2. 地域間の移動もOK
  3. 夜間の外出は制限される(要外出証明書) 21時〜翌7時
  4. 美術館、映画館、劇場などの文化施設の再開(21時まで)
  5. 12月24日、31日は夜間外出制限一時解除

というシナリオだったのですが。

(補足/レストラン、カフェ、バーは3月からほとんど営業できず、来年1月20日から再開予定。ディスコ、ナイトクラブは3月から営業禁止のまま。)

緩和第1フェーズで商業活動が再開され、ノエル(クリスマス)のショッピングが影響したのか、感染者は1万2000人からあっという間に1万7500人超え。

専門家たちは早くも、(予防ワクチンがあったとしても)ノエル後の第3波を警告。

とういう状況下で、15日からの緩和は上記の1、2が適用、3については20時〜翌7時、5については12月24日だけ解除という、予定よりも厳しい措置が取られました。

文化施設の再開は来年1月7日までお預け。これでまた文化的日常が遠ざかってしまった。

ルーヴル美術館は再開に向け大掛かりな準備をすすめていたのに。

QRコードなしで外出できる!

今回の緩和の目玉は、日中は外出証明書なしに移動できるようになったこと。

出かける前に、デジタル版外出証明書に必要項目を記入→政府に送信しQRコードをもらう、という煩わしさにバイバイ。

QRコード付き外出は、毎度Amazonの倉庫から出荷される商品にでもなった気分でした。

続ロックダウンはいたって「ライト」だった

あの春のロックダウンを経験したら、10月末からの続ロックダウンはとってもライトでした。

春は、規制遵守を関しするコントロールが厳しかった。

セーヌ川に架かる橋には関所のような検問所があって、右岸と左岸の移動はほぼ断絶されていたし。

そうそう、日中の運動や散歩も禁止。食糧と生活物資は不足していたし。それに比べ秋のロックダウンは緩かったのにも関わらず_

ああ、なんて暗く閉じこもった11月だったのだろう。

これは日照時間やグリザイユ(灰色トーン)の空、もろもろ季節のせいではありません。

日本でも報道されているので、なぜなのかご想像できるでしょう。おぞましいテロの直後に始まった都市封鎖。

ロックダウンで人気のない通りに、ナイフを武器にロンリーウルフによるテロ未遂や傷害事件が起こるという悪夢。

毎日ひっきりなしに聞こえてくる、機動隊やパトカーサイレン。憲兵、警官は外出証明書のコントロールどころではなかった。

そして感染症につきものの攘夷運動。

今、いや今に限らず必読の書、石弘之著『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)では、中世に欧州で大流行したペスト、1822年に日本で起こったコレラ、19世紀の米国での結核と、それぞれの感染症に因る攘夷思想や排斥運動にも触れています。

秋のロックダウンで起こってしまった現世SNSを手段にしたアジア人排斥運動。

関連アカウントはすぐ排除、アジア人居住地区の警備強化、アジア人のアソシエーションが団結し社会に訴えたことも功を奏し事態が落ち着いてきたところに、警官による黒人男性への暴力事件。

このショッキングな出来事が、都市封鎖中すでに週末ごとに開かれていた治安関連法案反対デモをエスカレートさせました。

反人種差別、暴力的に行われた移民撤去への反発へとデモの目的は広がり、さらにまだ健在の「黄色いベスト」も加わり、週末のデモ活動は一般市民を巻き込み、交通は大パニック。

破壊行為者がデモに便乗、放火や銀行襲撃など暴力的となり、コロナ禍で苦しむ商業活動を中断させる始末。

『菊と刀』で知られる文化人類学者ルーズ・ベネディクト(1887ー1948)が『レイシズム』(1942年 阿部大樹訳/講談社学術文庫2020年)で、人間に生まれつきの優劣などないことを書いています。

あれこれ理由をひっぱりだしてきて、人類を自ら分類するのはやめよう。

エスペランス 希望を探せ!

春よりも辛く、悲しく、閉鎖的だった秋のロックダウン「ライト」を経験しながら得たことは、何があっても前向きでいることです。

最近、マレ(4区)の通りでよく、「ESPERANCE エスペランス/希望」と見出しのついた、迷い犬を探すための張り紙を見かけます。

でも不思議なことに、迷い犬はイラストで描かれ、犬を見失った日時と場所が記載されていません。

この貼り紙には、ESPERANCEの辞書上の定義(「将来への希望」)と、「もう長いことエスペランスを見ていません。もしエスペランスを見かけたり、捕まえることができたら連絡をください。お礼を差し上げます」_

と書かれてあります。

緩かれキツかれ世界同時に広がっていた春のStay Homeでは、国境を超えて「7日間ブックカバーチャレンジ」が盛り上がりました。

わたしも参加できる機会をいただき、期待以上に楽しく、感動いっぱいのロックダウンを過ごしつ、本の持つ果てしない威力を再発見しました。

(バトンを回してくれたK子さん、バトンをうけとってくれたみなさん、どうもありがとう!)

ノーベル文学賞を受賞した仏人作家フランソワ・モーリアック(1885ー1970)は、「読書はよろこびの世界への扉だ」という言葉を残しています。

レストラン ラッセのオーナーシェフ村山太一さんは著書『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか?』で、「最強のサバイバルツール」として読書について語っています。

エスペランスという犬は、読書の匂いが大好きに違いない。

エスペランスは本のページとページの間に隠れているかもしれない!


それでもノエルはやってくる

ジョージ・オーウェル(1903ー1950 死因/結核)と言えば『1984年』『動物農場』が有名ですが、すばらしいエッセイストでもあります。

『トリビューン』1946年12月20日号に掲載されたオーウェルの随筆「クリスマスの食事」には、「今年の世界は、とうていお祭り騒ぎなどできる状態ではない」と終戦後のクリスマスについて書かれています(『一杯のおいしい紅茶』翻訳/小野寺健 中公文庫に収録)

要因は違っていても、2020年のノエルもお祭り騒ぎどころではない。

皮肉なことに特にオーウェルの母国英国では(彼はイギリス植民地時代のインド生まれだが)。

オーウェルはこの随筆の中で、来年は読者が昔どおり祝えるようにと祈りつつ、とにかくそこまで来ているクリスマスは節度を守ろうと提案していて、肯いてしまいました。

今年はオーウェルの教えに従いたい。

そしてパリからも、「エスペランス」を祈りながら、2020年ノエルのアルバムをお届けします。

JOYEUX NOEL メリークリスマス!

パリ市庁舎広場

ビックリ仰天のド派手な電飾。

マライア・キャリーが “All I Want For Christmas Is You”を歌いながら出てきそうな、AppleTV『マジカル クリスマス スペシャル』ばりのスタジオセットのよう。

20時からの夜間外出制限も何のその、エコロジーを推進するパリ市がこんなピカピカしていていいのだろうか?

という疑問を抱きつつ、BGMにはマライヤではなくチリー・ゴンザレスの ピアノソロアルバム “A very chilly christmas”を選びたい(マライアの “All I Want For” 、ワム!の「ラストクリスマス」も収録されてます)



BHV

パリ市庁舎の隣にある百貨店BHVは同グループのイータリーと協業のノエル。

ということでテーマはイタ〜リア!


プランタン

今年はハリウッド系女優の点灯式もなく。

でもやっぱりいちばん人気を誇るプランタンのディスプレイ。


ル・ボン・マルシェ

パリジェンヌをときめかせる恒例の店内ツリー。


セーヌ川

冬の使者、白鳥(コブ白鳥)がサンルイ島に到着しました。

ここで越冬する白鳥はとても人懐こいのですが、それなりにキャラクターがあります。

今年の白鳥さんたちは、エレガントな姿そっちのけの食いしん坊。よく食べるので、友だちがガブガブと名付けてくれました。

この季節、たまにしかない晴れの日に白鳥にビスケットをあげに行くのですが、もたもたしていると、「早くして」とクチバシでコートの裾を引っ張られます。


こちらはまだヨチヨチ歩きの白鳥。


前回までのレポートはこちらから


松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。

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