群馬県桐生市、高崎市でセレクトショップを運営するエスティーカンパニーが、大型路面店の桐生店の集客を伸ばし続けている。18年3月の移転・増床から4年が経過し、ギャラリーを活用したイベントが定着。デザイナーやブランドの担当者も一緒になって盛り上げ、県内外からの来店客を一段と引き込んでいる。
遊びのある空間
「居心地の良い器を作ったことで、昨年も店を目指してくる人がさらに増えた」と環敏夫社長。かつては工場を併設した和菓子屋だった物件を買い取り、センスの良い建築家とともにリノベーションした結果、人が人を呼ぶ循環を生み出した。店作りの参考にしたいと遠方や都心からやってくる同業者も少なくない。環社長が常に考える「店で買う意義を作りたい」という姿勢が隅々に感じられ、訪れた人の共感を誘う。
例えば本館1階の一番奥にある商店街に面したガラス窓のギャラリー。売り上げ効率を重視する都心の小売店では考えられない遊びのスペースだが、その無機質な空間は、消費者との接点を広げたい作り手にとって格好の場所だ。「ダブレット」で新春恒例の協業Tシャツの発売に際しては、群馬県出身のデザイナー井野将之さんともに演出を考える。今年2月は子供服の発売に伴って親子のスタイリングを展示、週末には井野さんも来店して顧客とのコミュニケーションを楽しんだ。
昨春の3周年記念には、帽子「キジマタカユキ」のデザイナー、木島隆幸さんが、アトリエからミシンを持ち込んで初のセミオーダー会を開催。一人1時間、2日間で限定14人の枠はあっという間に予約で埋まった。
この1年、ギャラリーでのイベント販売は、月1回ペースで行っており、前年の売り上げを2ケタ増へと押し上げる要因の一つとなった。ゴールデンウィークには、吉田カバンの「ポーター」のタンカーの新色発売に伴う全国ツアーがヒット。それまでポーターを扱ったことはなかったが、吉田の担当者が自ら訪れて「ここでやりたい」と依頼があった。ツアーの地方1番店として開催し、11日間で約560万円を売り上げたという。他にも、カシミヤニットの日常着「ボーディ」、ジュエリーの「カフカ」など、店として初めて紹介する若手のブランドの展示販売もあったが、「人、クリエイション、モノを見て、うちに合うか合わないかは判断している」だけあって、「全てが当たった」と環社長は振り返る。
双方向から信頼
経営の根本にあるのは「何よりも人が好き」という純粋な気持ちだ。好きなものをより多くの人と分かち合いたいからこそ、「常設の取り扱い商品は全て仕入れ、100%買い取りで返品はしない」を貫き続け、2階のカフェでは地元産のアイスクリームも販売する。各フロアには、什器ごとにブランドの個性にあふれた洋服が並ぶ。都心のショップ以上に充実した品揃えは、ファッション好きの来店客の心をつかみ、世界観を伝えたいデザイナーにとってうれしい光景だ。「展示会で見るモノが全て」であり、他店の品揃えや雑誌媒体の露出に左右されることはない。忖度(そんたく)なしに作り手に向き合い、自らの目利きで勝負してきた積み重ねが、双方向から信頼を得るものとなっている。
世の中で小売業のEC化が進んでも、軸足は店頭からぶれず、「目で見て感じる楽しさ」にある。売り上げが伸びても、EC比率は25%程度とコロナ前とほぼ変わらない。都心から定期的に来店する顧客も存在し、モノではなく、非日常の体験や心地良さを感じる時間に価値を提供できている。
店に憧れる若い人材
店が発展し続ける原動力は、環社長の姿勢を受け継ぐ社員の存在にほかならない。人が好きな気持ちは誰にも負けない、そして着飾ることが大好きというオーラにあふれた販売員が、来店客との会話を楽しんでクリエイションの魅力を伝えてきた。「初めて扱うブランドでも、現場のスタッフが真っ先に購入してセンス良く着用している。それが顧客に伝わるのか、想定以上に売れてしまう」。帰り際には、一人ひとりを出口まで見送り、気持ち良く送り出す。
責任感の強い社員に恵まれ、「年を重ねても、一緒に仕事ができることが一番の幸せ」と環社長。器作りにとどまらず、誰もが働きやすい環境を作ることを心掛けていることが、持続可能な成長を促す。コロナ禍でも昨年は「夏、冬と前年を上回る賞与を出せた」ことに、全社が一丸となって働く意欲の高さがうかがえる。
キャリアの長い販売員に続いて、店に憧れを抱き、就職を志望する若い人材も後を絶たない。桐生店と高崎店、ECの運営でパート4人を含む社員25人のうち、20代は7人。2人は長野県と静岡県からの移住者だ。20代に向けては、月に1回勉強会を開いている。閉店後に行っており、自由参加だが、社長の豊富な経験と知識を共有したいとばかりに皆が揃って出席している。
(繊研新聞本紙22年3月17日付)