企業の成長持続のために知るべきこと 第7回

2015/06/19 22:48 更新


企業改革講座⑦
企業が成長を続けるために、知るべきこと、行うべきこと(その⑦)

第7回「なぜ創業者の代以降に事業が低迷し衰退していくのか」

 

 

 

 低迷状態にある企業のV字回復のための「リエンジニアリング」(再活性化)プロジェクトに数多く携わってきていると、業界にかかわらずいくつかの共通点に気付かされます。

 

■多くの場合、創業者からの代替わりの後、2代目(2代目以降の場合もあり)の社長が低迷状態の苦境に立たされている

■実際に低迷状態が始まったタイミングは、現社長の登場前である

■その低迷の因果を追いかけていくと低迷の根本的な理由は、2代目社長の前、つまり創業者など先代社長の代の施策の中に隠れている

■2代目社長は、自社について、掌握したい部分を掌握できていない。あるいは、しっかりと掌握できている状態を経験したことがないがゆえに「こんなもんか」と思っていたり、掌握できていないことにさえ気が付いていないこともある

 

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 経営においては、基本動作として「手を打った」時に打ち手が効いたかどうか、読みが外れていなかったか、もし外れていたならば、それがどこなのかを素早く、具体的に把握することが重要になります。ところが事業規模が大きくなり、そして代替わりした企業においては、この実感の大切さが伝わらないままに、上っ面の経営の仕方やスタイルだけが継承されている場合が多いようです。

■もっとも大事なキモの部分が伝承されない事業承継

 先日も、ある企業でブランドの創業以来の推移を分析し、成長につながった打ち手、そして、せっかくの成長を止めてしまう経緯に至った因果を洗い出しました。

 毎回、この分析を行って明らかになるのが、創業者・創業メンバーは、自分たちのユニークな事業の着眼点を実現させるべく、市場をしっかりと見ながら、成功のためのポイントを見いだすべく、果敢に施策を調整し、打ち続けた事実です。

 その当時の熱き思い、執念に裏付けられたPDCAは、書面化はもちろんのこと、十分な言語化がなされていないために、代替わりが進むにつれ「あのころは、ほんまにすごかったで」と口頭での伝承をする人も少なくなっていきます。社史などをひも解くと、その当時の様子は事実としては記述されています。

 しかし記録としての表現で書かれた文章では、当時の勇猛果敢な人たちがPDCAを回して「何を見て、どう判断していたか」という最も重要な部分はリアルに伝わるものではありません。

 素晴らしい着眼点で、事業をスタートしても環境、状況について当初の想定とは違っていることが数多くあります。さまざまな選択肢の中で、その場、その場での判断、経験則を積み重ねることによってプロジェクトを成功に導く、その時の姿勢やパッションまでは、なかなか後世に伝わるものではありません。

 しかし、事業運営に当たって最も重要なのは、まさにこの市場を切り開いて事業を作り上げていくノウハウです。これが組織の知恵になることなく、代が変わる際に途切れてしまうことが問題なのです。

 

図案

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■ワンマントップは自分を中心にPDCAを回す

 多くの創業者がワンマン経営を行うのは、自分を中心にして回すPDCAが、最も効率的であり、効果的であることを知っているからです。事業を早く成長させるために、自分を中心にPDCAが回しやすい体制を作ります。亡くなられたダイエーの中内功さんをはじめ、私の知っている数多くの創業者が、このワンマン型の経営を行っています。

 ワンマン型の経営者は自分が企画(P)している限り、他人に対して、その新しい試みがうまくいかないことを怒ることはあまりありません。しかし、自分の思っている通りに企画(P)がまとまっていない場合や、自分の指示通りに実施(D)ができていない場合には、烈火のごとく怒るものです。これは自分のPDCAを精度高く回そうとしているからです。

 外資系企業の場合も同じで、本国が方向性や指示を出し、出先会社は、それに従うことが求められます。外資系企業の方と話をしていると「本国側は日本の市場のことなんてわかっていないんだけどさ。失敗するってわかっていても、従わなくちゃいけないんだよ」とよく聞きます。

 このワンマントップによるマネジメントで起きうる問題は、PDCAがトップの頭の中だけで完結されてしまいがちだという点です。本来、PDCAのPには、・現状把握・意味合いの抽出と、解の方向性の明確化・考えられる施策の評価と絞り込み・実行計画が含まれていなければなりません。

 そして、その施策がうまくいったのかについての検証(C)は、売り上げ以外にも客数の増加なのか、客単価なのか、施策の目的次第で見るべきポイントが変わってきます。

 これがワンマントップの頭の中だけで完結するマネジメントでは、トップは「これをやれ」と、十分なWhy(理由の説明)抜きで、実施の指示だけを行い、自分で現場に行って購買客を確認をして検証(C)し、自分の頭の中だけで修正し、次の指示(P)を出します。

 よほどうまく言語化して書面化し、理をもって組織内に指示できるトップでない限り、社内に理由はよく伝わらずに、ただトップの指示に従って、正確に実施(D)を行う能力のみに長けた集団が出来上がっていきます。PDCAを回すことによるすべての学習は、トップの頭の中で完結してしまっているので、事業における考える機能と学習は全てトップ一人に集中してしまっています。 

■次の世代が育っていないと嘆く創業者だが…

 「自分を継ぐ世代が育っていない」と嘆く創業者にお目にかかることがあります。しかし上記のように、企業としての成長の速度と効率を考えるあまり、全てを自分の頭の中で企画、検証、再企画を行えば、その事業の成功のためのノウハウはその本人にしか蓄積していきません。社内は、指示を受けて実施(D)する「ロボット」化した組織となっていきます。

 「企業はトップ次第である」とは、まぎれもない真実ですが、長期視点をもって、若いうちから抜擢(ばってき)し責任を持たせて人を育成することがむずかしい日本の企業文化では、経営者の育成は容易ではありません。

 仮に、他社から中途採用で入ってきた幹部が新規提案を行っても、ワンマントップの世界観の下では単純に却下されてしまいます。こういう方は、社内の人に聞き、情報を収集して提案をまとめますが、根幹の知恵の部分は社長の頭の中にあり、よほど、問題解決の訓練を積んだものでなければ、社長に対抗できるプランを構成、組み立てることは難しくなります。

 社長が丁寧に却下の理由を説明しているうちは良いのですが、次第にうっとうしく思われたり、場合によっては、社内の触れてはいけない部分、いわゆる「地雷」を踏んでしまい、苦境に立たされることもないとは言えません。

 

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 また、このように「ロボット」化している組織では、ワンマントップの周りの幹部がトップ起案の改革推進や、優秀人材の採用を嫌がる場合もあります。これは、イニシアチブをとった問題解決に取り組んでこなかった側近たちの、自分たちの実力への「自信」の無さが起こす保身行動です。

 「もし、次の成長のステージに向けた『べき論』の改革がなされてしまった場合、自分たちの居場所がなくなってしまうのではないか」と考え、「自分たちにやらせてほしい」「改革に費用が掛かりすぎる」「文化が違う」など、自分と近しいトップが受け入れそうな様々な理由を考える事に全ての知恵を使います。

 また、後から入ってきた力のある幹部人材が、自分たちを追い越して上位に行ってしまうのも面白くないがゆえに、「村八分」状態にするなどの嫌がらせをして、辞めさせてしまう場合もあります。

 かつて上場を狙っていたゲーム販売会社の例です。経営力強化のためにトップが外部から幹部人材を採用しました。すると、創業からいる幹部役員が、入社してきたこの幹部による改革に対し、裏で邪魔をした。社長も昔からいる役員の意見を聞き続けていたため、結局その中途入社幹部はバカバカしくなって1年半ほどで辞めてしまいました。

 その時、創業からいた幹部役員から社長への言葉は「ね、社長。僕らが一番頼りになるでしょ」だったそうです。この会社はほどなく下降軌道に入り、今は存在しません。

 ワンマントップの周りは「思惑の温床」になりやすい。企業の永続的な発展は「思惑をいかにおさえ、事業の本論にのっとった活動、判断ができるか」に知恵を使い、企業の仕組みづくりを推進することにあると言っても過言ではありません。

 

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■言語化を進め、組織がPDCAで学習すること

 ワンマントップが個人でPDCAを回すことにより、企業は成長します。ただし、そのトップによるPDCAによってたまったノウハウが組織のものになっていないために、重要な事業の知恵が次の世代に伝わらなくなってしまいます。

 さらに、より大きな事業を動かすには、より大きい組織が必要になります。そこでは理にかなった説明を現場まで伝え、的確な情報を現場から得る必要があります。そのための神経系統を育てるには、言語化を進めること、Whyを追いかける文化、PDCAを組織で回す作法の徹底などが必要なのですが、ワンマン経営の場合、これがどうしてもなおざりにされてしまいます。

 ワンマン体制下で成長が止まってしまうのは、この神経系統つくりが追い付かずに組織のPDCAが回らなくなり市場と乖離(かいり)を起こすからです。「俺と同じように考える人材を育てる」と言われるトップがおられます。名経営者として有名なジャック・ウェルチ氏も「自分のロボットではなく、クローンを育てる」という表現を使ったと言われます。

 ただし、全ての企業のトップが経営ノウハウの伝承に関する能力にたけているかどうかははなはだ疑問です。技をうまく伝承するノウハウをもっていなければ、どんなに画期的で優れた技であったとしても、その匠の技はこの世からは消え失せてしまいます。
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■経験則が言語化され共有できなければ 企業発展は続かない

 優れた創業者は、周りからよく「うちのトップの、あの動物的な勘ともいうべき判断力には誰も勝てない」と言われます。

 この「動物的な勘」と称されるものは、創業者が自分の頭を中心にPDCAを回した経験則が創業者のみに蓄積されていて、このお一人だけが、まるで夜道に灯りが灯っているかのように先が見通せている状態にあるということです。ご本人は、十分言葉にして説明しているつもりでも、実際は、因果について十分な「言語化」や考え方の因果を、わかりやすく書面に落としているわけではありません。

 一般的に創業者トップは、理路整然と文章を書く能力を持っている方が多いようです。人にものを伝えるのがトップの重要な役目ですので、文章化の能力が鍛えられているのでしょう。しかし組織が育っていくために必要な、企画段階や、実行した結果についての「因果の見える化」がおろそかにされると、組織としてはPDCAが回っていないため、ことの因果がトップ以外には把握できずに、組織の学習にはなりません。

 この状態は「情報共有ができていない」という表現でも間違ってはいませんが、正確には「因果を見える化し、企業としてのノウハウを蓄えるPDCAの作法が不在である」ということであり、先々の企業の成長を阻む最大の要因となるわけです。

 事業が成長し組織が大きくなる、競合状況が激しくなりビジネスの戦い方のレベルが上がるにつれ、事業運営の仕方も進化が必要になります。

 いくら本部に高偏差値人材を集めても、いくら商品企画に良いデザイナーを配置しても、正しく市場の情報が、組織のフィルターを通って的確に上がり、経営の意志も的確に翻訳されて伝わる神経系統が発達していない企業が多々あります。この状態では「大男、総身に知恵は回りかね」どころの騒ぎではなく、いわゆる機能不全におちいっていきます。

 人類の歴史を振り返ると、外敵の侵入によって栄華を誇った大国も滅亡します。しかし、外敵の脅威は常に存在していました。結局、外敵を排除できないレベルまで、国内の統治が機能不全を起こしてしまったことが真の原因です。

 組織には、規模や事業に求められるレベルにまで精度を上げたPDCAが必要であり、これができていない企業は滅亡に向けた一方通行の道を走ります。ワンマン経営に相対する経営の方法論は合議制ではありません。ワンマン経営の進化の先にあるべきは「PDCAによる見える化」の推進なのです。組織のPDCAによる言語化の推進は、組織内の「思惑の蔓延(まんえん)」を抑える効果も発揮するのです。

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■トヨタの強さは事業の「見える化」へ全社的な取り組み

 先日、トヨタグループの主要企業の会長までなされた方から企業経営についてお話を伺いました。そのメッセージはとても簡潔で明瞭(めいりょう)なものでした。

 トヨタは、本年5月の発表で、日本企業初の純益2兆円を超えた、まぎれもない日本最先端を走る超優良企業です。確かに成長力や収益性でトヨタを上回る企業が存在します。ただしトヨタのすごさは、IT(情報技術)市場のような今まさに形成されつつある市場でのビジネスではなく、事業としてはプレーヤーが出そろった競合状況の中で圧倒的な優位を続け、同業他社の浮沈が起きるこの業界で、長期間安定成長を実現しているところにあります。

 トヨタでは、ほぼ全社員が、自身の業務範囲における管理すべきポイントの「見える化」の工夫を徹底し、常にそれを改善し続けて、現状の問題が浮き上がる状態を作ります。トヨタの内部であまり使われない言葉のひとつが「分析」です。「分析」は「知りたいのだけれども分かっていない、ことの因果を明確にするため」に行うものです。

 トヨタでは上位層の方々も含めて、常に様々な「見える化」を行い、PDCAのレベルを高め続ける、いわゆる「ベタ」なことに全社を挙げて取り組んでいます。このトヨタで言う「目で見る管理」の徹底により、業務を遂行するために必要な管理のポイントは全て「見える化」の工夫が常にされ、進化します。

 つまり知りたい、知るべきことが「見える化」する努力が全社を挙げて行われているために、分析など必要のない状態に向かって、日々管理レベルが進化している企業なのです。「見える化」は組織のレベルを上げるPDCAの最初の一歩であり、この精度の向上と作法の定着が永続的な成長を目指す企業が避けて通れない道なのです。



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