ヴィクトリア&アルバート博物館で着物の展覧会「Kimono:Kyoto to Catwalk」が始まった。ヨーロッパで初めての本格的な着物展で、江戸時代から現代までの日本の着物から着物の影響を受けたデザイナーの作品まで、実物から小物、絵画など300点が展示されている。会期は6月21日まで。
それにしてもここ2〜3年、着物に関する取材をたびたびしている。ロンドンに移住して30年以上になるが、これほど着物に触れたことはない。
2年半前にこのコラムで「英国紳士に着物を」のタイトルで書いた「T-KIMONO」をはじめ、映画「ボヘミアン・ラプソディ」でフレディ・マーキュリー役のレミ・マレックが着用していた着物を提供した(衣装デザイナーのジュリアン・デイが購入)ヴィンテージ着物店「Furuki-Yo-Kimono」。
昨年10月、「スノーピーク」の欧州初の直営店のオープニングに行った際には、友人の英国人ジャーナリストのジョーが私を見つけるなり、「素晴らしい着物!あれ欲しいわ」と声をかけてきた。「やまと」とのコラボによる「アウトドアキモノ」である。
実は、個人的にも学生時代から着物が好きで、ロンドンに移住してからも帰国するたびに少しずつ持ち帰り、スペシャルな機会に着ている。
そんな最近の着物取材と長年の着物への思いが重なり、楽しみにしていた展覧会がいよいよ開幕。幸運にも、キュレーターのアナ・ジャクソンさん自らの案内によるプライベートビューに参加させてもらった。
では、その内容をざっと紹介。
会場入り口にこの展覧会の内容を象徴する3着が展示されている。
左から、1800〜30年代に京都で作られたのではないかと伝えられている振袖、ジョン・ガリアーノによる「ディオール」の2007年春夏オートクチュール作品、東京コレクションにも参加している「ジョウタロウ・サイトウ」の2019年の作品。
非常にわかりやすい。着物の歴史と今、着物の影響を受けた西欧の作品というこの展覧会の主旨が一目瞭然というわけだ。
正直なところ、思ったよりコンパクトな展覧会で、見終わってみると「えっこれだけ」とった感は否めないのだが、時系列的にクループわけされた展示は、非常にわかりやすい。
西欧人だけでなく日本人にとっても、着物の世界を知る入門編としてはとてもよくまとめられている。
最初の展示は17世紀中頃に始まる贅沢な着物の数々。壁には大丸や、三越の前身である越後屋といった現代の百貨店の呉服店時代が描かれた絵画も展示されている。
女性物だけでなく男性の着物、婚礼衣装なども紹介。1840年代の骸骨が描かれたユニークな着物も目を引く。同じような柄の着物を着た歌舞伎の絵も展示され、キュレーターのアナさんは「この衣装をイメージして作られた着物ではないかと推測される」と説明してくれた。
続く展示は西欧との交流。着物が最初に輸出されたのは17世紀の中頃で、様々な広がりを見せる。着物地を使ったドレス、あるいは西欧の生地を使った着物が登場する。20世紀初頭に京都で作られた輸出用の着物はバッスルのように後ろが膨らんでいる。
19世紀後半から20世紀にかけてはリバティのような東洋にスポットを当てた百貨店で、ポール・ポワレやマドレーヌ・ヴィオネによるキモノドレスが販売された。それは、コルセットによるウエストの締め付けから解放された、ゆったりとしたレイヤードスタイル。着物は帯でボディを締め付けるものという日本人の感覚からするとなんだか不思議に感じるのだが・・・
そして、展示は戦後の日本の着物文化へ。洋装が一般化する中で特別な機会に着る服として新たな立ち位置を築く着物が紹介される。
さらには、世界の著名デザイナーによる着物を意識した作品、ロックスターのYOSHIKIによる「YOSHIKIMONO」などの新進着物ブランドなど、現代の様々な着物のあり様が紹介されている。
中でもインパクトがあるのは、ミュージシャンが着た着物やキモノドレスのコーナー。
中央はマドンナが着た「ジャンポール・ゴルチエ」のキモノアンサンブル(1998年)、右はビョークがアルバム「ホモジェニック」のジャケットに着用している「アレキサンダー・マックイーン」のキモノドレス(1997年)。そして、左はフレディ・マーキュリーが愛用していた着物である。
フレディの着物が展示されるということが発表されたのはごく最近で、それはてっきり長襦袢かと思っていた。部屋着としてガウンのように着るには丈もちょうどよく、映画「ボヘミアン・ラプソディ」でも長襦袢を着ていたからだ。
ところが、そこに飾られていたのは繊細な友禅の長着。クイーンのツアーで日本に訪れたときに入手したのではないかと言われている1950年代から70年代のもの。小柄の人の着物であれば、177センチの身長のフレディが着れば、このマネキンのようにちょうどいい長さなのかもしれない。
といった具合に、今回の展覧会では着物の歴史から現在地までが紹介されている。
うーん、でも何だか物足りない。大切なものが欠けている。
これは全く私の私見だが、30年以上デザイナーコレクションを取材して来て、これこそベスト着物コレクションと思っているものが入っていないのである。
「ヨウジ・ヤマモト」の1994〜95年秋冬コレクションだ。
ソルボンヌ大学の講堂を舞台に見せた耀司さん初めてのジャポニスムがテーマのコレクションで、日本人デザイナーにとってある意味タブーとされていた着物に挑み、喝采を浴びた歴史に残るショーだった。
もちろんそれまでも外国人だけでなく、日本人デザイナーも着物をテーマにしたコレクションは数多くあったが、洋服を超えるもの、着物を超えるものを創造した例はほとんどなく、手を出してはいけないもの的なムードがあった。
つまり、ブーイング覚悟の上で選んだテーマだった。
ショーの後、当時の上司、故織田晃さんによる耀司さんのインタビューに同席させてもらったが、その時、耀司さんが「イスラム圏に行くと、民族衣装と西洋の服が何の違和感もなく日常着として組み合わされている。いいなあ。 着物でそれをやってみたかった」と語っていたのが忘れられない。
半年後には青山の直営店に行き、ニットのワンピースの上に振袖の着物を羽織ったようで、実はニットの部分はフロントだけの1着のワンピースという服を購入した。今でも大切に着ている宝物の1つ。
しつこいようだが、これはあくまで私の私見。「いやいや、もっと他にも欠かせない着物がテーマのコレクションはある」という意見もたくさんあると思う。
でも、そうやって、今回の着物展を機会に、それぞれが着物について考え、着物と洋服の関係を改めて見直す機会になれば、それは素晴らしいことだと思う。
日本の着物産業は瀕死の状態。
一方、冒頭で紹介したヴィンテージ着物店「Furuki-Yo-Kimono」を経営する菅原園枝さんはロンドンにおける着物について、「10年前はブームだと思っていたが、SushiやMangaのように定着してきた」と語る。
今回の着物展の予告映像には菅原さんの店のヴィンテージ着物が採用され、自由な着こなしが紹介されている。冒頭には菅原さん自身も登場。
着物からKimonoへ。それがどこまで進んでいるのかは何とも言えないが、外国人に負けず、私たち日本人がもっと自由な発想で着物を楽しんでこそ、着物の未来があるように思う。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員