「REBEL: 30 Years of London Fashion」展が解き明かす、クリエイターの揺籃(若月美奈)

2023/10/02 06:00 更新


「ポール・スミスもマーガレット・ハウエルも登場しないロンドン・コレクションの本なんて売れない」。6年前、繊研新聞社からアーカイブ書籍「ロンドン・コレクション 1984-2017 才気を放つ83人の出発点」を出版した時、企画が持ち上がった時点で担当編集者からそう言われた。

この秋、ロンドンのデザインミュージアムで始まった展覧会「レベル:ロンドンファッションの30年」展にも、この2人は登場しない。6月末にミュージアムが行ったプレス発表で、ある記者が真っ先に「ヴィヴィアン・ウエストウッドは紹介しないのですか」と質問したが、ヴィヴィアンも登場しない。バーバリーも。

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この展覧会は93年に発足した英国ファッション協会(BFC)による新人支援プロジェクト「ニュージェン」の30周年を記念して、ロンドン・コレクションを運営する同協会とデザインミュージアムが組んだ企画展。ミュージアムのチーフキュレーターのレベッカ・ルーウィンと、ジャーナリストであり「ニュージェン」プロジェクトのヘッドを務めるサラ・ムーアの共同キュレーションにより、300人を数える歴代の「ニュージェン」選出デザイナーたちの、当該シーズンの作品100点を集めて、ロンドン・コレクションの30年を振り返っている。

ロンドン・コレクションに参加しているブランドのうち、ジャパン社や日本に窓口があるブランドは10%にも満たない。つまり、大半がまだまだ無名の新進ブランドという状況は30年以上変わらない。アレキサンダー・マクイーンをはじめ、JWアンダーソン、キム・ジョーンズ、シモーン・ロシャなども皆、「ニュージェン」のメンバーとしてショーの援助やビジネスのコンサルティングを受けてキャリアをスタートし、現在に至っている。この展覧会には、そんな英国ブランドの出発点が一同に集まっている。

時代背景とともに30年間のニュージェン選出ブランドが下にずらりと並ぶ年表

ロンドンの経済もコレクションもどん底に落ちた93年3月、このプロジェクトは発足した。ショーの数は14だけ。それ以前のようなメーン会場となるテントも設置できない瀕死の状態のなか、リッツホテルの客室をショールームにした公式展示会場に3部屋、2ブランドが1部屋をシェアする形で6ブランドの新人デザイナーが招待されて展示会を行った。当時は「ニュー・ジェネレーション・デザイナーズ」という名称で、その記念すべき1回目のメンバーの1人がリー・アレキサンダー・マックイーンだった。

そうしたこともあり今回、アレキサンダー・マックイーン社はこの展覧会のスポンサーを務めている。前述のプレス発表時に見どころを聞かれたサラ・ムーアが、アレキサンダー・マックイーンのデビューコレクション「ダクシー・ドライバー」だと答えているその特設コーナーには私も個人的にも関わり、特別な思いがある。こちらは後ほど紹介するとして、まずは時系列ではなく、テーマごとに紹介されている展覧会の内容を辿ってみたい。

COLOUR EXPLOSION

最初のコーナーはタイトル通りの「色の爆発」。クレメンツ・リベイロの96年春夏のボーダーニットと花柄スカートから、プリントを前面に出したクリエイションで知られるジョナサン・サンダースやメアリー・カトランズ、デュロ・オロウ、今なお「ニュージェン」メンバーのフェベンの真っ赤な絞りのドレスまでを紹介。デッドストックの生地やデジタルでの再現、コラージュなどでデザイナー自身が用意したバックドロップが、迫力を増す。

鮮やかな色柄に圧倒されるカラー・エクスポージョンのコーナー。右からフェベン、クレメンツ・リベイロ、メアリー・カトランズ、アシッシュ

START-UP CULTURE

次は現在ロンドンをリードする独立系デザイナーの5人の初期の作品や映像とともに、そのブランドの成長過程を紹介する「スタートアップカルチャー」のコーナー。ロクサンダ、アーデム、シモーン・ロシャ、マティ・ボヴァン、アルワリア。

「クラシックな美しさに今の時代のカジュアルなムードを加えたい。ポケットはそのための隠し技です」と当時語っていたアーデムのイブニングドレスは、マネキンがしっかりポケットに手を突っ込んでいる。

一方、そういえばこんな作品を作っていたと意外性と懐かしさが共存するのは、ロクサンダのくしゅくしゅっとした白一色のチュールのドレス。シモーン・ロシャも、キュンとしたかわいいミニドレスを出していたのを思い出す。

右がロクサンダの07年春夏コレクション、左がアーデムの08〜09年秋冬コレクション
シモーン・ロシャの12〜13年秋冬コレクション

ART SCHOOL

タイトルの通り、「ニュージェン」選出時の作品とともに学生時代の作品やスケッチなどを紹介し、若い才能を輩出するロンドンの美術大学のファッション学科の存在に触れる。服だけでなく、バッグなどの小物も展示。歌手のリアーナが着用したモリー・ゴダードの17〜18年秋冬の巨大なブルーのチュールドレス、ハリー・スタイルズがミュージックビデオで着用したS.S.デイリーのパンツもこのコーナーにある。

正面はパオロ・カルザナの18年卒業コレクション、右奥がモリー・ゴダードの17〜18年秋冬のチュールドレス。REBEL: 30 Years of London Fashion Sponsored by Alexander McQueen. Photo Andy Stagg. © the Design Museum.

CLUB SCENE

次の「クラブシーン」のコーナーはガラリと様子が変わり、音楽やクラブカルチャーと密接に関わったロンドンらしいファッションが溢れる。そこから生まれたファッションショーに登場した新作は、音楽業界のセレブが着用することで、再びそこに戻る振り子のような関係。

今回の展覧会の見どころの1つである、ビョークが2001年に第73回アカデミー賞授賞式で着用したマラヤン・ペジョスキーの白鳥のドレスは、ショーに登場した時には思わずクスッと笑ってしまったものだ。今年のブリットアワードでサム・スミスが着用したハリの風船スーツといった記憶に新しい作品もある。

キム・ジョーンズのレイブカルチャーをイメージした作品もこのコーナーにある。

ビョークが着たマラヤン・ペジョスキーの白鳥ドレス。Photography credit: REBEL: 30 Years of London Fashion Sponsored by Alexander McQueen. Photo Andy Stagg. © the Design Museum.
サム・スミスが着たハリの風船スーツ。Photography credit: REBEL: 30 Years of London Fashion Sponsored by Alexander McQueen. Photo Andy Stagg. © the Design Museum.

BACKSTAGE PASS!

「バックステージパス!」と題したこの部屋はちょっとした体験コーナーになっている。ハンガーラックにかかったブーディカやリチャード・ニコルの服がバックステージの様子を再現し、対面にはヘアメークを行う鏡のセットがある。

実はこの鏡はそこに映った自身の顔に、ショーに登場したアイコニックなヘッドウエアやメークをバーチャル体験ができるもの。リチャード・クインの花柄のヘルメットやハウス・オブ・ホランドでアギネス・ディーンがしていた服と同じチェック柄の眼帯とアイメークを自分の顔にのせられる。

アクセサリーデザイナーの作品もこのコーナーに展示され、レザーバッグデザイナーとして「ニュージェン」に参加したスチュアート・ヴィヴァースの03年のダイスバッグもある。

リチャード・クインのヘッドウエアをバーチャル体験

THE SHOW

タイトルの通り、キャットウォークを模したステージに、6ブランドの作品が歩くようなモデルに着せられている。卒業コレクションから話題だったクリストファー・ケインのネオンカラーに染まった07年春夏のデビューコレクション、まだジェンダーフルイドといいう観念が一般化される前のJWアンダーソンの衝撃の13〜14年秋冬コレクション。

クレイグ・グリーン、ミーダム・カーチョフ、ウェールズ・ボナー、そしてつい最近のシネイド・オドワイヤーの車椅子のモデルを登場させた23年春夏コレクションを紹介。

その横の壁に面したガラスケースには、招待状などの関連品が展示され、正面の壁面には大勢のデザイナーのルックが並ぶ。ファッションショーの醍醐味を実感する大きな空間だ。

キャットウォークを模したステージには、歴史に残るキーコレクションが並ぶ。手前はクリストファー・ケイン、続いてJWアンダーソン
キャットウォークの正面にぎっしりとはられたショー写真

CHANGE-MAKERS

そして最後の「チェンジメーカーズ」のコーナーへと続く。新しいテクニックを開発し、人種やジェンダー、体型などの多様性を訴え、環境問題に配慮したものづくりを進める新時代を牽引するデザイナーの作品群。ある意味、展覧会のタイトルである「レベル=反逆者」を最も象徴するコーナーである。

繊細で美しいネンジ・ドジャカのドレスにうっとりとし、細いストリングが走る今は亡きソフア・ココサラキの作品を懐かしみ、さまざまなテクニックで新しいデニムウエアを創造したフォステンヌ・シュタインメッツの手仕事に改めて脱帽する。ベザニー・ウィリアムスやフィービー・イングリッシュ、コーナー・アイブスなどサステイナビリティをベースにした現代の若手の作品もここにある。

左からネンシ・ドジャカ、ソフィア・ココサラキ、ディ・ペツァ
フォスティンヌ・シュタインメッツの様々なテクニックで見せる『デニム』コレクション。15年春夏、ニュージェン初のフランス人デザイナーとしてプレセンテーションで新作を見せた。

ALEXANDER MCQUEEN: THE STORY OF TAXI DRIVER

そして最後に、冒頭で紹介した「ニュージェン」の初回6人のメンバーの1人であるアレキサンダー・マックイーンのコーナーについて紹介したい。こちらは、客観的に語ることはできない。なんたって、私が撮影した当時のリー・アレキサンダー・マックイーンのポートレイトや私が所有する95年春夏「ザ・バーズ」のショーサンプルが展示されているのだから。

92年3月にセントラル・セントマーチンズMAの卒業コレクションを発表した彼は、93年3月に「ニュージェン」のメンバーに選ばれ、ファーストコレクションとなる「タクシー・ドライバー」を発表した。1976年公開のマーティン・スコセッシ監督、ロバート・デニーロ主演の同名の映画からの引用と、マックイーンの父親がタクシー運転手だったことからこのタイトルが付けられたコレクションは、時代物の舞台衣装制作会社での仕事やサヴィル・ロウのテーラーでの経験に裏付けされたテーラードベースの斬新なコレクションだった。

高い襟、ウエストが極端に下がった「バムスター」と名付けられたボトムで描き出す、中世の美意識につながる胴長のエレガンス。ジャケットにはピンクのオーガンジーの裏地がつき、そこには理髪店でもらってきた人毛が挟み込まれていた。

そんなサンプルは、その後ナイトクラブへ遊びに行ったときに外に隠しておいたものの、行方をくらましてしまった。一点も残っていない幻のコレクションである。

今回の展示では、当時一緒にコレクションを制作したプリントデザイナーのサイモン・アングレスが、当時のテクニックを再現して作ったレースとラテックスをミックスした黒いドレスと透明の樹脂に糸と羽根を埋め込んだドレスの2点を展示。加えて、その後まだ製品化される前の初期のショーサンプル3点と、写真や映像でデビュー当時のマックイーンの世界を紹介している。

そのショーサンプルの1点が、私の私物。膝まで長い袖の肘から腕を出す中世風のグリーングレーのコットンのジャケットで、ゴールドの顔料で鳥のシルエットが描かれている。アルフレッド・ヒッチコック監督の映画「鳥」をテーマにした95年春夏コレクションの1着である。

アレキサンダー・マックイーンのコーナー。中央3点の左のものが95年春夏「ザ・バーズ」のジャケット。REBEL: 30 Years of London Fashion Sponsored by Alexander McQueen. Photo Andy Stagg. © the Design Museum. 

この服はサウスモルトンストリートにあった伝説の店、ペリカーノで購入した。当時マックイーンのような駆け出しのデザイナーは、ショーサンプルを販売してそのお金で次シーズンのコレクションを制作していて、ペリカーノでは、プラダなどと一緒にそうした若手のショーサンプルや一点ものを扱っていた。

30年を超えるコレクション取材で見た何千ものショーの中で、今なおナンバーワンであるマックイーンの「ザ・バーズ」のショーサンプルとあって、即買いしたのを覚えている。ルック10のこのジャケットともに、人毛を挟み込んでマーブル調の柄を浮かべたルック2のワンピースも一緒に購入したのだが、今回の展示はジャケットのみとなった。

当時の彼とのインタビューテープを聞き直すと、同シーズンの他のサンプルは、歌手のルルやリアム・ギャラガーのガールフレンド(たぶんパッツィ・ケンジット)が購入したと語っているが、今となっては皆、どこにあるのかわからない。

93〜94年秋冬の「タクシー・ドライバー」のコレクションは、服だけでなく写真もほとんど残っていない。そこで、私がロンドン・コレクション2ヶ月後の5月にインタビューした時、自身で撮影した彼のポートレート3枚が、このコーナーの壁面に展示されることになった。大きな襟、がっちり長いオープンカフのジャケットも鮮明に写っている。

クリエイターたちの揺籃。そのロンドンファッションの真髄を伝えるパワフルな展覧会は、ファッションの楽しさ、クリエイティビティへの賛歌、デザイナーという仕事の素晴らしさを改めて思いこさせる。会期は2024年2月11日まで。

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あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は30ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員



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