新人に特化したロンドン・コレクション本(若月美奈)

2017/11/23 07:55 更新


1年前から企画・編集してきたロンドン・コレクションのアーカイブ本「ロンドン・コレクション 1984-2017 才気を放つ83人の出発点」(繊研新聞社刊)が発売された。

ロンドン・コレクションの本といっても、ポール・スミスもマーガレット・ハウエルも登場しない。

そんなの売れない。やはり人気デザイナーは入れた方がいいのでは。企画書を作った時点で、編集を担当していただいた村松諒さんから指摘された。

恩師の死と同僚の自殺。そして"ロンドンの父"への感謝

でもこの本は、新進デザイナーに特化したもの。30年近くに渡りデビュー間もない若手をインタビューしてきた私のアーカイブ記事と、半世紀以上に渡りファッションショーを撮り続けてきたフォトグラファー、クリス・ムーアのアーカイブ写真で綴る、ロンドンにおける新人登場の軌跡。

だから、現体制でロンドン・コレクションが始まった1984年にすでに著名デザイナーになっていた大御所のページはない。強いて言えば、冒頭に掲載している年表には「1995年3月 マーガレット・ハウエルが25周年を記念して初参加」「1998年2月 ポール・スミス・ウィメンがデビューショー」とある。

うーん、皆さんキャリア長いですねえ。そういう私も、最初にロンドン・コレクションを見たのは88年と、自分ではまだ若いつもりでいるのだが、気がつけば年下の人たちに囲まれて仕事をしている。

アレキサンダー・マックイーンはデビューからパリ進出まで5つのインタビューと36枚の写真で紹介

今回の出版はロンドン・コレクションの何十周年、あるいは私が取材を始めて何年といった区切りでもない。でも、今この本を出す意義を感じたのにはさまさまな個人的な理由がある。コレクション取材をゼロから教えてくれた恩師、織田晃さんの死、ロンドンで20年以上ともに取材をしてきた同僚の自殺。

そして、83歳の今なお現役で世界4都市のコレクション撮影を続けている『ロンドンの父』クリスへの感謝の気持ち。彼には繊研新聞におけるロンドン・コレクションの写真を27年間提供してもらっている。

そもそもこの企画は、私の本というよりもクリスの写真集を出したいということからスタートした。クリスの本は数年前から実現したいと思っていたのだが、以前、先輩の編集者に提案すると「そんなのつまらない。それより若月さんのロンドンファッションの本の方が面白いのでは」と、さらりと却下された。

昨年10月、織田さんのお葬式のために一時帰国した帰りの飛行機の中で、ふと気がついた。クリスの本でも私の本でもない、2人の本を出せばいいのだと。

そうして、この企画が生まれたというわけだ。

実はこれまでクリスも英国の出版社と幾度となく写真集の話を進めていたが、かなり現実的に進んでいるかと思っても断念、といったことを繰り返してきた。そうしてこの秋、何度目かの正直で、美術系出版社ローレンス・キングから彼の仕事、いや人生の集大成と言える写真集「Catwalking Photographs by Chris Moore」が発売された。

私の本の企画が通ったのと、この写真集発売の最終的な決定はほぼ同時。なーんだ、それなら何も私が頑張ってクリスの本を出す必要ないんじゃない。と、思ったのだが、クリスは「写真集はパリやミラノの著名ブランドが中心でロンドンをカバーしきれていない。美奈の本はロンドンの思い出深い写真であふれている。2冊合わせて本当に見せたいものが揃う」と積極的に私の企画に協力してくれた。

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2017年にこだわった理由

さてその私たちの本。記事も写真もアーカイブなので、新たにゼロから始めるより簡単。当初はそんな風に気楽に考えていたが、甘かった。本当に甘かった。その奮闘記はあらためて紹介したいが、なぜ2017年の今なのかについてもう少し触れておきたい。

繊研新聞出版部の山里さんからは「ロンドン・コレクション 1984 -」と、2017はない方がいいのではと提案された。本を売り続けることを考えれば、その方が鮮度が落ちない。

でも、私は2017にこだわった。それは上記の個人的な理由だけでなく、2017年はロンドンファッション、そしてデザイナーコレクションにとっての大きな転機であると実感していたからだ。

無理してショーなんてしなくてもいい。著名ブランドのデザイナーにならなくてもいい。ブランドなんて続けなくてもいい・・・。今、デザイナービジネスを取り巻くこれまでの常識が大きく覆されている。

ロンドン・コレクションにはこれまでにいくつかの節目があった。1984年の現体制でのスタートとジョン・ガリアーノの登場、93年の低迷とそれを救う足がかりとなる新人支援プロジェクト「ニュージェン」の発足、及びアレキサンダー・マックイーンのデビュー、2001年の御三家(アレキサンダー・マックイーン、フセイン・チャラヤン、クレメンツ・リベイロ)のパリ進出とそれに伴うポストマックイーンを狙う若手の椅子取りゲームの開始、09年のロンドン・コレクション25周年を機にした著名ブランドの凱旋。

新たな章-2018-への区切り

本では、34年間のロンドン・コレクションをその4つの章に分け、時系列的に当時の新進デザイナーを紹介している。

もし、この本を出すのが5年後、10年後だったとしても、2018年からは新たな章が始まる。絶対に。だから「2017」と明記してこれまでの時代を締めくくりたかった。

実際、編集作業を進めている間にも、転機を感じさせる様々なニュースが飛び込んできた。冠スポンサー不在となった「ニュージェン」の新体制による継続、25年間「英ヴォーグ誌」の編集長を務めたアレキサンドラ・シャルマン氏の退任と初の黒人男性編集長エドワード・エニンフル氏の就任。パリのセレクトショップ「コレット」の2017年をもっての閉店。出版直後には、17年間「バーバリー」のクリエイションを支えてきたクリストファー・ベイリー氏の18年3月での退任も発表され、これには本当に驚いた。

今こそ新しい何かが生まれようとしている。それが何なのかはまだ見えない。でも、そのヒントは過去のどこかに隠れている。これまでの転機がそうであったように。

ま、そんな堅苦しい話はさておき、この本のインタビュー当時のデザイナーと同じ年頃の若手デザイナーやこれからデザイナーを目指す方が、「へえ〜、そうなんだ」と、何かしらのヒントを得ていただければ嬉しい。そして、当時のロンドンをご存知の方には大いに懐かしんでいただきたい。

マルケス・アルメイダをはじめとする現代の新進デザイナーも充実

追記:この本の編集にまつわる裏話や発見を不定期連載します。ご興味のある方、引き続きどうぞよろしく。


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あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員



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