10年ぶりに腕時計をした。一昔前までは腕時計は服や靴と同じく必需品だったが、スマホを持つようになってからは、なくてもいいものになってしまった。友人たちも同様で、使っていた時計が壊れたり、デザインが古臭く感じたりしてそのまま新しいものを買わずにノーウォッチがフツーになってしまった人がほとんどのようだ。
最近は逆に若い人の方が腕時計をしている。アクセサリー感覚で、存在感のあるものをしている女の子も多い。といっても、ジュエリーより着用率はぐっと低く、帽子と同じぐらいなのだろうか。
なのに腕時計をするようになったのは、単純にその時計に惚れたから。ユニフォームウェアーズという2009年にデビューしたロンドンのブランドで、ショールームでクリエイティブディレクターのマイケルさんの説明を聞くうちに、気がついたら好みのボディとストラップを選んで、その場でカスタマイズして作ってもらっていた。
ユニフォームウェアーズの本拠地は東ロンドンのショーディッジにある。通りに面したガラス張りのショールームはアポイントメント製でここで購入可能。
レディスとメンズがあり、ミニマルなMラインとクラシックなドレスウオッチをモダナイズしたCラインがある。ともに文字盤のサイズでM37(直径37mm)、M40、M42といった具合に3種類、仕上げも3種類。さらにレザーやメタルなど様々なデザインが揃うストラップもそれぞれ3色展開されている。
ショールームの奥にはガラス張りの小さな部屋がある。ここはラボ。様々な機材が揃った試作や組み立てを行う工房で、空気清浄機が設置され、3Dプリンターを使ってサンプルも制作している。お客さんが選んだボディやストラップ、バックルなどの細かい部品をその場で組み立てるのもこの部屋だ。
さらに奥にはデザインスタジオからオフィスまでが、これまたガラス張りで筒抜けの状態で続いている。ラボがある腕時計ブランドはロンドンではここだけ。ちなみに企画・デザインはロンドンで、ボディはスイスメイド。スイスのメーカー関係者も、ロンドンの小さなブランドがここまできちんとしたラボを構えていることに驚くという。
単なるショップやショールームではなく、企画から開発、サンプル製作、製品の仕上げから最終チェックまでを見ることができるこの空間は、特に時計好きというわけでもない人でも、ぐっとくるものがある。私もまんまとその魅力に引きずり込まれてしまった1人だ。
さて、気なるお値段は225ポンド~750ポンド(約3万5000円~12万円)。スイスの腕時計産業で最高クラスの評価を得ているメーカー製にしてはお手頃なその値段の理由を、マイケルさんは「小さい会社だから」と説明する。
12年間大手腕時計ブランドで経験を積んだマイケルさんは、そのコネクションで最高レベルの腕時計が製作できるとともに、価格を抑えることが可能であることを知っている。「大きなブランドは1つのデザインが完成して商品化され店頭に並ぶまで多くの人々が携わり、複雑な行程が踏まれ、それゆえ価格も上がる。ここでは私たちがこれがいいと思えばそれで決定」というわけだ。
お気付きの方もいるかもしれないが、ユニフォームウェアーズの時計の文字盤にはブランド名がない。文字盤どころか、時計の裏、ストラップ、バックルなどどこを探してもブランド名はない。あるのは箱と紙袋だけ。
「ブランド化に固執せず、知的なデザインを通して個性を表現する腕時計を作ること」というのがブランドの哲学だそう。
実用性、機能性、そしてデザイン性だけでなく、そのデザインが出来上がる背景を覗きながら、その場で“私のオリジナル”をカスタマイズしてくれるという素晴らしい体験が、この腕時計をより特別なものにしている。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員